彼女の異能
「さあ……私の異能の初陣、始めるよ!」
「――――」
対峙する石像にはこれといって変化は見られない。しのが異能を手にして警戒するようになった、とか目に見えて動きが変われば一安心できたのだが。
俺が《上書き》したのはしのの異能だ。
いつか異能が目覚めるとして、その能力が何なのかは俺達には分からない。どんな能力だってあり得るのだ。
理論上はどんな異能もあり得る。すなわちどんな能力を使えるようになっても不思議ではない。不思議でないなら……使えないと言っていないなら、たまたま使えたとしても問題はないだろ?
俺はそんな暴論をぶち上げたのだ。
俺がいきなり自分の異能は空を飛ぶことだ、と言っても誰も信じないし羽だって生えてこない。これは当たり前だ。
けれども、しのならば。
もしかしたら近い将来本当にそういう能力が目覚めるかもしれない。つまり翼が生えるのもあり得なくはない。……ならば、翼が生えても問題はない。これは馬鹿みたいに拡大解釈してしまえば翼は生えると捉えることになるだろう。
いや、もしかすると炎を吐き出す能力になるかもしれない。それなら翼が生えない代わりに炎を口から出せるようになるかもしれない。
この、もしかしたらみたいな要素は異能に目覚めていない者の特権だ。
そのもしかしたらの要素。これを逐一俺が上書きすればしのはどんな能力でも使えるようになるのではないか――!?
このでっち上げ上等、クソデカ拡大解釈上等の、しかし破綻しないように必死に言葉を選んで取り繕った屁理屈でもって、この世界を煙に巻けるのかそれが今試されようとしている。
「雨垂れ石を穿つとか言うし、強力な水流で傷とかつけられるんじゃないかな!」
そう言って空中で手を伸ばすしの。目を凝らすとその手の先にはきらきらと光るものが集まっているようにも見えて――
「もしかしてマジで水が!?」
「私の能力を書き換えた本人が驚いてちゃダメでしょ!」
手に集まった透明の液体が形を変えて長い槍のようになる。物理法則を無視したこれは見間違えようもない。異能のそれだ。
「……行って!」
体の捻りを利用しながら軽やかに槍を撃ち出すしの。撃ち出された槍は瞬時に石像の脚に到達し、その一部を抉り取るように貫通していく。
「あの槍、弾丸よりも強いのかよ!?」
「水の使い道はそれだけじゃないよ! ユウ!」
抜き打ちで問題を答えさせるようにしのがこちらへと向き直る。撃ち出された槍は既に原型を留めておらず、石像の足元に小さな水溜まりを作っているだけだが……そうか!
「水で濡れて足場が悪くなればそれだけ石像の動きも鈍くなる! だったらそれは追撃のチャンスになるわけか!」
そう叫べば目に見えて石像の足元の泥の色が濃くなっていき、水分を蓄え始めたというのが分かる。待てよ、今みたいにしのの異能と組み合わせれば俺の《上書き》もさらに自由度が広がるんじゃないのか……。
「――――」
しかしそんな考えも束の間、はめたと思ったはずの石像は両手足を地面に押し付け、四肢の勢いを存分に利用して大地を蹴った。
ぬかるみを振り払う力強い動きはやはり、ゲームで見てきたような石像のイメージを覆してしまう。
「やっぱ巨大な沼とか用意しないと足止めは無理か……!」
石像は完全に俺を補足して動いている。多少移動したところで振り切れるようには見えない。
例えば熊相手に走って逃げられるわけがないというようなそんな感覚だ。が、その感覚をしのが一気に払いのけてくれる。
「浮遊術みたいな異能も実現できそうだよね!」
願望、推測、思いつき。それだけの言葉だったが、しのの異能はあっさりと望みを叶えてくれる。
「な……マジかよ!?」
見えない何かに首根っこを掴まれる感覚と共に体が宙に浮き、そのまま石像のリーチでは叩き落とさない高さまで一気に浮遊する。
「異能ってすごいね! これならなんでもできそうだよ!」
自分の体も浮遊させながら歓喜を爆発させてしのが言う。そして舞うように石像の背後を取りながら手を伸ばす。
「このまま安全圏からひたすら攻撃すれば勝ちだよね!」
