猫舌のドラゴン
「あっ、あちっ」
私はさっき作ったうどんを食べようとしたが熱さで食べれなかった。
「ふぅ~。ふぅ~。ふうぅぅ~」
息を吐いて冷まそうとする。
「あちっ」
だが、結局熱いまますぐには食べられない。そして、結局冷めるのを待って、うどん一杯食べるのに30分もかかってしまった。
~~はぁ~できたて熱々の料理が食べたいよ~~
今までの人生、このひどすぎる猫舌のせいで熱い料理が食べれない。友達とファミレスに行っても冷めるのを待ってしまいいつも待たせてしまう。家族と食べる時は冷めるのを待って一番食べるのが遅くなり、洗い物をするはめになる。
冷めたものを食べればいいと思うかもしれないがこんな舌でも熱いものが食べたくなる時だってある。だから、25円のうどんを買い、作ったのだが今日もだめだった。
私はいつになったらこの猫舌が治るのだろう。死んでも治らなかったら一種の呪いを感じてしまう。
そんなことを思いながら私はベッドに入り、眠ってしまった。
~~あつい……。あつい……~~
「熱いよ!!」
私はあまりの暑さを感じ起き上がる。
眼前にはボオボオ燃え盛る炎が揺らめいていた。
~~か、家事⁉~~
私は逃げようと試みるがもうすでに逃げ場などない。マンション内は警報が鳴り、外からはざわめきが聞こえてくる。どうして私はこんなうるさいなか起きれなかったのか。そんな恨みつらみをしている場合などなく。
~~やばい、息が~~
炎からでた煙を吸ってしまい呼吸困難になる。そのまま、意識も朦朧としていき、ベッドの上で眠ってしまった。
~~あつい……。あつい……~~
そこは窮屈な密室空間だった。
~~あつい……。あつい……~~
光はなくあたりは真っ暗。
~~あつい……。あつい……~~
暑さも半端ではない。
「だから、あついって」
パキッという音が鳴り私は窮屈な密室空間から抜け出した。
そこは洞穴であった。周りを岩の壁で囲まれ、一方向だけ光が見える。さっきまで暗闇にいいた私にとってその光はなによりも眩しい存在だ。光からは風が吹き込み、花の甘い香りが漂ってくる。私はそれは洞穴の出口と察する。
私は洞穴から出るため四足歩行で歩き出した。
~~あれ? 四足歩行? まぁいいや~~
人間は2足歩行のはずなのになぜかこの歩き方がしっくりくる。洞穴を出てあたりを見回せば草木が生い茂りきれいな花が咲き透き通った湖があるところだった。まさに楽園。
さっきまでものすごく暑かったせいか喉が渇き湖へと歩き出す。水を飲もうと湖に顔を近づけるとそこにはドラゴンがいた。
そのドラゴンは私が顔をふると同じように顔をふる。右手を上げれば左手を。左手を上げれば右手を。まるで鏡写しのように。
~~鏡……~~
私は自分の手を見た。そこには鋭利な爪と赤茶色の鱗がある。次に首を後ろに振り向く。私の体は赤茶色鱗で覆われ、体よりも大きな翼と体の鱗よりも大きいギザギザとした鱗のしっぽがある。
「私、ドラゴンになってる!?!?!?!?!?」
ドラゴン。それはヨーロッパ文化圏で共有されてきた伝承や神話における伝説上の生物である。その姿はトカゲあるいはヘビに似の鱗に覆われた爬虫類を思わせる体、空を飛べる巨大な翼、鋭い爪と牙を具え、口から炎の息を吐くことができる。
ドラゴンになってどれぐらいたっただろう。私は水を飲んだり、あたりを歩き回ったりしていた。さっきいた洞穴にはたまごがあった。私が産まれた卵なのだろう。たまごがあるなら両親はと思いあたりを探したりしてみるが誰もいる気配はない。上から見れば思い飛ぼうとしたが少し浮き上がる程度で飛べたとは言えなかった。まだ、産まれたばかりで翼はあるが飛ぶほどの力はないみたいだ。人間でも産まれたばかりで歩けないように、ドラゴンも産まれたばかりは飛べないのだろう。
起きた時は太陽が真上にあったのに、今はもう月が真上にあった。
「まったく、産まれた子供を置き去りに親は何をしているのか」
そんな愚痴も吐いてしまっていた。
「はぁ~。おなかすいた~」
産まれてから何も食べていない。口にしたのは湖の水だけだ。
