正義を振るうは思い付きで
「……というのが俺達が遅刻した理由です」
「なるほど。昨日の《避難訓練》での活躍は目覚ましいものでしたからね。嫉妬する気持ちも分からないではないですね」
あの騒動の後、俺としのは職員室で進藤先生にことの顛末を説明していた。
「先生、あんな風にいきなり異能で襲いかかったりするのってこの島だと普通だったりするんですか?」
「そうですね。異能による戦闘訓練はむしろ推奨していますからね。《避難訓練》のような勉強にもなりますから。しかし……問答無用で襲いかかるのはあまり褒められたことではないですね」
異能を使うのは勝手だが、ある程度マナーは守って欲しいというのが大人の言い分というところか。
「先生なり警察なり、それっぽい組織がそういうの監視でもすればいいんじゃないですか? 危ないんだと思うんなら」
「小学校なんかでは目を光らせていますが、高校生を相手にするのに必要以上に監視する意味もないでしょう。もう大人に近いのですから」
高校生くらいにもなると子供に比べて知能、体力、そして異能も成長している。下手に煽って騒ぎを大きくするのも憚られるということだろう。
……待てよ、これは使えるのでは? 孤島脱出のための一手に利用できる気がするぞ。
「……けれど。そういう面倒ごとは早期に解決するに越したことはない、ですよね?」
「涼夜君? 何かいい意見があるのですか?」
「ええ。俺としのがそういう迷惑な異能力者を無力化すればいいんですよ。例えば……部活の一環として」
「あっ! 私の《魔法》とユウの《上書き》なら異能の無力化も事後処理にも向いてるもんね! 楽しそうかも!」
「それは確かに……適性はあるかもしれませんが、ふたりは島に来てまだ日が浅いでしょう。異能にもまだ慣れきっていないのにそんなことは……」
「ユウは多分、慣れきっていないからこそ、これを鍛える機会にしちゃうって魂胆だと思いますよ、先生」
速攻で意図を汲んでくれた相棒に流石だな、と思いつつ言葉を付け加えていく。
「正解。異能でもスポーツでも、なんにしろ実践経験は大切だと思うんですよ。かといって手当たり次第に誰かを襲うのは望ましくないんですよね?」
「だから、何か問題のある相手に対して合法的に勝負を仕掛ける……そういうことですね?」
「や、実践経験はついでで、誰かの安全を守ることがもちろん最優先ですよ?」
「そうですか……」
見えすいた問答だよなと心の中で反省する俺をよそに、進藤先生の向ける眼差しは非難するようなものでも、疑いを向けるようなものでもない、よく分からない感情を向けられている気がした。それがどんなものかは上手く言い表せないのだが。
「実際のところ、異能を使いこなせるようになるには使うのが一番だと私も思いますからね。……いいんじゃないでしょうか、部活動。責任は私が取りますから一度思うままに活動してみてはどうですか?」
「えっ、いいんですか! やったね、ユウ!」
「あ、ありがとうございます……! でも、そこまでさせてしまっていいんですかね? いきなり責任取るってのは……」
正直な話、思い付きでこっちも振った話だし前向きな言葉がもらえるだけでも上出来だろうと考えていた。それなのに蓋を開けてみれば行き当たりばったりで先生の協力を取り付けた形になっている。
いくら優しい先生だとしてもここまで目をかけてくれるなんてことがあるか……?
