その異能はアーティスティックに
エマのコートの内側には色のついた瓶がいくつも仕込まれていた。
そしてコートの内側に手を入れて魔法を発動したことや、剣を出したこと、それを踏まえると、異能発動のための予備動作であることは明白だ。
そしてその仕込まれた瓶が一体何なのか、それについても心当たりがある。
「空無色さんはさ、この島に来る前は絵を描いて賞とか取ってたらしいな」
「アンタ、それをどこで……!」
「ここは異能力者が跋扈する島だぜ? そこらの探偵よりも優秀な奴がごろごろいるんだよ」
鈴代さんの新聞部のネットワークは本当に探偵顔負けの情報網だった。
本土にいる頃から絵を描くことに対しては興味を示すが、学校にはあまり関心を持たず引きこもっていたらしい。
そしてそれは本土から離島に環境が変わったからと言って変化が起きるというわけでもなかった、みたいな情報があっという間に集まっていったのだ。
「そういう話と大量の瓶を考えればさ、どんな異能なのかって見当はつけられるよね」
瓶の中身は恐らく絵の具の類。そして使用する色にあった異能を発動できる、みたいな能力だろう。
彼女の異能は進藤先生のように、そのバックグラウンドを色濃く反映した能力なのだろう。
「そう、アタシの能力はバレちゃったわけか……。でも、それで負けるほど甘い能力じゃないわよ! アタシの異能は!」
エマは瓶からいくつかの色を素早く取り出した。見えたのは銀色と赤色。その二色を混ぜて、空中へと線を引く。
「そっちがどんな異能を持っていようとも、私は全てを塗り潰す!」
握られたのはさっきと同じ長剣。しかし、その刀身は激しく燃え盛っている。
「個々の異能の組み合わせまでできるのかよ……!」
「当然でしょ! たくさんの色の組み合わせで表現してこそアタシの絵画なんだから!」
燃える刀身は下手に受け止めることも近づくこともできない。威力どうこうの前に心理的なハードルもかなり大きい。
「動きが鈍いわよ!」
「……っ!」
「体力作りにやってた格闘技がこんなところで活きるとは思わなかったわ」
剣にばかり気を取られていると鋭い蹴りが飛んでくる。その一撃だけで膝をつく俺を素通りし、もう一人へと狙いを定める。
「私は負けないよ……!」
「行動で示してみなさいよ!」
再びの斬り合い、しかし日常的に体を鍛えているのかスタミナの消費はエマの方が少ないように見える。必然、軍配はエマに上がりつつあった。
「その剣には炎を付与できないんだ?」
「……私にはそうする理由がないだけだよ」
しのの《魔法》は何か一種類の能力しか発動できない。エマみたいな剣と炎の同時使用は不可能なのだ。
強がってはいるが、異能のバリエーションという点ではエマに対して不利。俺が言わなくてもしのなら察しているだろう。
「そう言うなら……その普通の剣で打ち破ってみなさいよ!」
熱を帯びた剣がペンライトや花火のように奇跡を描いて舞い踊る。
そんなアートの合間をくぐり抜けて正面から反撃を打ち込む、それができれば理想だがあいにく俺にそんな度胸はない。
正面から打ち破れないのならば――
一瞬俺と目を合わせたしのは剣を投げ捨て、空いた手をエマへと向ける。
「斬り合いが無理ならこうするまでだよ! ――《風撃》!」
瞬間、暴風がエマへ向かって吹き荒れる。強すぎる風は、その動きがまだ見えるほどの迫力を秘めていた。
「炎、それとも剣そのものを吹き飛ばすつもり? 甘い考えよ、そんなもの!」
「いいや、狙いはこっちだっての!」
その魔法に合わせて立ち上がり、俺はエマの背中へと走り出す。
剣も炎も健在だ。しかしそれでいい。そこを狙ったわけではないのだから。本当の狙いは風で舞い上がる白のコート。
