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屁理屈オーバーライト  作者: 新島 伊万里


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新たな依頼

 エマとの勝負、説得、そして結託と怒涛の一日から数日。


 教師陣へのご機嫌取りだとか、島の土地勘を取り戻すだとか下心はいくつもあれど彼女は学校に来るようになった。


 動機が不純だろうがなんだろうが取り敢えず登校してみるというのは大事だと思う。それは進藤先生も同じようで、それ以外の素行については目をつぶってくれている気がする。


「だからって授業サボって絵を描くってどうなんだ……。作業時間がなくなるのはしょうがないとか言ってたろ」


「そうは言ってもやっぱり創作意欲は抑えられないのよね。登校しただけで一歩前進、ここから慣らしていくってことで大目に見てもらうの。アタシがそう決めたから」


「大目に見るかは先生が決めるもんなんだよなあ……っと!」


「ふーん、まあまあ逃げるのは上手くなってきたわね」


 喋りながらも確実に急所を狙う徒手空拳。その予兆を勘で捉えて危機回避能力に身を任せて体を動かす。


 俺達がだべっているのは教室ではない。学校の屋上、それも格闘訓練付きというシチュエーション。


 絵を描くためにも脱出のためにも時間は無駄にしたくないとのこと。時間の有効活用だ。


「練習したから上手く戦える」みたいな雑な屁理屈でも、練習時間が長くなれば強い効果となって現れるはず。俺にとっても付き合わない理由は何もなかった。


「そこ! ……油断したわね!」


「は……っ!?」


 一撃を避けて緩んだ一瞬。そこを逃さず、エマお得意の蹴りが入る。堪らずその場に倒れ込む。


「相手が動かなくなるまで気は抜かないこと。アタシが教えるまでもないでしょ?」


「げほ……っ! こいつ、本気で蹴りにきやがった……!」


「練習は本番のように、本番は練習のようにって言うじゃない」


 嘘だ。訓練だから、練習だからみたいな理由ではない。暴力的な衝動が勝って、それに任せた一撃だった。


「うわっ、痛そう……。でも骨は折れてなさそうでよかった。エマちゃんの蹴りも凄いけど、ユウの体も結構丈夫だね。《上書き(オーバーライト)》使った?」


「いや……一切、ノーマークだった……」


 まだ痛みの残るお腹をさすりながら答える。異能を使う間も無くノックアウトさせられた。


 あらかじめ屁理屈で武装することを考えておいた方がいいかもしれない。屁理屈で武装って弱そうだな……。


「異能力が身につくにつれて身体能力も上がっていくって聞いたことがあるわね」


「ソフトがアップグレードされたからそれを動かすハードもアップグレードしてるって感じか?」


 なんにせよ、それなら本土に渡った後も危ない目に遭う可能性は低そうだ。逃げるも喧嘩もお好きなように、というわけだ。


「いや、好き勝手に振る舞うにはまだまだ弱いわよ」


「じゃ、早く強くならないとねー。……次は私がやる! ――《抜剣(ドローイング)》!」


「接近戦……どの色を使おうかしら!!」


 しのが軽やかに剣を抜く。それに反応してエマがコートの下の絵の具へ手を伸ばす。


 何かきっかけがあればふたりは即座に動き出す。嵐の前の静けさ。ピリピリした緊張感が屋上を包み込む。


 が、それを遮る声がひとつ。


「皆さん、勉強熱心でいいですね。友人と競い合うのはいい。とても貴重な経験になりますから」


「「進藤先生」」


 屋上にやってきたのは進藤先生。しっかりした大人のようで、初心者狩りみたいな真似で俺達を襲い、エマの対応を丸投げしたりと好き勝手している担任だ。


「それもこれも立派な教育ですよ。何も黒板の前で授業するだけが教育ではありませんから」


「ユウみたいなこと言ってる……」


「いや、俺の屁理屈はもうちょっと捻ってるっつーの。こんな単純じゃないし」


「そうですか。ではここで見せてもらっても?」


 笑顔のままチョークを構える進藤先生。本気で襲いかかろうとは考えてないだろうが、あわよくばやってやろう、みたいな剣呑な雰囲気が全く隠せていない。


「いや、そのチョークしまってくださいよ。見た目に似合わず血の気が多いですよね……。それでどうしたんですか? わざわざ屋上(ここ)に来るとか俺達を探してました?」


