《上書き》の下準備
「水中だろうが空中だろうが……負けるかよ!」
そう言いはするものの、今の俺はダム湖にぷかぷか浮いているだけで無防備だ。
銛のひとつでもあれば良かったが、残念ながら両腕は水面を掻くことにしか使えない。
一方の龍は鯉が異能(仮)によって変身した姿。つまりこいつは鯉であり、水中移動はお手の物だ。
カナヅチと水泳のオリンピック選手くらい技量に差があると考えていいだろう。
「――――」
その龍が派手にダム湖に飛び込んでくる。その勢いでできた波に攫われ、俺は思うように動けない。
それに対して、器用に体を動かして水中を味方につける龍。人間と水生生物の交わらない壁のようなものを感じる。
が。人間には、いや、異能力者には異能力なりの武器がある。
「いくら魚類の方が上手く泳げるとしても! 水圧に逆らって常時最高速度を維持できるとは思えない! その速度は長くは保てないだろ!」
仮にカナヅチの俺がオリンピック選手と水泳勝負するとするならば。俺は相手を骨折なり負傷させてイーブンの勝負に持ち込んでやる。
俺の異能はそういうやり口を可能にする。
「――――!」
「ヌシの速度が落ちてます! 涼夜君、なんとか右方向に泳いでください! 躱せますよ、これなら!」
「ほんとにスピード落ちてんのかよ……!」
《監視》能力がそう言うなら確かなのだろうが、近くで見ると本当にスピードが落ちているのか不安になる。
それでも、体感する速度は変わらないながらも、指示通りに懸命に泳いで、龍のミサイルをすれすれで回避する。
「オーケー、なんとか立ち回ることはらできるな……!」
「っ、避けてください! 炎!」
「休ませる気なしか、こいつ……!」
とにかく水中に潜る俺と、突進が避けられるや否やすぐに首をこちらに回して炎を吐く龍。
水の中なら炎は燃えない。それでも水を伝って、その熱さは感じる。
冷たいはずの水、それが一気に熱湯へと変わる。南極から赤道直下の島にワープさせられたかのような無茶苦茶な温度変化に晒されながら、どうにか龍から距離を取る。
「こんなミサイルと火炎放射器の間の子みたいなのとまともに戦えるかっての!」
正面から取っ組み合うのは自殺行為。しのの魔法は乱発させられない。他の打開策……使える使えないじゃなくて、使えそうなもの。それが今の俺に必要なものだ。
「ん……? あれは……?」
そんな中、ダム湖にあるものを見つける。あれがなんなのか全く分からないが、何かがある。そんな直感が働いたもの。
「鈴代さん! しの! 時間稼いでる間に、あれについて調べてくれ!」
「あれを……? まあ、分かったよ! すぐ調べる!」
俺が指を差した方向にあるそれ。しの達の位置から目視はできないだろうが《監視》の異能でモニタリングくらいはできているだろう。その予想は当たり、怪訝な表情を浮かべつつもすぐに取り掛かってくれるしの。
ならば俺はそれまでの間、必死に逃げ回る。それに集中するだけだ。
「急がば回れだ。まずはダムについての情報が欲しい……!」




