《上書き》の弱点
「はあっ……!」
佐藤のインテリ風の見た目とは裏腹に、繰り出される徒手空拳は喧嘩慣れしているような印象を抱かせた。
「このっ……!」
速さや重さは素人の俺の上位互換。こちらのガードをすり抜ける技術も見せつけながら俺をサンドバッグのように弄ぶ。
「っ……痛みは受け続けてればそのうち慣れる……! 問題ない……!」
「ふむ……喧嘩に関しては素人ですか。痛みを上書きして誤魔化す必要があるとは。ここに来るまでは育ちが良かったんでしょうかね? その割には《避難訓練》で大暴れしていましたが」
その皮肉な物言いを聞いてふと思う。
「《避難訓練》……? そこで俺達がアンタらの邪魔をしたって言うのかよ……っ!」
パンチを耐え忍びながら、さっき言っていた理由について聞いてみる。痛みに慣れる時間稼ぎもあるが、純粋に理由が知りたいというのもある。
「ええ。《上書き》と《魔法》。その異能は実に強力です。電光石火の如く戦況を動かし、私達が獲物をいたぶる時間を奪うくらいにはね!」
「ぐっ……!」
直後、回し蹴りを受けてその場に膝をついてしまう。
「っ……それで暴れ足りないから八つ当たりしようってことか……! さしずめ異能力者のヤンキーってところか……!」
「もう少しまともな語彙はないのですかね? ……とにかく、私達は異能を使って誰でもいいから襲いたい……! それだけなんですよ!」
「はた迷惑な奴め……! だったら返り討ちにしてやるよ! 何回もパンチ喰らったからもう分かる!」
お前の戦い方の癖がな! こっからは避け放題だ!
そう叫んだはずだった。なのに、その詰めの言葉が聞こえない。
「……?」
「パンチを受けたからどうなんですか? ……何回も受けたのなら分かるでしょう。今回も避けられずに直撃する、ということが!」
「――!?」
馬鹿な。何かがおかしい。どうして《上書き》が発動しない?
「ふっ、言ったはずですよ。《上書き》の弱点を私は突けるとね!」
「――!」
叫びながら再度の乱打。今の怪現象の謎が解けず、この状況を上書きすることもできず。
「屁理屈ではなく、痩せ我慢で抵抗しますか! 病院送りになるまで続けるつもりですかね!?」
「……!」
こちらが大人しくすればするほど回転率を増すパンチの嵐。どうにかしなければ……と思った矢先に、あることに気がついた。
パンチが風を切る音が、体にめり込む音が、聞こえない。
さっきの俺の屁理屈が聞こえなかったというのは……まさか……!
「……!」
上を狙って繰り出されるパンチのみに集中し、いざ飛んできた瞬間に身を屈める。
らああああっ!
その雄叫びは未だ聞こえないが、重要なのはそこではない。拳を抜けたその一瞬で佐藤の膝を掴んで、一気に引き倒す。
動きが止まった隙を突いて距離を取る。そうしないと確かめられないことがあるからだ。
「…………はぁっ、はぁっ……そういうことか……。周囲の音を掻き消す異能を使えるのか……!」
「気づきましたか、ご名答です。この《消音》は山田の狙撃と相性がいいんです。発砲音も逃げる足音さえも、全て静寂に帰してくれるのですから」
「最初に撃たれた時に発見できなかったのはそういう仕掛けか……」
「本来私はサイレンサーとして山田の補助に徹する者。ですが、口に出した屁理屈を実現する相手がいるとなれば話は別でしょう。……私の前ではその舌は回らないと思ってください?」
「なるほど……喋れなければ弱点の補強すらできないと思ってるのか。それはどうか――!?」
喋り始めたと思えば、たちまちミュートのボタンを押された電子機器のように音声を遮断されてしまう。
直後、口の中に溜まっている声を吐き出させるかのように強烈な蹴りを腹に浴びせられてしまう。
「――――!」
「君の言葉がはったりなのか屁理屈なのか。そんなことに興味はありません。君の言論の自由を奪った今、そんなことは意味を持ちませんから」
「っの……!」
しかし今この瞬間は悪態をつける。つまり、佐藤自身が喋る間は《消音》を解除する必要があると考えるのが自然。
ならば《消音》の効果範囲は佐藤自身を巻き込む、つまり、自身の周囲ということか……?
もしそうならば上手く距離を取れればいいのだが、実際の俺は佐藤の足に踏みつけられている。とても逃げることはできない。
「君の考えていることはお見通しですよ。逃げられるものなら逃げてみてください。もっとも、私はいたぶるのは好きでも油断はしないタチですがね」
「……!」
能力の真っ向勝負になれば勝ち目はない。さらに身体能力でも相手が格上。おまけに文字通り有無を言わせぬ状況を作り出されている。
……これら全てをひっくり返す裏技を編み出す必要があるということか。
俺が奇策を生み出すのが早いか、それとも佐藤が俺を仕留めるのが早いか。これはそういうスピード勝負になるわけだ。
上等だ……!
顔つきだけで言いたいことを大体察したのか、佐藤は不敵に笑うのみだった。