先程の水の槍を空から撃ち込むのだろう。確かにこれなら攻略法の確立したゲームと同じだ。作業のように敵を倒すことができる。
と、片手に水を集め始めた矢先だった。
「「!?」」
宙に浮いていたはずの俺としのの体が突如として自由落下を始めてしまったのだ。
「なんで!? さっきまでいけてたのに!?」
「それ考えるのは後だろ! しのの能力だろ、何とかならないのかよ……!?」
「――――」
眼下には地面に到達するのを今か今かと待っている石像がいる。地面に叩き落とされれば確実に拳が飛んでくる。
「……とにかく飛んで! なんでもいいから!」
その叫びと同時に落下していた俺達の体は再び推進力を取り戻す。落ちたり昇ったりと命懸けのジェットコースターをしている気分だ。
「叫んだだけで実現できるとか《上書き》よりヤバいんじゃないのか……!?」
と、そこまで言って気づく。強い思いがあればそれだけで異能は使えてしまうんじゃないのか? ピーターパンだって飛べると思ったから飛べたのだ。言ってみればしのだってやっていることは同じだ。
さらに言えば《上書き》だって最後は俺の思い込みや信念が入っている可能性はおおいにある。理屈は分からない、いや、ちょっとした理屈じゃ説明がつかない現象なのかもしれない……。
「ユウ、ここからどうする?」
ぐいぐい袖を掴まれて我にかえる。今はそんなことよりもしのの異能、そして石像の攻略法を考えないといけない。
「んー……、さっきの浮遊が解けたのは多分だけど、水の異能を使おうとしたからな気がするんだよな」
「複数の異能を同時には使えないってこと? せっかく好きな異能が使えるのに制限が大変じゃない?」
「文句は異能に言いなって。……とりあえず異能の複数運用はなんか危険っぽいぞ」
どんな制限があるのか、その理由は何か、とか分からないことは多すぎるがそれに対する正解はどこにも用意されてはいない。
俺達はそれに勝手気ままに予想を立てて、とりあえずやってみるしかないのだ。
「だからどうにか浮遊せず攻撃できる状況を作り出せればいいんだけどな……ってあいつ……っ!」
「――――」
話している間に石像は次の一手を打っていた。当然だが新しい方法を考えつくのは何も俺達の特権ではない。
メキメキと大木を引っこ抜き、それを大振りに振り回して俺達に当てようとしている。
「いくらなんでも数メートルはある木は重量的に高速では扱えないだろ……!」
石像が振り上げるのに少し遅れて俺の《上書き》が発動する。見えない何かに阻まれて大木のスピードが落ちているのがその証拠だ。
「あ……っぶないね、これ……!」
スピードは落ちたとは言え、それでも速いことに変わりはなかった。体の横を掠めるようにギリギリで回避するのが精一杯だ。
「何度もやってたら確実に当てられる……!」
ただ避けているだけではどうにもならない。攻撃は最大の防御というようにどこかで攻める必要があるが……。
「石像を破壊できればいい……身体能力が振り切れてるとはいえ、本質は石なんだろ……だったら!」
浮いた体を石像の正面に向けて臨戦態勢をとる。
「ユウ、いい方法思いついた?」
「ああ。上手くやれば次の振り上げで仕留められる……! 博打になるけど文句は後でな!」
「えっ!? 何考えて――」
「――――」
そうこう言っているうちに石像が巨木を振りかざす。狙うべきはそう、このタイミングだ。
「しの! 大木をギリギリで躱して、その上に乗るんだ! そんでそのまま突撃!」
「自分が行かないからって中々危ないことさせるよね! 今なら余裕だけど!」
浮遊の感覚を掴んだのか、ふわりと斬撃をいなし、曲芸師のようにその木の上に着地する。
「このまま私に攻撃させたいんだろうけど、効くようには見えないよ!」
「問題ない! そこは《上書き》で詰める! とにかく強力な異能を叩き込め!」
「オッケー! 任せるよ、ユウ!」
木を渡りながら石像へと迫るしの。手に握られているのは激流から切り出したのかと思うほどの激しさを湛える水の槍。