「ああ、そうでした。空無色さんを登校させた手腕を見込んで頼みたい案件があるんですよ」


 にっこりと微笑む先生。本土なら感じのいいイケメンで終わるんだろうが、この状況では仕事が楽になるぜー、みたいな安堵の表情にしか見えない。


「まだ何かあるんすか……」


 一体この人はどれだけ厄介ごとを抱えてるんだろう。


「ああいや、違いますよ。これは私の仕事ではありません。この島の噂を少し調べてもらいたいんですよ」


「噂……どうせまた異能がらみの何かなんじゃないですか?」


「ええ、そうです。異能絡みの不思議な噂ですよ。まあ雑談気分で聞いてください」


 そう笑って、文字通り授業の合間に挟む雑談のように先生は語りだす。


「暴走族、《チーム・逃滅走統(テウメソス)》を知っていますか?」


「いえ……? てか、こんな孤島に暴走族なんていんのかよ……」


「異能に目覚めたヤンキーがこの島に連行されたとかじゃない?」


「悪いけどこっち見ても答えられないわよ。引きこもりには関係ない話だし」


「やはり皆さんには縁の薄い話でしたか。ですが難しい話ではありません。彼らは名前の通り暴走族です。夜にバイクを集団で走らせるあれです」


「待ってください。集団でバイクを走らせてるんですよね。じゃあ山に引きこもってるエマはともかく俺達は爆音のひとつくらい聞いてるんじゃないですか?」


「そこがこの暴走族の不思議なところです。しないのですよ、バイクの音が。静かな暴走、それが彼らのスタイルです」


「ねえユウ。私、静かにバイクを走らせられる人に心当たりがあるんだけど」


「奇遇だな。俺も心当たりがあるぞ。何やってんだあのインテリメガネ……」


 バイクの排気音を消して爆走させられる奴なんてあいつしかいない。佐藤だったか山田だったか忘れたけど……まあいいか。謎の暴走族という割には正体があっけなく割れたもんだ。


「恐らくそうなんでしょうが……実は困ったことに証拠がないんですよ。というか見つけても()()()()()()()()()()。まさに神話のテウメソスの狐みたいですよ。あの狐、絶対に捕まえられないと言われているんです」


「捕まえられない……。異能力者の警察とか新聞部を動員しても無理なんですか」


「ええ、まあ。一時期は絶対に捕まえてやろうと騒ぎになったこともあります。ですが無音のバイクに加えて、いざ追跡を始めると透明にまでなるんですよ」


 そこまで言ったところでちらりとエマの方を見る。俺達以外には《奪色》の詳細は知られていないはず。だから目でこっそりと聞く。


 ――お前か?


 馬鹿言わないで。


 速攻でジト目を向けられる。そのまま話に集中するように促される。しかし俺は見逃してはいない。透明になれる異能を狩ってやろう、みたいに目を光らせた瞬間を。


「おまけに追跡が絶対に振り切られるんです。透明になれたとしてもバイクの運転技能が上がるわけではありません。チェイス中に絶対に誰かが運転を誤ってそこから連行できるはずなんですが、そういったことが起こらない。無敵の暴走族です」


「でも先生、思ったんですけどその暴走族、無音で走れるし絶対に事故を起こさないなら放っておいてもいいんじゃないですか? この島の人もそんな程度じゃ迷惑しないと思いますよ?」


 確かに聞いている限りでは《避難訓練》でドンパチやってる方が絶対にうるさいし迷惑だ。この先生なら目くじらを立てなさそうなものだが、学校の総意は違うのか?


「東雲さんの言うことはもっともです。現に今《逃滅走統》に対して補導しようという動きはないですね。私も問題を起こさない限りは好きに暴走させればよいと考えます」


「……じゃあ、何でこんな話をしたんですか? 俺達に何をお求めで?」


「なに、単純ですよ。私は《逃滅走統》を補導するつもりはありません。ただ、どうやって追跡の目から逃れられているのか、それが個人として気になるのです。その一方で《教育》では捕まえられそうにもありません。そこで涼夜君、東雲さん、そして空無色さん」


 目を輝かせて進藤先生は俺達へ指令を下す。まるで秘密組織の上司にでもなったかのように。


「――《逃滅走統》を捕らえて、その謎を解き明かしてください!」



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