無音を上書くメッセージ
「――――!」
佐藤から距離を取ろうと後退するも、そうはさせないとばかりに一足飛びに距離を詰め殴りかかる佐藤。
シンプルな肉弾戦に持ち込んでいるだけだが、自分の周囲の音を消せるという異能と組み合わさると話は変わる。
「お前の異能は……!」
その続きを聞く者は誰もいない。佐藤の異能、《消音》は自身も含めた周囲の音を完全に消す能力だからだ。
効果範囲は分からないが即座に接近して俺の声を掻き消すことくらいは造作もないらしい。
つまり攻撃のために近づくと同時に、喋った内容で現実を書き換える俺の《上書き》を封じることもでき、攻防一体の立ち回りが可能となっている。
「…………!」
距離を取ればすぐに追いつかれる、そんな勝敗の決まった鬼ごっこを何度か繰り返した後、重い蹴りがしっかりと俺を捉えてしまう。
――くそ!
無音で襲いかかる衝撃に、これまた無音で毒づきながら後方へと大きく飛ばされ地面を転がる。
その瞬間に道路に落ちていた石を拾って投げつける。
距離がある今ならいけるかもしれない。
「転がった回転も加えて威力を上げてやる……! 普通に投げるよりも痛いぞ!」
しゃっと風を切るように飛ばした石は見事に佐藤の足に直撃する。《上書き》が効いたかは分からないが、文字通り足止めにはなるはずだ。
「くっ……! こんなもので邪魔をするとは……!」
「痛みですぐには走れないだろ! そこで大人しくしてろ……!」
言いながらよろよろと歩き出す。考える時間を作ろうと路地裏をあとにする。
勝ち筋は一応見えている。問題はそれを使う状況、そしてその後だ。
「何かないか……何か……」
《消音》のせいで出せなかった分を取り返すようにぶつぶつ言いながらじわじわと距離を取る。
その時だった。
「……それだ!」
目下の問題をまとめて解決できるメッセージが舞い降りたのは。
*
「やっと見つけましたよ。と言っても全力疾走もできない貴方を見つけるのにさほど苦労はしませんでしたが」
先程の路地裏だけでなく、多くの道が繋がっている大通り。そこに連なる適当な建物に手をつきながらよろよろと進む俺にかけられる声。
「いきなり《消音》を使って襲うのかと思えば、わざわざ教えてくれるのかよ」
「ええ。余裕は見せつけるものですから。そうは言っても私は油断はしませんので、妙なことを喋り始めれば即消音しますが」
じりじりとにじり寄ってくる佐藤。もう石を投げたり、みたいなつまらない抵抗は受けないだろうし《上書き》には最大の警戒を払っているはず。
そう。《上書き》さえ潰して殴り合えば佐藤が負けるはずがない。これは確かに正しい。
「《上書き》対策はばっちりか……。――なら、こういうのはどうだ?」
「《消音》!」
パチンと俺が指を鳴らす。――正確にはその動きだけが認知できた。
俺が手を動かした時点で《消音》を発動させたのか。その即効性には感服するばかりだが、それよりも注目すべきは佐藤の顔だろう。
馬鹿な。そう言っているようにしか見えない顔で俺を見上げている。
ついで佐藤は俺の横、そして自分の隣へと視線を移す。さっき指を鳴らした時に何が起こったのか戸惑っているのだろう。
それはそうだ。俺と佐藤がいる大通り、その脇道からしのが飛び出し、次いで狙撃手の山田が現れたのだから。
突如、乱戦になったかと思えば示し合わせたように空中へと舞い上がる。その様子を佐藤はただ見つめていた。
しかし佐藤の相棒である山田。彼はすぐに俺達ふたりを空中に認めるや否や銃を構え始める。しのに銃は破壊されたはずだから構えているのはスペアの銃か。
狙いをつけ、引き金を引いて着弾するまでに何秒かかるか。分からないが、空を飛んで佐藤の消音圏から流れた今なら屁理屈をねじ込むことは可能だろう。
「音が聞こえないんならそれは空気がないということに他ならない! だったらアンタらは息ができないだろうし、空気から弾丸を作り出すことも不可能なはずだ!」
空気が無ければ音の振動は伝わらない。だから宇宙では爆発が起きても映画みたいに轟音は響かないらしい。
この裏を返せば、音が聞こえないなら空気はないということになる。
「…………!?」
「……!」
そう言った瞬間、山田のライフルは火を吹かず、ふたり揃って首を押さえ始める。
俺が上書きした通り、今あの周囲は真空になっているのだ。
「……っ! 屁理屈を……! 私はこれまでこの異能を使ってきましたが、そんなことは起こらなかった!」
「屁理屈を現実にするんだからそんなこと言われてもな。まあ、上書きできるのは永続じゃないんだし、今くらいは甘んじて受け入れろよ」
「オイオイ……テメェら、いくら何でも手際が良すぎるだろうが。どうやって連携取りやがった……!? まさか、そんな異能を隠してたとでも言う気か?」
「いや……異能も何もシンプルにこれだよ?」