「お肉食べたい。お魚食べたい。なんでもいいから何か食べたい」
ふと花へ目を向ける。さっきまであんなにきれいだった花がものすごくおいしそうに見える。
~~密がでる花もあるっていうしおいしいかな~~
そこへ虫が飛んできた。あれは蜂だろうか。
「パクッ」
空腹感に堪え切れず私はその蜂を食べた。
「ん~。少し甘味があるが塩辛さもある。カリカリしててきゅうりの漬物みたい」
しかし、蜂だけではおなかが膨れるわけではない。私は魚がいないかと湖に頭を突っ込む。水の中には多いわけではないがそれなりの魚がいた。みんな私の口なら一口で食べてしまえるほどの魚たちだ。
「パクッ。あ~これはアユですねぇ~」
「パクッ。こっちの魚はコリコリしてますね~」
「パクッ。うえぇ~。な゛に゛こ゛れ゛ま゛す゛い゛」
そんなふうに食べる食事に一気一遊しながら私は食事を楽しんだ。
「炎を吐きたい」
次の日。眠りから目覚めた私はそう思った。ドラゴンといえば爪でなんでも切り裂いたり、顎でなんでもかみ砕いたり、翼で空を飛んだりとあるが。私はその中でもとにかく今炎を吐きたいと思った。
炎の吐き方。それは本能が教えてくれる。目を閉じ精神を統一させ集中し、体の中のエネルギーを口に集め、それを炎へと変換して放出する。そして目を見開いた。
「あっ、あっっっっつ‼」
私が口に集めたエネルギーは私の叫びとともに霧散しボヘッというような小さなガスとなって飛び出した。エネルギーは炎へと変換されるためかものすごく熱かった。
「あ~、ベロが~、ベロが~」
その熱で舌が火傷してしまった。死ぬ前のうどんを食べた時みたいな、いやうどんを食べた時以上に痛い。
「うぅ~。なんでドラゴンに転生したのに猫舌なのおぉぉ~~~~~~~~~~~~~~~」
そんな叫びをしてしまった。考えても見てほしい。ドラゴンになったのに猫舌で炎を吐けないなんて夢にも思わないだろう。炎を吐くそれはドラゴンにとっての代名詞ともいえる。それを私はできなかったのだ。これからドラゴンの長い寿命で生きるなか炎を吐けないなんて。あまりの出来事に洞穴に入り落ち込んでしまう。
「まさか、転生しても猫舌が治らないとは。トホホ……」
あれから100年の月日がたった。私はちゃんと飛べるようになって産まれた場所を離れ、両親を探す旅に出た。当然手がかりなどない。だから、手がかりを求めるため近くで立ち寄った人間、エルフ、ドワーフなどの人の集落や街へと尋ねてみたが警戒され襲われるはめにあった。人間たちは剣や矢で攻撃してきた。エルフは魔法で攻撃してきた。ドワーフは罠を作って私はそれにひっかかり散々な目にあった。硬い鱗のおかげで痛くも無くけがもなかったが恐れられて一方的に攻撃されるというのは精神的につらい。
だから、空を移動し休みたくなったり、おなかがすいたら山や森、廃墟など人の気配がない場所におり、獲物を狩って動物の生肉や木に生えているきのみなどを食べていた。
この100年猫舌は全くもって治らなかった。死んでも治らないんだから100年で治るわけもないのだが。だから、ブレスで肉を焼くこときのみを焼くこともできず、100年間新鮮な生の素材を食べていた。
~~はぁ~。日本の料理が恋しい。熱々のものはなかなか食べれなかったがおいしいものはたくさんあった~~
100年間で世界のいろんなところへといった。3つの大陸を渡り、何十の山々を超え、何百の国を見、何千の速さで飛び、何万にも及ぶ大きさの海を渡り、何億の生物と遭遇してきたが両親のひいてはドラゴンの手がかりはゼロであった。
そして今廃墟で一休みをしているところだ。正直もう諦めたい。だが、あきらめきれない。もしも私に仲間が、共にいてくれるものがいたら諦めていたかもしれないが、私は100年の間ボッチであった。ただの一人とも話していない。話しかけてはみたことがあるのだが、恐怖で委縮してしまってとても会話などできるものは存在しなかった。
「こんにちは。ドラゴンさん、少しの間ここにいていいかしら」
