テネブリズム
「そ。アタシの異能は色に対応した能力だけじゃないの。……万物の色を奪い! その色で世界を彩る! 《奪色》はこの世界を全てアタシのキャンバスにするのよ!!」
物の持つ色を奪い、それに対応した異能を操る。さらに色を奪われた物は透明になり、見えなくなる。
それが彼女の持つ異能、《奪色》の正体らしい。
「《奪色》……目に入る物全てが、言うなればパレットに入った絵の具になるってことか」
「コートの絵の具はあくまで好きな異能をいつでも使えるようにするためのもの。失っても無力化できたわけじゃないってことだね」
「この異能、どうしたもんかな……」
エマの異能は「これまではカラクリが分からないがとにかく強力」という評価だった。ネタが分かれば弱点を探してそこに付け込めばいいと漠然と考えていた。
しかし蓋を開けてみればこれだ。弱点どころか万能さが想像以上だったということしか分からない。
「とにかく距離を取りながら対策を考え……」
「させないわよ!」
エマが足で地面を蹴り、表面の土を抉る。そこに見えるのは黒々とした土。その色を奪い、手に集める。
その手に浮遊している色は漆黒だ。
「この黒はブラックホールの黒。だから黒の効果は……!」
「離れろ! しの!」
「《吸引の黒》!」
俺達が察するよりも速くその色は牙を剥く。エマの手にできていた小さな黒い球体が膨れ上がり、そこから見えない力が働き始める、そんな感覚に襲われる。
「力、強くない!?」
いや、感覚ではない。実際に体が引きずられている。ロープをくくりつけられてトラックか何かで引っ張られるような、逆らえない引力がこの近くに渦巻いている。
「うわ、ここまでやれんのかよ……!」
「逃げられないね、これ……!」
ついに俺達の体は地面を離れ、無重力空間に放り出されたかのようになってしまう。体の自由を奪われた先のゴールは言うまでもなく漆黒の渦の中。
「《奪色》は最強の異能! これくらいできて当然でしょ!」
引き付けられる俺達の体をエマは真っ直ぐ捉えている。もはや俺達は音楽ゲームで機械的に流れてくる的と同じだ。
こうなれば後はタイミングよく――
「タイミングよく! 吹き飛ばすだけよ!」
エマは続けて近くの木の葉から色を奪う。奪った深い緑を自身の足へ、べたりと塗りたくり――
「――《暴風の緑》!!」
「きゃあっ!?」
「うわあああっ!?」
流れてくる俺達ふたりに完璧にタイミングを合わせた重たい蹴り技。に加えて、緑の色がその個性を爆発させる。
「吹き荒れなさい!」
その個性は暴風。蹴りの威力に強力な向かい風。これらの相乗効果はエマに引き寄せられた体を、今度はエマから猛スピードで突き放そうとしてくる。
「目が回るね、方向感覚がおかしくなりそう……!」
「どころじゃないぞ! このまま木にでも衝突したら病院送りだっての!」
くるくると体が縦回転して天と地と、ころころと視界が変わる。変わりに変わって自分がどこにいるのかどうなってるのか見当もつかない。
ただ覚えているのは、ここが自然に囲まれた人気のないアパートだということ。障害物や凶器になりそうな木々はそこかしこに生えている。
「だったら……こうだよ!」
しのがパチンと指を鳴らす。瞬間、見えない腕にしっかりと握られているような、体の自由を奪われる錯覚に陥る。
先程のエマのようなぞんざいに扱われる引力ではなく、包容感というか安心感のようなもの。それを感じる頃には体の回転も吹き飛ばしも止まっていた。
「私の《魔法》だって特別だからね。競り合って負けるほど弱くはないよ?」
「やるじゃない……! その異能を見てるとインスピレーションが湧いてくるわ……!」
「そんなに見たいならもっと見せてあげるよ……ユウ!」
「分かってる!」
暴風を纏った蹴りによりエマとの距離は開きはしたが、そこをもう一度埋めるように俺は走り込む。
「性懲りもなくまた向かってきたわね! そろそろちゃんと異能を見せてくれるのかしら!」
「見せるまでもないっての! 俺の異能はな!」
ぶんと手を振り上げて空へと瓶を投げ上げる。それはコートの裏に装備されていた絵の具。
「相手の武器を利用するのも戦略のひとつだよな!」
「――《水撃》!」
天から降る、しのの水の槍が絵の具の瓶を深々と貫く。瓶から出血したかのように漏れ出た絵の具はたちまち水の槍とひとつになってその色を染め上げ。そして爆ぜる。
「私が色水を作って全方位にばら撒けば……!」
「どこに地雷があるかは一目で分かる!」
赤い斑点は周囲に散らばり、空中でとどまり、無色の障害物に目印をつける。
「こ……のおおっ!」
右前方を避けて、かつエマの打撃を避けるために左に移動。動き過ぎれば横の赤いマークに襲われる……。
エマとその周囲を必死に把握してどう動くのが最善なのかを考え、実行し続ける。とにかくそれをできるだけ長く継続させる。
「障害物だらけでもこれだけ避ければ慣れてくる! 当然だよな!」
「く……急に動きのキレが増すなんて!」
人間は慣れる生き物だ。ありえないくらい早起きしないといけないとか、やることが山積みでできそうもなかったりしても続けていればある程度上手くこなすことができる。
