スクープ要員
「空無色エマさんがどういう生徒か知りたい、と」
空無色エマと接触し、いいようにあしらわれた翌日。俺としのは揃って新聞部の部室で椅子に腰掛けていた。
理由はもちろん、新聞部の力を借りるためだ。
「異能を使う新聞部って、有能週刊誌記者すら霞む諜報能力とか持ってそうだし、何か聞ければ嬉しいんだけど」
そもそも俺達はいきなり大人に声をかけられて島まで連行された。異能力者だと判定したり居場所を突き止めたりする奴は必ずいるはずで、それがここの学生でないとは限らない。
「そうですね……。新聞部にはそういう仕事もありますし、いくらか知ってることはあるにはあるんですけど、誰にでもほいほい教えるわけにはいかないんですよ。勝手な真似したら他の人達に袋叩きにされちゃいますから!」
「まあ、そうだよね……」
個人情報を盗んではそこら中に垂れ流す。そんなことを許すわけにはいかないのは言うまでもない。
だが、そこをなんとか少しでもいいから手掛かりを引き出す。《上書き》で穏便に情報を引き出すにはどうするか……。
と、異能の使い方を検討した時だった。
「――というのは事実ですけれど、いいですよ! 怒られないラインであればいくらでも教えちゃいます!」
「「いいの!?」」
あっさりと掌を返すように彼女は笑う。しっかりしているようでいて、実は適当なタイプなのだろうか。
「言っておきますけど、これは特別ですよ? おふたりに興味があるから手助けをしようっていう私の独断なんです! もちろん交換条件はあるんですけど」
「協力的なのはありがたいけどこれ、俺らのこと詳しく調べ上げられるやつでは」
「互いに情報を出し合うのは妥当なとこだけどね……」
情報交換と見ればそれは正しい。まさか自分達だけが一方的に何かを得られるとは俺も思ってはいない。
が、相手は異能を駆使する新聞部。どこまでこちらの情報が引き出されるか分かったもんじゃない。
おまけにまだ机上の空論の段階ではあるが、俺達は島からの脱出計画を立てている身だ。
うっかりこのことがバレれば下手な動きはできなくなる。これだけは何が何でも隠さないといけない情報。それを上手く隠しつつ、エマについて話を聞く……。
かなり危なっかしい綱渡りを要求されているな……と思っていると、付け足すように鈴代さんは言う。
「や、別にふたりについて根掘り葉掘り聞くつもりはありません! そういうことじゃなくて頼みたいのは肉体労働なんです!」
「「に、肉体労働?」」
「ふふふ、とびっきりのネタの取材、付き合ってもらいます!」
*
よく晴れた休日。俺達はそのとびっきりのネタの取材に同行した。
場所は《避難訓練》でお世話になった寺、そこをもう少し進んだところだ。
寺を通り抜け、さらに山道を進んでいくと視界の開けた場所に出る。快晴の空の光を受けてきらきらと光る水が滝のように流れ落ちる、ダムが目の前に現れた。
「こんな孤島にもダムってあるんだね」
「この島に限らず、日本の他の離島にもあるらしいですよ」
俺達がいるのはアーチ式コンクリートダム。ダムと聞いたらこれをまずイメージするようなダムの種類だ。黒部ダムとかがこれにあたるはず。
孤を描きながら伸びていく万里の長城のような通路を歩きながらそんなことを話す。
水を放流している方を見やれば、市街地や海が一望でき、観光資源のひとつにカウントしても遜色ない眺望だ。まあ観光客とか来ようがないけど。
振り返り反対方向を見れば、そちらはダム湖が広がっている。貯えられた水は波が立つこともなく静かに空を映す鏡となっていた。
「綺麗なとこだけどさ……普通にダムの取材に来たわけじゃないんだよな?」
「ええ! このダムにまつわる噂、《鯉筌ダムのヌシ》! それが目的です!」
鯉筌ダムというのは、今俺達が訪れているダムの名前だ。と言っても本来の名前は別にあり、公式ではないが一般的に浸透した名前らしい。
鯉筌というのは鯉を捕まえる仕掛けのことで、鯉が入ると出られなくなるものだ。鯉がダムに入ったっきり出てこない、そんな噂からこの名前がついて噂として広まったのだと。
その噂とはこういうものだ。
昔、ダムの水が流される下流。こちらに巨大な鯉が住んでいた。普通の鯉の何倍も大きく、本当に鯉なのかと度々議論になったらしい。
そいつは当然、ヌシと呼んで差し支えない風格で多くの島民に認知されていた。そしてそれは時に恐怖の対象にもなったらしい。
が、その巨大鯉が突如として姿を消した。
誰かが捕獲したのか? いや、人間よりも巨大なあの恐ろしい鯉をそう簡単に捕まえられるはずがない。ならば寿命がきて死んでしまったのではないか。などなど様々な憶測が飛び交った。
そんな噂が駆け巡り、しかしその一方で時が経ち。そんな巨大鯉も過去の話になろうとしていた頃。ある噂が新たに島内を駆け巡った。
曰く、ダム湖に例の鯉がいる、と。しかしそれは常識的に考えてありえないことだった。
ダムから流れた水が下流を作る。つまり、ダムを飛び越えでもしない限りダム湖には辿り着けない。いくら巨大な鯉であってもそれは不可能な話だ。
そうは言っても。やはり気になるのが人の性なのだろうか。噂を聞いた何人かがダム湖へと足を運んだのだ。
するとそこにはダム湖を悠々と泳ぐあの巨大な鯉が――
「これがヌシにまつわる噂ですね。あくまで噂なので本当に巨大鯉がいるのか、そしてダム湖に侵入したのか、ここは不明なんですよね」
「じゃあ、まるっきり創作の可能性もあるわけか」
もしかしたらダムに人を集めたい酔狂な人が作った伝説もどきかもしれない、とも考えられるわけだ。
「フィクションかもというのは否定できないです。それも今日までの話ですけどね」
「……は?」
戸惑う俺達をよそに、鈴代さんがこちらをじっと見る。
「真偽はともかく、これはこの島ではかなり有名な話です。大事なのはずっと語り継がれているということなんですよ」
……なるほど。これが俺達を呼んだ理由か。
「多くの人が知っていて、かつ、鯉が存在するかもしれないという前提。これがあるなら仮に例の鯉が存在しても誰も文句を言わず、そういうものとして受け入れられる。……だから、俺が《上書き》でその鯉を作り上げることは可能だってことか」
俺がそこまで口にした途端、凪の状態だった水面が揺らぎ、ゴボゴボと音を立て始める。
「思ったとおり! 《上書き》ならこういうスクープを作れると思ったんです!」
「これ記事の捏造じゃないの!? うーん……でも、ユウの異能で実在し続ける限り捏造にはならないのかな……?」
しのが頭を悩ませる中、ゴボゴボという音は大きくなり、水面からは巨大な目、そして口が現れる。
それは正しく、池に餌を投げると集まってくる鯉のようで――
「ま、待て待て! こんな化け物じみた大きさなのかよ!?」
「作り出したのはユウだよ!? 自分でやったことでしょ!?」
「知るか! そういう調整なんてできるわけないだろ!」
「いやいやいや! 最高です!! これは期待以上です! さて、何から調べましょうか……!」
水面から勢いよく飛び出し、鱗に反射した陽の光がきらきらと輝く巨大な鯉。噂話が具現化したそれを俺は立ちすくんで見上げるだけだった。