今一休みにと廃墟で休んでいるところに誰かが私に話しかけてきた。100年ボッチだったせいで幻聴でも聞こえてきているのだろうか。そう思い目を開けてみるとそこにはボロボロの服を着た人間の少女がいた。幻聴だけでなく幻覚まで見えてしまったようだ。
「返事がないから勝手にいるわよ」
その少女は私が何も言わなかったからなのかすぐに違う言葉を返してきた。たとえ幻だとしてもせっかくの話し相手なのだ。だから話してみようと思い話し始めた。
「君はどうしてこんなところにいるの?」
私は疑問に思ったことを口にした。ここは廃墟だ。普通人が近づくようなところではない。
「追われているのよ」
彼女は目をそらしながらそう答えた。私がどうして追われているのか気になり目を向けているとアイリスは自身の過去を話し始めた。
「私、奴隷なのよ」
彼女は私に首輪と腕と足に着いた鎖を見せてくる。鎖はすべて壊れて切れているが彼女の体の細さでは持っているのも大変に思える。
「毎日毎日この重い鎖を着けて働くのよ。いい日は主人の荷物持ちだったり、お世話なんだけど悪い日は殴られたりするから大変だわ。まあ、私はまだ若いからよかったけど。大人になったら何されたか。毎日ちょっとづつ鎖をけづっていってねやっと逃げることができたのよ。これで私は自由だわ」
「大変だったね。でも、これから君はどうするんだい?」
「どうしようかしら?」
「決めてないのかい?」
「しょうがないでしょ。今までは脱走することしか考えてなかったんだから。今はまず追手から逃げることよ」
彼女はそのまま廃墟の瓦礫に座り込む。顎に手を当てて上を向いているということはこれからどうするのか考えているのだろう。
「たしかこっちに逃げたはずだ」
「ほんとか? 俺はこんな何か出そうなところ来たくないぞ」
「俺だってそうだ。でもしょうがないだろ」
男が2人話す声が聞こえてきた。彼女も気づいたのか私の体にひっついてくる。
「ド、ドラゴン?」
「やばい、喰われる。う、うわああー」
「ちょ、おい。俺を置いていくなあー」
私に気づいたのか2人は速攻逃げて行った。
「助かったわ。やっぱここにいて正解だったようね」
「君も逃げなくていいのか」
「さっきのが追手だもの。追手が引き返した以上私はこれ以上逃げることはないわ」
「私が怖くないのか?」
「……ぷふっ。恩人なのよ。怖いわけないじゃない」
「本当か?」
「本当よ」
今まで100年間生きてきた中で怖くないと言われたのなんて初めてだ。私はそのことに感動し、彼女の鎖を取ってやった。
その晩は彼女と一緒に過ごした。私が廃墟近くにいた生き物を狩ってきて彼女と一緒に食べる。
「お肉なんて初めてよ」
「いつもは何を?」
「いもね。固いいもをかみちぎりながら食べてるわ。肉なんて主人やそれに近しいやつしか食べてなかったわ」
「いも」
ドラゴンになってからは狩りや採取で手に入れたものしか食べてない。穀物なんて野生に生えてないから食べたことない。
~~なつかしいな。ポテトサラダ。スイートポテト。肉じゃが~~
「ドラゴンさんは食べたことないの? いもはね。固いし、味もあんまりないし、口の水分がすごくとられるのよ」
「そうか」
「でも、お肉も同じね。固くて味しないわ。予想してたのと違うわ。どうして主人はこんなものをいっぱい食べていたのかしら」
「人間が食べる肉は火を通して柔らかくして、ソースなどで味付けしている。生の肉とは比べものになるまい」
「ふーん」
彼女は文句を言いながら肉をほおばっている。本当は生の肉を食べさせるべきではないのだが私には焼くことができない。だから彼女に焼いた肉を食べさせてあげられなかった。
「ねえ、ドラゴンさん。だったらこの肉を焼いてよ。ドラゴンは火を吹くと伝説であったわ」
「無理だ」
「どうして?」
「私は猫舌だからな。火を吹くことができない」
「ぷふっ。ドラゴンなのに猫舌って。おかしなドラゴンさん。ぷふふ、ぷはははははっ」
「そんなに笑うようなことか?」
~~そんなに笑われるとこっちが恥ずかしい~~
「だって、猫舌で火が吹けないのよ。ドラゴンなのに猫舌がいるなんてびっくりだわ」