それは痛みに関しても同じだろう。その「慣れ」を《上書き》でブーストさせた今ならば。
「今の俺なら互角以上に渡り合えるっての!」
与えられる痛みで動きを止められることはない。殴られても蹴られても、とにかく被害が最小限になるように無我夢中で動き続ける。
「しぶといわね……!」
そうやって長期戦に持ち込めば誰であれ隙を見せることはある。相手の動きが一瞬揺らぎ、それをこちらが確認できたその瞬間。そこを逃さず俺は動く。
「……そこだ!」
砂を蹴り上げ目潰しとしてエマへと飛ばす。
「っ、《奪色》!」
「色は奪えても砂の粒は無くならないっての!」
「……!」
むしろ透明となった目潰しは不可避の攻撃としてエマに襲い掛かる。堪らず目を閉じ、マークから外れた今は千載一遇の攻め時だ。
「……っらあ!」
エマに喰らった蹴りを思い出しながら模倣する。見よう見まねで不完全とは言え、体の使い方は素人が雑に撃つよりも望ましいはず。
「かは……っ!」
「――《雷撃》!」
打撃を受けて一瞬動きが停止したエマへ、追撃の弾丸が襲い掛かる。雷の弾丸を撃ち出した主、しのが後方で笑う。
「ふたりで戦うってのはね、チャンスを二倍活かせるってことなんだよ?」
「っ……あはは! 良いわね! 目ざとく容赦がない! 嫌いじゃないわ!」
蹴られた腹部を押さえ、痺れる体を鼓舞しながらエマは踏み留まる。蹴りの勢いを受けて後方へ突き飛ばされるも、腕を地面に突き刺して勢いを殺している。
好戦的な目に獣のような荒々しさ。
間違いなく強烈な一撃を入れたはずなのに。あのまま倒れても不思議ではなかったのに。それでも空無色エマは未だ倒れる様子を見せない。
「とっておきの黒を見せてあげるわ……!」
スカートのポケットから取り出したのは漆黒に塗り潰された例の瓶。
絵や色に詳しくない俺でも分かる。地面を抉り取って抽出した黒とは濃度が根本的に違う。光の反射すら取り込んで逃がさない。そんな深い黒。
「色の純度が高いほどアタシの技は強くなる! 終わらせてあげるわ! ――《吸引の黒》!!」
ブラックホールを作り出し、周囲のものを見境なく吸い込む技。それがさっきのものとは比べ物にならないほど凶悪になる。
エマはここで勝負を決めるつもりだ。さっきのものとは比べ物にならないブラックホール。それに吸い込まれれば――!
「負けないよ! 《加重》!」
迎え撃ったのはしのの《魔法》。一気に体が重くなり、動きが鈍る。新しく作ったのは重量を増やす魔法か、それとも重力を上がる魔法なのか。いや、いずれにしても……!
「《魔法》で重量を普段の何倍も重くすれば簡単に引き込まれることはない!」
《加重》と《上書き》で精一杯の抵抗を試みる。重ければ引き込まれにくい。当然の理屈は吸引への抵抗という形で俺達を支えてくれる。
「ごちゃごちゃとうるさいわね……! だったら引き込む強さを上げればいいだけでしょ!」
エマの黒が猛威を振るう。炎のようにゆらゆらとそれは収縮を繰り返す。
波が人を攫うように足を奪おうとする感覚。それと重くなった重量とがせめぎ合う。
それでも向こうの異能の方が強い。抵抗できるのは数分くらいか? それとも数十秒?
「どっちだって関係ない……!」
その数十秒でパワーバランスをひっくり返す。それが俺の仕事だ。
「これを喰らえっての!」
こっそりと回収しておいたエマの絵の具の瓶、それを数個投げつける。
「別の色を混ぜて《奪色》の効果でも変えたいの!? 無駄よ! これはもう何色を混ぜても変わらない漆黒! 今更何色を混ぜたって――」
「誰が黒の色を変えるって言った?」
引力に逆らう俺達とは対照的に即座にブラックホールに引っ張り込まれていく絵の具の瓶。
その吸引の過程で瓶同士が激しくぶつかり合い、中身が混ざり合っていく。
「俺が投げたのは赤、青、黄色の絵の具。……光の三原色は知ってるよな? こいつらを混ぜれば白になる! 色と能力が対応するなら白の効果はきっと――」
そこまで言った時、混ざり合って真っ白に変色した絵の具が一気に爆ぜる。周囲の全てを掻き消すような閃光を撒き散らして。
「――っっ!! 目が!! そんな、アタシの絵の具が勝手に混ざって!? 嘘よ!?」
「俺の《上書き》は他の異能に干渉できる! しの! 《魔法》の解除!」
「任せてよ!」
目を覆ってうずくまるエマ。《魔法》を解除してブラックホールに吸い込まれる、つまりエマの元へ高速で接近する俺。
本来なら吸い込まれる俺にタイミングを合わせて攻撃すればそれだけで片がついた。しかし今、無防備なのは俺ではなくエマ。
ならばすべきは意趣返しだ。足を前に出す。エマが蹴りならこちらは飛び蹴りだ。それは小さい頃見ていたような特撮ヒーローのように。
この足は伸ばすだけで自動的にエマの元へと届く。ブラックホールの勢いは未だ衰えない。
「……っ、まずい!」
ブラックホールの吸引に耐えていた力を解放して急速に接近する。それはさながらパチンコの弾のようだった。
「もう遅い! 俺達の勝利だ! 空無色エマあああっ!!」
ミサイルのように鋭い蹴り。一撃。勝敗を決めるのにその一撃は十分すぎるものだった。