「教師だからここまでする、というだけではありません。個人的な理由から協力したいというのも一因ですよ」
尻込みした様子の俺を見ながら眼鏡の奥で笑っている進藤先生。
「はあ……そうなんですか……?」
「それに、そのような形で対処してもらいたい異能力者が丁度ひとりいましてね。……ある引きこもりの生徒をお願いしたいのです」
「「引きこもり……?」」
ここは島にいる全ての学生が通う学校だ。人数は多い。異能力者であれなんであれ、引きこもる生徒がいたところで不思議ではない。ただ、
「でもそういうのって私達じゃなくて、カウンセラーさんとか、通信制の制度を整えるとか他にやり方があるんじゃないですか?」
そうだ。餅屋は餅屋とも言う。必要なのは、しのの挙げたようなものではないか。
「第一、引きこもりに対する荒療治にしても初対面の奴が襲いかかるのは今日襲ってきた奴と変わらないのでは……」
喧嘩の仲裁とか、異能を悪用する連中を暴力で黙らせるのは弁解の余地があるにせよ、今回のケースは俺達に100%悪者になる気がする。
「ああ、そういうのは意味がありませんでした。彼女はアメでもムチでも動きません。彼女の異能は中々に強力でしてね。手がつけられない。最強の引きこもりと言ってもいいでしょう」
「つまりは、強い異能にモノを言わせて好き放題に引きこもってるってことか……。それにしても最強の引きこもりって……」
「最強かもしれないけど放っておけば無害なんじゃない? 引きこもりなんだし。どうして私達が接触するんですか?」
「東雲さんの言うことはもっともなのですが……」
と、ばつが悪そうに先生は言う。
「彼女は私の生徒です。どうにかしろとうるさく言われているのですよ」
――つまりは自分に代わって問題児をどうにかしろ、と。
話の分かる先生だと思っていたが撤回だ。話は分かる。それでいて食わせ物だ、この人は。
*
そして翌日の放課後。俺達は先生に伝えられた住所へと向かっていた。例の引きこもり異能力者とコンタクトする覚悟を手土産に。
「それにしても空無色エマさんだっけ? どういう異能なんだろうね? 内容を聞く限り私みたいな能力だけど」
「炎に雷になんでも撃てる謎の異能だもんな。とにかく直に見ないと何も言えないよな」
昨日、例の引きこもり、空無色エマの異能について進藤先生から話を聞いたところ、返ってきたのはあやふやなコメントだった。
「彼女の異能は炎や雷、爆破といった直接攻撃です。威力は強大ですし、おまけに発動条件は不明です。能力名も教えてくれませんでした」
とのこと。ついでに鈴代さんやクラスメイトにも聞いてはみたものの似たり寄ったりの答えでそれ以上のことは分からなかった。
「それもそうだね。……でもなんて声をかけようか?」
「いきなり学校に行こうぜ! とか言ってもなあ。絶対不信感抱くよな」
「私達あんまりそういうこと言うようなタイプでもないしね」
「んー……」
教えられたアパートの前で腕を組む。ここは街からかなり離れた場所にある。二階建てで部屋はいくつもあるが、そこの住人はたったひとりだ。
本人がこの場を希望したと言うのもあるが隔離という理由もあるのだろう。凶悪な異能に住人が恐れをなしたらしい。
さて、どの部屋にいるのか。どこから探すか。出会い頭に何を言うべきか。
うーむ、と考えを巡らせながらアパートを見上げていた時だった。
「ユウ! 退がって! ――《雷撃》!」
「っ!?」
しのに首根っこを掴まれ、後ろに引き倒される。そこに間髪入れずにふたつの雷が飛んでくる。
空から落ちてくる雷と、地面から昇る雷。しのの《雷撃》と落ちてくる謎の雷とがぶつかり合い、瞬時に爆ぜる。
空は晴れており雲ひとつ存在しない。その状況で雷が落ちてくる。考えられるのはひとつしかない。
「これが例の異能か……!」
「ユウ! あそこ! また飛んでくるよ!」
しのの叫ぶ方を見れば今度は業火が大口を広げてこちらに迫ってきている。下手をすれば即座に炎に囲まれて痛い目を見る。それをすぐに悟らせるほどの大火だった。
「けど、いくらヤバい炎でも消化できない道理はないだろ!」
「そうだね! ――《水撃》!」
しのの掌から水流が噴き出し、うねる。その意思持つ水は燃え盛る炎を包み込むように動き、俺の《上書き》の効果も乗せて鎮火にかかる。
「驚いた……けど、これくらいじゃ私達は逃げ出さないよ?」
「ふーん、いつもの邪魔者に比べればまだやれそうな感じじゃん」
照らされる夕陽の中、彼女は空中に立ち俺達を見下ろしていた。
「それでもこのアタシ……空無色エマ様には敵いっこないだろうけど!」




