キシニョフ攻囲
第2中隊による野砲陣地掃討が済んだのか敵の砲声は、めっきり聞こえなくなった。
砲撃から身を庇うように身を潜めて戦っていた友軍も少しは、戦いやすくなったに違いない。
上空から俯瞰して戦場を見れば、敵の戦力は、3個軍団と言ったところか……。
それらが3つの梯団を組んでいる状況だ。
準備砲撃は、頓挫させたからいいものの現状、数の暴力状態だ。
『全弾撃ちきりましたわ』
アナリーゼは、一番近場の梯団の歩兵師団を相手取っていたらしいが、携行していた弾薬の数よりは敵の方が勝ったらしい。
秒間発射弾数20発のMG42だ、一機あたり数千発を装備していたとしてもあっという間に消費してしまうだろう。
『俺のを使え』
ましてアナリーゼは、敵中に飛び入って縦横無尽に暴れ回っていたのだから当然だ。
『少佐の戦果を奪うことになってしまいますわ』
若干遠慮の混じった声がヘッドセット越しに耳朶を打つ。
『気にするな、戦車と航空機以外は戦果に加算されない』
いくら殺したとしても歩兵など勲章のポイントにはならない。
それに一方的な虐殺は、俺も進んでやりたい仕事ではない。
率先してやるという奴がいるのなら任せてしまってもいいだろう。
『それでは、遠慮なく』
しばらくすると、アナリーゼが俺のいる場所までブロンドヘアを風に靡かせながら飛んできた。
「あら、全然消費してませんのね」
「迫撃砲と重機関銃を持っている奴だけしか狙ってないからな」
ミッションパックに取り付けられた弾倉を手際よく外しながらアナリーゼは、言った。
「こういう戦闘は、お嫌いですか?」
やはり気づくか……。
「なぜそう思う?」
「主任務は友軍の支援、つまりは友軍に仇なす者達をできるだけ多く削れという任務ですのに、これだけの的がいて弾薬の消費が少なければ、私でなくてもそう考えると思いましてよ」
俺は部下に敵を狩れと命令を出している以上、部隊の指揮官だから先頭に立って、一兵でも多くの敵の命を刈り取らなければならないはずだ。
なのに実際は、敵に効果的な打撃を与えるという言い訳をして狙う敵を絞って戦闘をしている。
「そんなに思いつめなくてもいいですわ。少佐が汚れ仕事だと思う仕事は、全部私に任せていただければ、代わりに処理して差し上げますから」
蠱惑的な笑みを浮かべるアナリーゼの瞳は、俺を上目遣いに見上げて揺れている。
「なぜ、そこまでする……?」
「そんなの決まっていますわ」
アナリーゼが何かを言いかけた瞬間、短く鋭い発砲音―――――
咄嗟にスロットルを前に押し出し自分の機体をアナリーゼの機体にぶつける。
「きゃあっ!?」
アナリーゼは、事態が把握出来ずに短い悲鳴を上げながら機体ごと吹き飛ぶ。
それと同時に風切り音が響いた。
狙撃銃かッ!?
照準が外れて俺達には当たらなかったらしいが……技量のある人間なら今ので修正して次で当ててくるだろう。
「アナリーゼ中尉、ここを離脱しろっ!狙撃銃に狙われているぞ」
「いい所で邪魔をしたツケ、払ってもらいますわ!」
アナリーゼはそう言って、即座にその場から離脱した。
一応、部隊に共有しておくか。
『戦闘団各位に通達、敵に狙撃銃がいる。止まるな、飛び続けろ』
どこから撃たれてるのか、大まかでも良いから分かれば対策は取れるんだが……現時点では不明だ。
とりあえずは、ジグザグ飛行をするしかないだろう。
『キルベルト機、被弾!脚部を抜かれた!』
早速味方機からの被弾報告が上がる。
これ以上この戦域にいたのでは、いたずらに犠牲を増やすだけだろう。
それに、弾薬がきれかけている機体も多い。
そうと分かれば、友軍には申し訳ないが離脱するまでだ。
『各中隊に通達、戦闘中止だ。即刻離脱しろ』
一方的な戦闘になるかと思ったがどうやら敵は一筋縄ではいかないらしい。