「そんなに笑うな。これでも吹けるように練習はしているのだ」
「猫舌は練習じゃ治らないよ。ぷふふふふ」
「……」
「ごめんごめん。もう笑わないから」
「次笑ったら君の肉をすべてもらうからな」
「あーだめだめ」
彼女には猫舌のことを笑われて恥ずかしい思いもしたが、久しぶりの人との会話は楽しい。ただ、今まで一人だったからちゃんと会話できているか不安にもなる。
食事も終わり、彼女は眠そうな目をこすって聞いてきた。
「ドラゴンさんはどうしてこんなところにいたの?」
「休憩中だった」
「休憩?」
「私は旅をしている。仲間を探す旅を」
「仲間って他のドラゴン?」
「ああ、私は生まれたところは小さな洞穴でそこには両親も他のドラゴンもおらずひとりぼっちだった。だから、仲間を探す旅に出ることにしたんだ」
「ちなみに、どれくらい旅して、るの?」
「100年だ」
「そんなに。そ、んなにしてるのね。大変だったわ……ね」
彼女は寝てしまった。脱走で疲れたのだろう。食事中も大声で笑っていた。
かくいう私も久しぶりの会話で疲れたのか眠たくなってしまった。ドラゴンはあまり寝ない。夜目も効くし莫大な体力で年単位で活動ができる。休憩だって食事や翼を休めるためであって眠るためじゃない。寝る姿勢はとるが。寝るときは洞穴で年単位で寝る。しかし、この日は彼女と一緒に寝てしまった。
~~しまった。つい久しぶりの会話で気が緩んでしまった~~
その夜大きな足音で目を覚ました。目を覚まし周りを見回すと鉄の鎧と武器を持ち、何人かは松明を持った軍隊に囲まれていた。3日はかかると予想していたが予想よりはるかに早かった。だが、それでもドラゴンの目と耳なら軍隊がこんなにも迫る前に気付き、逃げることができた。それができなかったのは寝ていたから。もっといえば気が緩んでいた。
「総員、かかれええ!!」
「うおおおおおぉぉ!!」
槍を持った兵士が私に襲い掛かる。これくらいの攻撃で私は死なない。ドラゴンの鱗は鉄より硬い。だが、一緒にいた彼女はそうではない。彼女もこの騒音だ。軍隊に気付き、起きて私のしっぽに捕まっている。
私は彼女を守るためにしっぽで彼女に覆いかぶさる。これで彼女に刃が届くことがない。だが、私は動くことができなくなった。無理やり動けば周りに被害がでる。このまま固まっていればそのうち軍隊が引き、街の近くに住むただ眠るだけのドラゴンと噂程度の存在になれるだろう。それを待つしかない。
ただ、そんなことは許されなかった。彼女の体調が急変したからだ。元々奴隷だったから不健康だったのだろう。それに加え、周りを軍隊に囲まれ攻撃されている状態。そして、食糧はおろか水すら飲めない状態。身体的にも精神的にもこの中で最もダメージが大きいかった。
~~まずい。時間はかけれれない~~
吠えて威嚇しようと口を開けたが瞬間それは失敗だった。口の中に松明が投げられた。
「ーーっ!」
「効いている!? 火だ。火を持ってこい」
人間たちのたまたまの攻撃が私の唯一の弱点猫舌に突き刺さった。とっさに口を閉じてつばで火を消すが舌は大火傷だ。
そこから松明がどんどん投げられていく。別に猫舌なだけで体に投げられても痛くはない。それでも、さっきの攻撃で口を開くのが怖くなった。しかし、状況はどんどん深刻さを増してくる。投げられた松明の炎は地面の草に燃え移り、雑草が燃えている。彼女をしっぽで持ち上げ、四方八方をしっぽで覆ったがこのままだと一酸化炭素中毒になるかもしれない。
~~すまないな、人間。もう我慢できないわ~~
全く知らない人間たちより昨日知り合い楽しく談笑した彼女ひとりのほうが私には優先される。今までは人を殺さないため攻撃されても逃げるか飽きるまでサンドバックになることに徹してきた。しかし、今どちらかが死ぬ状況になったら私にはどっちもとるなんていう器用な真似はできない。私は人間を殺す覚悟を決めた。
両腕を掻き前方左右にいた人間を吹き飛ばす。運がよかったものは吹き飛ばされただけ、悪かったものは爪で引き裂かれた。さっきまで防戦一方に徹していた私が急に攻撃に転じたことにより、自分たちが有利と思っていた人間は急に3割の兵士が倒れたことで動きが止まった。
