今夜の主役は新入生
慌ただしく過ぎていく夜。
テロリストの放火か異能力者によるものかは知らないがあちこちに火の手が上がり、眠る時間とは思えないほどの明るさだ。
聞くところによると《避難訓練》の時だけは眠らない街、いや島に変貌を遂げるのだそうだ。
「あっ、そっち! 奇襲しようとしてます! 二、三人で応戦してもらえれば!」
「おうよ任せろ! つーか俺様だけでいけんだろが!」
「いつも我々がサポートしているのを忘れられては困りますね! ほら、行きますよ!」
そんな市街地をバタバタと誰もが縦横無尽に駆け回る。そして銃声の後、響く叫び声。
その叫び声のほとんどが大人の声なのだからテロリスト達が返り討ちに遭っているのは容易に想像がつく。
それでも、
「数が多い……!」
「いつものことっしょスパルタなのは!」
「喋る暇があったら手を動かしなさいよ!」
多勢であることは事実。余裕をかまして切り抜けられるようなものではないようだ。
そんなしごきにもならなければ訓練とは言えないからなのか。偉い人が何を考えているかは分からない。
「おい後ろ!」
「え? あっ!? ヤバいかも!?」
「まずはひとり! 人質取って脅せばいいだろ!」
ただ分かっているのは、
「前方に意識向けてんだから、横から急に飛びかかられたら避けられないよな!」
俺達はそのイベントを思い切り引っ掻き回せるかもしれないということだ。
「がっ!?」
俺の飛び膝蹴りを喉に受けて倒れ込むテロリスト。本来ならそれで終わりでいいかもしれないが、それなりにゲーム漬けの人生を送ってきた身からすればこれは追撃のチャンスにしか見えない。
「しのっ!」
「任せてよ!」
俺の後方からしのが飛び出し右手を振るう。
「それ……っ!」
すると喉を押さえたテロリストがそのまま宙へと浮かされ、一気に地面に叩きつけられる。
「ぎ……っ……!?」
問答無用で頭を強打し気絶するのは必定。そうして敵の出鼻をくじきつつも、しのは手を緩めずに追撃する。
「火に油を注ぐなんて言うけどさ、こうした方が効率いいよね!」
しのが指を鳴らせば業火があがる。周囲の炎も巻き込んで際限なく燃え上がる炎を、生き物のように扱いながらテロリストの退路を次々と潰していく。
「おいヤベェ! 逃げ場ねえぞこれ!?」
「クソが! 異能持ちと正面からなんてやってられっかよ!」
「東雲さんの能力ってなんなの!? さっき見せたものと全然違うよね!?」
テロリスト、そして能力の一部始終を見ていた味方側の両方から沸き起こる混乱。自らが起こしたその混乱を楽しむかのように彼女は叫ぶ。
「いいでしょ! これが私の異能――《魔法》だよ!」
その言葉と共に、しのは高く上げた腕を振り下ろして呼び出した落雷を叩きつけた――。
*
その後も、しのは破竹の勢いで進撃を止めなかった。
「こういうのもいいよね!」
ひとたび彼女が指を鳴らせば周囲の建物がお辞儀をするように折れ曲がり、そして――
「お、おい! こっちに倒れてくるぞお!?」
「街をぶっ壊してまで俺達を排除するかよ!? 無茶苦茶だろ!?」
ミシミシと音を立てたビルの残骸はテロリストの言葉など意に返さず、ただ雨霰のように降り注ぐのみだ。
「「あ、ああああああああ!!!!」」
「――ま、流石にそこまでの破壊行為はする気ないんだけどね」
そう告げるしのの前には絶叫し、そのまま気絶したテロリスト達が倒れている。
「何したんだよ、幻覚でも見せた?」
「正解。そこそこ痛そうなのをね。そうだ、次は直接攻撃とかいいかもね!」
倒した者には目もくれず、しのは何もない空間に剣を出現させてそれを握る。
「あ……そこにいる! ユウ! 補助して!」
目ざとく単独行動をしているテロリストを見つけては問答無用で斬りかかるしの。おまけにずうずうしく《上書き》のサポートまで求めてきた。
憎まれ口をだらだらと叩きたくもなるが、しのにばかりいいところを取られまいと即座に俺も異能を使う。
「……《魔法》で作り出した剣の時点で物理法則なんて無視してるだろ。だったらそれ使った剣術も物理法則お構いなしで撃てるはずだ!」
《魔法》に加えて二度目の上書き。屁理屈に屁理屈を掛け合わせた爆発力を、しのは容易く操ってみせた。
「や……あああっ!」
「防いだハズの剣が……いつの間に反対側に……!?」
ありえないほど高速で、いや、実際にありえない速度でしのは剣を振るっていた。
「すげーな、東雲さん……。腕が三本あるようにしか見えなかった……」
誰かがポツリと呟いたそれは事実で、剣の扱いに慣れているとかそういう次元を無視した一撃をテロリストに叩き込んだのだ。
「ふう……殺してないよね?」
「まあ、心臓に突き刺したわけじゃないから大丈夫だろ」
医者ではないので正確なところは一切分からないが、この場での俺の言葉はどんな名医の診察よりも力を発揮する。死んでないと言えば多分、死にはしないだろう。
「ならさ……」
もしも、死ぬ状況があり得てしまう屁理屈を《上書き》に乗せてしまえばどうなるのか。
……俺は屁理屈だけで人を殺せてしまうのか?
「ユウ! この辺りは片付いたし、あっちの方も行ってみよう! まだ残党がいるかも!」
「……武闘派になるのはいいけど俺が上書きしきれないミスはするなよー」
「もちろん分かってるよ!」
そう言って走り出す背中を追いかけながら、ぽつりと湧いた疑問を振り払う。
こういうことは考えなければいい。そういう発想を持たなければいい。忘れてしまえば丸く収まる。
そもそも俺は異能で人殺しをしたいわけでもないしな。
*
「よーっし! よくやった! 以上で《避難訓練》を終了とする! ご苦労だった!」
「「「うおおお――!」」」
体育会系の教師の号令と、勝鬨の返答。
それを受けて我先にと帰る者や近くに座り込んで話し込む者まで様々だ。その風景はまさしく学校行事と呼べるものだった。
「ユウ、お疲れ! さあ、帰って楽しい反省会といくよ!」
「いや、もう深夜なんだし寝ようぜ……」
「若者なんだしもうちょっと元気出せないの?」
そう駄弁りながら、どっと疲れが押し寄せてきた頭でぼんやりと考える。
しのの異能のこと。俺の《上書き》の可能性。《避難訓練》以外にも似たような学校行事が存在するのか、などなど。
考え出せばきりがない。
この島で過ごせば過ごすだけ気になることがとんでもない勢いで増えていく。
それだけ密度のある毎日は恵まれているのだろうと思う反面、こうも思う。
「体が保たない……この島で振り回されるのも悪くないけど、もう少しのんびりと過ごしたくも……過ごしたくも……」
――思えばこの時だ。俺としのの、はた迷惑な計画が動き出した瞬間は。




