ヴォルゴグラードの白百合
敵の爆撃機4機を撃墜してから数日間、戦闘団はオデッサ、キシニョフの両都市間や更にはキシニョフの北までの偵察を念入りに行った。
そして一つの結果を導き出した。
やはり、敵は北へなど向かってはいなかった。
敵は、キシニョフの北東数十キロの地点に既に展開し始めていたのだ。
ヨハネス・フリースナー上級大将にもそのことは無論、伝えておいた。
何しろ、両都市の立地から考えれば、キシニョフはオデッサより北西に位置するからキシニョフが陥落すればオデッサは必然的に孤立状態になってしまう。
最悪の場合、完全包囲をされるだろう。
そして味方の哨戒線にも敵部隊が姿を現し始めていた。
『こちら第2小と中隊、地点A05に敵重砲部隊の進出を確認、空爆の要ありと認む』
『第3中隊、敵の砲兵部隊を視認、地点、B02』
キシニョフ周辺の各中隊ごとの偵察で上がる報告は、敵の砲兵部隊の進出を知らせるものばかりだ。
敵のとる戦術としては、砲撃で帝国軍を黙らせてから戦車部隊、及び歩兵部隊を突入させる腹積もりなのだろう。
『弾薬の集積所ですわ』
アナリーゼが声とともに指し示した方角には、高く積まれた弾薬、そして1個中隊程の敵部隊、輸送用のトラックが見えた。
ここを拠点に、砲兵部隊が展開するパックフロントへと補給を行っているのだろう。
『とりあえず、吹っ飛ばしておけ』
既に連日の偵察で存在が確認されている76.2mm師団砲、通称ラッチェボムによるキシニョフへの砲撃に使われるだろう弾薬をみすみす逃す訳にはいかない。
俺の一声で各員が銃撃を加える。
連邦軍の守備中隊が反撃のために撃ち返して来るがさしたる脅威にはならない。
そして、彼らは次の瞬間、轟音と爆炎の中に姿を消した。
弾薬庫が誘爆したのだろう。
大量に集積されていた全ての弾薬が次々と誘爆を起こしていく。
『食材をもってこなかったことに後悔してますわ』
アナリーゼは上機嫌で言った。
『効果は十分だな、第1中隊、帰還するぞ』
『了解』
白い百合のパーソナルマークが描かれた機体が、黒煙を目指して低空で弾薬集積所の上空で旋回している。
『また逃がしたか……クソが』
コックピットから忌々しげに眼下を眺めるのは、栗毛色の女性パイロットだ。
『おいおいリディア、そうそうカリカリしちゃ行けねぇぜ?』
やや離れて周囲を警戒するように飛ぶ僚機のパイロットから宥めるられる。
『ヴォリセンコ、あたしの親は、あいつら帝国連中に殺されたんだよ。あんたにその気持ちわかるかい!?八つ裂きにしても飽きたらないね』
ヴォリセンコと呼ばれた僚機パイロットの言葉は、少しもささくれだったリディアの心を宥めるには及ばなかった。
『それに、私は女性で数少ないパイロットだからね、意地ってもんがあるのさ』
白い百合をパーソナルマークとしている彼女は、連邦の新聞発表では「ヴォルゴグラードの白百合」と呼ばれていた。
女性パイロットの数少ないエースとして、そして国威高揚の宣伝塔として彼女の活躍は、連邦国内で常に注目を集めている。
『まぁ、今日のところはこの辺にしてやるよ』
西へと飛び去った第701試験戦闘団へと負け惜しみを吐くとリディアとヴオリセンコの操る2機のYak-1は、東へと機首を返した。