絵の具の瓶が。言うなればエマの異能の弾丸が詰め込まれたマガジンが。それが風に煽られた瞬間。それが欲しかった。
「――《抜剣》!」
すかさず使用する魔法を変えるしの。俺の手に深紅の長剣が再構成される。剣を握っているのはしのではなく、俺なのだ。
「まさか……!」
「隙ありだ……!」
ふわりと流されるコートをしっかり捉えて、魔法の剣で引き裂いていく。異能の炎の剣は斬れなくとも、普通の衣服ならば相手にならない。
裂かれたコートが地面に落ちる。瓶の重さがある分、がちゃんと音を立ててエマの体から離れていく。
「これでアンタは弾丸を奪われた拳銃も同然!」
「やってくれるわね……!」
すぐにエマは瓶を拾おうとするが、そんな余裕をしのは与えない。
「そっちを気にしてる暇は与えないよ!」
彼女も同じく剣を持ち、拾おうとする手を牽制する。
「くっ……!」
それをいなしながら距離をとるエマ。まだ瓶を隠し持っているかもしれないため、深追いはしない。しのにそう目配せをして、こちらも少し立て直す。
「あのコート、結構高かったんだけどどうしてくれるつもりかしら?」
「無力化するための必要経費だったって進藤先生に言うよ。弁償はしてもらえると思うぜ?」
「よくもまあ悪びれもせず……。こんな問題児がいて先生も大変ね」
「問題児はアンタだろうに」
「お互い様じゃないかしら?」
そう言ってエマは迎え撃つような構えを見せる。瓶があるのかないのか、逃げずに誘うということは手持ちがまだ残っているのか……。
「仮に瓶があっても私達なら突破できるよ。サポートは任せて、一気に決めにいって!」
迷う俺の背中を押すようにしのが言う。そうだ。俺達の異能は出たとこ勝負。動かなければ始まらない。
「そうだな……。瓶があってもひとつかふたつ。それくらい捌けないでどうするって話だよな!」
剣の先を後ろに向けて走り出す。そのまま飛んでくるであろう異能を突破、一刀に切り伏せる。《上書き》を使えば殺す心配もない……いける。
「はあああっ!!」
「……ねえ。絵の具の瓶がないと私は異能が使えないとか思ってるでしょ? 思い込んでるでしょ? 違うわよ! これを忘れたわけじゃないでしょう!?」
エマの手が振り下ろされる。が、何も起こらない。意識をそらせるはったりかと思った矢先、
「……っつ!」
正面から何かにぶつかり、激痛が走る。
「まだまだ!」
さらにエマのジェスチャーが俺を襲う。何か見えないものを振る動作に合わせて、俺の体に衝撃が走る。その痛みはこの前戦った時のエマの記憶をフラッシュバックさせつつあった。
そうだ。前にも受けたじゃないか。あの不可視の攻撃――。
「ユウ!」
咄嗟にしのが、コートの中に入っていた赤い絵の具の瓶を投げつける。何もない空中で割れたかと思うと、その中身が飛び散って不可視の何かを色づけていく。
「これは……鉄パイプ、みたいな何かか?」
細い円柱状のものが赤く塗られていく。それに手を触れると金属特有の冷たさが手から伝わってくる。
エマが握っている何かにも絵の具が少量飛び散り、血の付着した棍棒のように見える何かが露わになった。
「そこの貴女、いい機転を利かせるじゃない。好きよ、そういうのは」
からくりが暴かれたことには狼狽えもせず、手に持った狂気をくるくると回しながら称賛するエマ。
「お察しの通りこれは普通の鉄パイプとか鉄筋。アパートのあれこれに使うやつね。その色を抜いちゃえばこの通り、見えない武器に早変わり」
「色を、抜く……」
「そ。アタシの異能は色に対応した能力だけじゃないの。……万物の色を奪い! その色で世界を彩る! 《奪色》はこの世界を全てアタシのキャンバスにするのよ!!」