次に足元やしっぽの近くにいる兵士たちを退かせるためしっぽを中の彼女に影響が出ないようゆっくり持ち上げ、その場で足踏みをする。ただの足踏みではなく、足を外に開いて足首を回す足踏み。人から見ればストレッチをしているように見えるだろう。ただ、ドラゴンがやればそれだけで周りにいた人間は吹き飛ばされていく。運よく遠目にいたものはすぐに逃げる。だが、足が当たり吹き飛ばされたものが逃げたものに激突する。運のない者は踏みつぶされた。
最後に翼を広げる。翼を羽ばたかせることで周囲に突風が吹き荒れる。これだけで人間は吹き飛ぶ。ドラゴンが起こす突風だ。下手な台風より風速が速い。突風が巻き起こり、私を囲っていた兵士は木と一緒に風で上昇していく。風が止むと落下してきた。倒れた木の下敷きになっているものすらいる。たった3つの行動、これだけで人間の軍隊は壊滅、撤退した。
私は急いで、それでも彼女に負担を強いない速さで水場へ駆けた。その辺の落ち葉を川で濡らして彼女に額に当てる。そして、寒くないようしっぽで彼女にかぶさり温める。
「ドラゴンさん。私死ぬのかな?」
「死なない。私が死なせない」
熱の看病なんて久しぶりだ。およそ100年熱なんて見たことない。知識を思い出し、看病の方法を考える。
~~熱なんて絶対に治る病気。必要なのは、飲み水、体温調節、食べ物~~
木から大きな葉を採り、両腕で挟んでドラゴンの体温と摩擦熱で温める。次に小さい葉を採り、川に浸し冷たくする。小さい葉を熱さましに大きい葉をかけ布団にして私は人間の街へと飛び出した。
カーンカーンと鐘の音、キャーキャーと人間の悲鳴、ゴトンバタンと物の落下音。飛んでいる間うるさかった街が着いた瞬間静かになった。すべての人間が逃げた、あるいはどこかへ隠れたのだろう。人一人いないゴーストタウンになったかのような静かさだ。私はまず、落ちている桶を取りそのなかに食べ物を詰めれるだけ詰め込んだ。食べ物は果物とパン。病気の時は炭水化物とビタミンだ。次に井戸を引っ張り井戸についている桶を縄をちぎって取り出す。最後によさそうな家の屋根をはぎ取り上から布団と布、服を取り出す。これで食べ物、水、布団、服が手に入った。要件が終わればこんな街に用はない。私はさっさと彼女の元へ飛び出した。
彼女を布団に寝かせ、布を濡らして額に置く。額の布がぬるくなれば代えの布を濡らし額に当てる。起きれば体調がどうか聞き、服を着替えさせ、水を飲ませ、軽くごはんを食べさせる。
私が前世の記憶を持っていてよかった。もしなかったら人間の看病なんてわからなかった。私が器用でよかった。もし不器用だったら、服や布団が破れ機能を果たせなかったかもしれない。
そのまま1日中ずっと彼女の看病をした。もちろん、人間の軍隊がまた来ないか、野生の動物が襲い掛かってこないか警戒もした。
「おはよう。ドラゴンさん」
次の日の朝彼女は目を覚ました。
「熱はどうだ?」
「もう完治したよ。ぜんっぜん熱ないよ」
そういって彼女は手を振る。
「では、ごはんを食べろ」
「うん、これすごくおいしいね。それに見てよこの服。ものすごく豪華よ。主人の娘みたい」
「適当な家から取って来たからね」
「へえぇ。どう綺麗?」
彼女は立って、その場で1回回った。
「そんな動くな。また熱を出すかもしれないだろ」
「もーう。で、感想は?」
「きれいきれい」
「棒読み! 絶対思ってないでしょ」
彼女は布団に座り食べ始める。
「私はここを離れないといけない」
彼女がごはんに夢中になっている最中に話し出す。初めてのいい食事だ。夢中になって聞こえなかったら経とうと考えていたが彼女はちゃんと私の言葉を聞いていた。
「どうして?」
「私に人間を殺してしまった。国にも被害を出してしまった。これ以上被害を出したくないんだ」
「そう」
「さよならだ。久しぶりに人と会話ができて楽しかった」
「待って」
私が飛ぼうとすると彼女は私の足の指にしがみついた。