そう言ってしのが手に握ったスマホを振ってみせる。そう、山田と佐藤から逃れたその間で俺達は連絡を取り、ふたりまとめて追い詰める算段を立てていたのだ。
「これで言ってた《魔法》の予想も当たってたね」
これは囁くように俺にだけ投げかけられた、しのの言葉だ。
「《魔法》の限界というよりは《上書き》の限界を示された感じだよな……」
――しのの《魔法》の調子が突然悪くなったというメッセージを受け取った時、真っ先に思いついたのは俺達が離れたために《上書き》の効果が弱まったということだ。
《消音》にも音を消せる範囲があるように、俺が上書きできる範囲にも限界があるのでは、ということはいかにもあり得そうなことだった。
そこにタイムリーに飛んできたメッセージ。実験と同時に反撃に出るという危なっかしい賭けになったが、問題を全部解決できるリターンを考えて実行したというわけだ。
「なら、わざと俺の銃弾を浴びながら逃げてたのも……」
「そう。ここに誘き寄せるためだよ」
そしてしのには、どうにか山田を誘き寄せて俺のいるところまで引っ張ってきてくれと頼んだ。
その結果、弾丸を受けながらここまで走ってきたのだろう。体のそこかしこの切り傷がそれを雄弁に物語っている。
「反則でしょう……。異能を使わず、そんな機械を持ち出すとは!」
「反則? 何言ってんだよ」
わなわなと震える佐藤に向かって冷静に言い放つ。空の上に《消音》が届くことはなく、俺の言葉を遮るものは何もない。
「異能があるからって、それしか使ってはいけないなんてルールはないだろ。むしろ異能の相性が悪いなら、そういう手を使ってひっくり返すべきじゃないのか?」
「異能にばっかり固執してちゃだめってことだね」
今から使うのはまさにその異能だけど、と付け加えながら俺としのの体は手近なビルに着地する。
浮遊を止める、つまり《魔法》を解除した。その理由は決まっている。違う《魔法》を使うため――。
「っ、山田! 狙撃を! 先に仕留めてしまうのです!」
「オイオイ……言われるまでもねえなぁ!」
落としたライフルを拾って射撃態勢に入る山田だったが、異能の早撃ち勝負において、本領を取り戻した魔法使いには敵わない。
「遅いよ!」
勝ち誇ったように指を鳴らす。晴れ間を割いて暗雲がいきなり立ち込める。それがバチバチと音を立てて震え出す。
「《雷撃》!!」
雲から流れ出た電撃は空気を切り裂き山田、佐藤のふたりを包む。見ればそれはいばらのように細く、けれども強固にふたりに絡みついている。
「「があああああっ!!?」」
いくら異能が使えるとはいえ、生身で電撃に耐えられるかどうかは別問題だ。数秒足らずでその場に倒れ伏し、血の気の多いふたり組は沈黙した。
「……ふう。こんなところかな?」
「なんとか上手い具合に倒せたな。予想が当たっていて良かった……」
俺が近くにいないと《魔法》が弱まるという予想が、もしも外れていたら狙撃能力になす術なく撃ち抜かれていたことだろう。一歩間違えれば沈黙していたのは俺達だったのだ。
「にしてもさ、こんな風にいきなり襲いかかるなんて危ないよね」
「危ないっちゃ危ないけど、周りの誰も止めようとしなかったよな」
襲われた場所、そして大立ち回りを演じた場所は市街地だ。走り回る間に多くの人とすれ違いもした。
しかし、すれ違いはしたがそれだけだった。街中での喧嘩を止めるように割って入る人間も、警察に連絡するような人も見られなかった。ただただ一瞥をくれるだけ。
関わり合いたくないか、もしくはまるでこれが日常茶飯事であるかのように振る舞っていたのだ。
「……まあ、それは誰かに聞けばいいだろ。それよりお互いの弱点がもろに見えたのは収穫だな」
「敵を知り己を知ればなんとかってやつだよね。割としんどい弱点晒されてかなりショックではあるけど……」
「こっちも喋らせなければいいって攻略法が広まるとヤバいんだよな……。対策、今から考えないと本格的にまずい」
うーむ、と唸りながらふたりして学校へ向けて歩き出す。
こんな大変なことがあっても律儀に学校に行こうとするのは帰巣本能に似た何かが学生に備わっているからだろうか。
いや、そうだ、学校。学校で学べばいい。
「能力に弱点があるのは何も俺達に限った話じゃないはずだ。そいつらだって弱みを放置するとは考えられない……だとしたら学校で何か学びを得ているはずだ。だったら……」
「私達も同じように学べばいいってこと?」
得られるものがあるかどうかは分からない。しかし、きっかけやヒントのようなものは転がっているはずだ。
「そういうこと。異能をマスターしつつ、脱出の準備も少しずつ進めて……」
「最高のタイミングで実行する、ってことだね。悪くないかも!」
仮に異能バトルが日常茶飯事なら、脱出する時に取り押さえようとする奴なんて星の数ほど現れるだろう。
それらを叩き潰せるくらいの力は持たなきゃ話にならない。
これはそのための一歩だ。そう思いながら俺達は通学路を歩き始めた。




