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屁理屈オーバーライト  作者: 新島 伊万里


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異能漁法

 幽霊みたいに正体が分からないものを怖いと思うのは、割と普通だと思う。


 幽霊の正体見たり枯れ尾花というのも、裏を返せばくだらないものでも気味が悪い、よく分からないと思うからこそ恐怖が生まれると解釈できる。


 だから伝説とか噂みたいにどんな形であれ語り継がれている巨大な鯉、こいつに実態を持たせてやれば伝説ほどではないにせよリアリティがあり、かつ少しくらいは目を引く記事にはなるだろうと踏んでいた。


 それなのに。


「本当に! とてつもなく大きいけど! もうちょっと手加減できなかったの!? ユウ!」


 現れたのは伝説をさらに誇張したかのような荒々しい鯉。それに追い立てられるようにダム湖の岸を走り回っていた。


「しかも明らかに敵意剥き出しですからね! 伝説のヌシに襲われた記録なんて私だけのとっておきのスクープです! 何が何でも生きて帰りますよ!」


「死ぬことを可能性に入れてんじゃねえよ!」


 今はまだ直接的に何かされたわけではない。しかし、このヌシはとにかく巨大だ。捕食されてもおかしくないだけの大口を見ると、どうしても本能が逃げろと叫んでしまう。


「しの! 《魔法》で撃退できないのかよ!」


「これ、攻撃していいの!? 下手に刺激しちゃダメな気がするけど!」


「何もしなくてもこんな暴れてるんだぞ! やるしかないだろ!」


「あー! もう! 後でちゃんと《上書き》で誤魔化してよ! ――《雷撃》!」


 しのの手の平から黄色の魔法陣が現れる。その魔法陣からいくつもの雷の槍が射出され、ヌシの体を貫こうと飛んでいく。


「串刺しにするから!」


「――――」


 ヌシはその巨体に似合わず、体をくねらせて雷の隙間を縫って跳ね回る。


「速い! 普通にやっても当たらないよこれ!」


 さらに、そのくねらせた体を縮め一気に伸ばす。バネのように射出されたヌシは巨体をダムの通路へと打ち付ける。


「「うわっ!?」」


 ダムの水を堰き止め、人が様子を見るための通路。その一部が、先程のプレス攻撃によって崩れるのを俺達は眺めていた。


「下手に暴れさせるとダムが崩壊するよな……!」


「なら動きを止めるしかないよね。どうする?」


「それなら考えがある……けど!」


 その方法を試す暇をヌシは与えてはくれない。水中に深く潜り、急上昇、水面から飛び出し体当たり、それを幾度となく繰り返す。もしダムに口がついていたら大音量で悲鳴を上げていることだろう。


 ゲームのNPCのように決まった攻撃しかしない、と考えるとやりやすいが、そうは問屋が卸さない。


 水中に潜んで飛び出す方向が分からないこと、万が一にでも押し潰されたらただではすまないであろうこと。様々な恐怖が攻勢に出る勇気を萎ませる。


「なら私がヌシの動きを全て監視します! ――《ピケット・サテライト》!!」


 鈴代の真っ直ぐ伸ばした指先から白い発光体がひとつ現れる。蛍のように小さく儚げなそれは、しかし凄まじい速さでもって水の中へと飛び込んでいく。


「《ピケット・サテライト》は対象とその周囲の映像を送ってくれるんです。私の《監視》能力の一つですね!」


 言って、何もない空中にヌシの泳ぐ姿とその位置が表示される。俺としのが進藤先生と戦っていたところも、この技で見ていたのだろう。


「私達から見て右側! 動きから見てもうすぐ飛び出てきそうです!」


「させるか! しの、とにかくでかい岩を出してヌシの方へ投げてやれ! 当たらなくても問題ない!」


「オッケー! ――《岩撃(ストーン)》!」


 宙に浮かせた大岩を叫び声と共に派手に投げ込むしの。ばしゃあっと音を立てて水が溢れ、それを被りながらヌシの動向を観察する。


「ああっ、やっぱり避けられてます!」


「いいや、これでいい! しの! もう一個岩を落としてやれ! ……さっきの大岩を狙ってな!」


「ちょっユウ、それ本気!? やっていいの、そんなこと!?」


「後でどうとでも上書きする! とにかくやられる前にやるぞ!」


「本当に知らないからね、どうなっても! ――《岩撃》っ!!」


 しのが指示通りに、新たな岩を先程沈めた岩目がけて投げ込み、ぶつける。それに合わせて俺も異能を発動させる。


「水中の岩に岩をぶつける、その衝撃だのなんだので魚を気絶させる、ガッチン漁法! 《魔法》による大規模なそれに、いくらヌシと言えども耐えられないだろ!」


 規格外のヌシについては普通のガッチン漁法が効くかは分からない。なんなら平気で耐えることも考えられる。


 けれども。威力にものを言わせる《魔法》とそれを補助する《上書き》の組み合わせならば。


「――――!?」


「ヌシ、ひっくり返ってます! 本当に動き止められましたね!」


「私の《魔法》ならこれくらいは余裕だよ! ……たださ、怒られない? これ……」


「怒られる?」


「あー、ガッチン漁法は基本的に禁止されてんだよな……」


 石をぶつけた衝撃で近くの魚を一網打尽にするガッチン漁法(これ)は魚を根こそぎ獲りかねない。


 周りを見れば他の魚も同じようにぷかぷかと浮いている。これがあるから基本的にはアウトな方法だ。


「まあ……この島、私闘がスルーされるようなとこだしさ。割と法律とか倫理とかガバガバなんじゃないかって思うんだよな」


「確かにちょっと緩いとこはありますけど、無法地帯ではないですからね!?」


「ほんとに、《上書き》でちゃんと言いくるめてくれるよね……?」


 鈴代さんの反応に不安げな様子を見せる実行犯。支持したのは俺だしいざとなったら罪を被るのは俺が筋だ。……とは言っても嫌だなあ。


「ところでさ、ヌシってどこ行ったの?」


 ふと、不思議そうにしのが尋ねる。確かに水面に浮いているはずのヌシが見当たらない。


「沈んだのか……? いや、死んだら気絶したら普通は水面に浮くよな?」


「《ピケット・サテライト》は間違いなくすぐそこを指してるんで……す、けど……」


 そう言って水面を指差していた鈴代さんの指が上を向く。それと同時に声が上ずる。


 なんだなんだとその指の先を見ると、そこには――


「なんだあれ!? 龍!?」


「鈴代さん、あれがヌシだって言うの!? 別の生き物だよ!?」


「本当なんです! 私の異能の監視対象は変わってません! あれは、あの龍はさっきのヌシなんですよ!」


 ヌシと呼ばれたそれ――青空を悠々と旋回する龍は、そんな俺たちへ鋭い眼差しを向けているのだった。

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