「食べよ」
彼女は果物を私に差し出して笑顔でそう言った。私は少しくらいいいかと思いそれを受け取った。
「おいしいね」
「ああ」
「この食べ物がおいしいっていうのもあるけどそれだけじゃないのよ」
「君がいるからか?」
「そう。ごはんは一人より二人の方がおいしいの。だからね、これからも一緒に食べよ」
「?」
「私も連れてって。私といて楽しかったんでしょう? ごはんおいしいんでしょ? ならいいじゃない。一緒に旅をしましょうよ」
「私は人間を殺したのだぞ。君の同胞を。それだけじゃない、家を壊した、食べ物や服を盗んだ」
「私を守るためでしょう? 私を守るために軍隊を殺した。私の看病のため泥棒をしたのでしょう?」
「それでも私は邪竜だ」
「ほとんどの人からみたらそうかもね。でもね、私からみたら救世主よ」
~~救世主……~~
そんなこと言われると思っていなかった。私は人間を殺し、国を襲い、盗みを働いたことを恐れられると思っていた。私は今まで通り一人になるのだと思っていた。でもそんなこと言われたら。
~~一緒にいたいと思うじゃないか~~
「人間とドラゴンの暮らしは違う。君には過酷な旅になるぞ」
「それでもかまわないわ。私毎日の荷物持ちで体力はあるんだから」
彼女は力こぶを作り体力があるアピールをする。
~~人間の体力とドラゴンの体力は根本から違うのだがな~~
「さきほど熱を出したくせに何を言っている」
「もーう。いじわる」
「フッ。まあ、いいだろう。どうせ長い一生のたったひと時一緒なだけだ」
「よーし、じゃあ行こう!」
彼女は手にしていた食事を口の中にかきいれた。だが、詰め込みすぎたのだろう咳き込み始めた。
「ごほっ、ごほっ」
「そんな慌てて食べるな。置いてったりしないから」
「はーい」
ごはんが終わり出発のため私は彼女に手を差し出す。手に乗った彼女を背中に乗せ飛び上がった。
「すごい。さっきのところがもう見えなくなったわ。雲が目の前に」
彼女の言った通りすでに地上は見えず見えるのは青空と雲だけだ。
「ねえ、ドラゴンさん。まだ名前名乗ってなかったわね。私アイリスって言うの」
~~アイリス。花の名前。花言葉は聖母の愛~~
彼女が名乗った名前の花が思い浮かぶ。
「ドラゴンさん。あなたはなんていうの?」
「名前……、名前……。」
彼女に急に質問を迫られ困ってしまう。この世界に来てから両親に会っていないから名前だって付けられていない。じゃあ前世はというと。
~~………………なんだっけ? ~~
100年もたってしまい自分の名前すら忘れてしまった。花言葉とか日本の食事の味だとかどうでもいいことは覚えているのに名前を忘れてしまうとは。
「……わからない」
私は彼女にすなおにそう答えた。
「そうドラゴンさんは名前がないのね。なら私がつけてあげるわ」
「別に必要ない。今まで通り私は君と呼ぶし、君はドラゴンと呼べばいい」
「そんなこと言わないの。うーん。猫舌のドラゴンだからドラネコとかどう?」
「……それは私が盗みをしたからか? まあ構わないが泥棒だしな」
「ごめんごめん。さすがに嘘だから。もうそんなすねないの。…………うーん。ラーニャ。うん、ラーニャ。これがいい」
~~ラーニャか。悪くはないな~~
「だめ?」
「勝手にしろ」
「これからよろしくね。ラーニャ」
「ああ。よろしく」
「アイリスよ」
「……アイリスよろしく」
「うん。よろしくね」
私がアイリスと言うと彼女は興奮したのか背中の上で立ち上がりはしゃぎ始めた。
「よろしく、ラーニャ。ふふっ、ラーニャ」
「落ち着け、熱がぶり返す」
私とアイリスは大空を飛んで行った。100年続いた両親探しの旅に仲間が加わったのだ。
~~あれ? 仲間がみつかったな~~
私は首を曲げてアイリスを見る。アイリスは初めての空にワクワクしているのか雲に触ろうと手を伸ばしたりしている。
~~仲間とは言わないでおこう。また興奮して熱を出されても困る~~
そのまま私たちは空を駆けて行った。目的は私の両親を探すこと。1匹と1人、私ラーニャと彼女アイリスの旅が始まった。