それを見ながら、浮遊の切れた俺も石像へと肉薄する。しのほどの火力が出せなくても、ダメ押しはできるはずだ。
もちろん忘れないように王手となる一言もつけてやる。
「どんなに丈夫な石にも石目っていう割れやすい方向があるんだよ! その方向を狙い撃ちすればこいつの破壊くらい余裕だろ!」
「石目って……その方向が分かるの!?」
「知るかそんなの! 石目の概念がある、あるなら割れる! 俺の異能なら当てられる! それだけだっての!」
宝くじを買えば理論上は当たると言うのと本質的には何も変わらない。だが、何億円を当てるのと石を割るのとでは難易度は雲泥の差がある。
《上書き》を使えば石を割るくらいの偶然は簡単に起こせるはずだ。これはそう信じての決死の攻撃なのだ。
「もうここまで来たらやるしかないもんね……! 一撃で破壊するよ、ユウ!」
一気に攻勢に出た俺達を迎え撃とうと動き出す、その石像よりも俺達は速い。
あるのだろうが、どこにあるかは分からないその一点。それを気合だけで当てにいくのだ。
いや、気合とかそういうものではない。
俺が言ったんだから当てられる。屁理屈を使えば何もかもが俺に味方する。だからいける。きっといける。
「「はああああっ!!」」
槍と飛び蹴りが石像を抉る。ビシビシと音を立てて亀裂が入っていく。
「――――」
「このまま……押し切るから……!」
しのの槍がさらに水の勢いを増していき、亀裂の傷をさらに大きくしていく。体の中心にあった亀裂は四肢へと広がりやがてボロボロと崩れ落ちていき――
「――――!!」
最後には断末魔ともとれる崩壊の音を上げ、変わり果てた石片の山が残るのみだった。
*
「な、なんとか粉々にできたね……」
「ヤバかった……しのの異能が無かったら手がつけられなかったな……」
「じゃあ私のお手柄だね、これは」
「おい、その異能を作ったのは誰だと思ってんだ。気分次第でその異能を封印してもいいんだぞ」
「そんな器用な真似できないでしょ……できないよね?」
「封印も何もはっきり言って制御不能なんだけとな」
「そういうこと言うと現実になりかねないから止めてよ!?」
脅威を退けた先に待っていたのは達成感というよりも弛緩した空気だった。こえまで張り詰めた分のバランスを取るようになんてことない話をしながら楽にする。
「そういえばさ、しのの異能の名前はどうするんだよ? 仮とは言っても名前くらいはあった方がいいだろ」
「そうだね……《借り物》、とかは弱そうだし、かといって《上書き》の名前を使うのも違うよね…………そうだ! いい名前思いついた!」
と、しのが閃くとほぼ同時に銃声が響く。
「まさか一歩も動かずに大人しくしてるとは思わなかったぜ! ま、こっちとしては探す手間が省けたってもんだ!」
そこで銃を構えているのは一度俺達を拘束したテロリストだ。先ほどの言葉通り三人の仲間を連れて石像諸共処理するつもりだったのだろう。
現在銃を構えている四人からは誰の銃弾を避けても残りの銃弾を浴びせるという魂胆が見てとれる。
さっきの戦闘から俺達を容易に降伏させられると考えているのだろう。
――けれども。
「残念だけど、少し来るのが遅かったと思うぞ」
確かに、さっきまでなら大人しく捕まるしかなかっただろう。しかし今は異能力者がもう一人増えているのだ。
「かっこつけてるけど私に全部丸投げするつもりだよね!?」
「ちゃんと後方支援はするっての。……できそうなら」
まして、しのの能力は異能力者何百人にも匹敵するものだ。これだけでもうパワーバランスはひっくり返っている。
「おい待てテメェら、あの石像はどうしやがった……!?」
おもむろに口を開いたのは初めに接触した軍人だ。瓦礫に視線を向けているあたり、聞くまでもなく答えは得ているようにも思える。
「それはすぐに分かるよ。だって皆、同じような目に遭うんだからね! 行くよ、私の――!」
そして彼女は声高に異能の名を叫ぶ。こうして、新たにひとりの異能力者が生まれたのだった。




