行く末は珈琲のように
その日、俺に陸軍総司令部からの招集がかかった。
帝都郊外のヴュンスドルフに設けられた地下ブンカー(航空攻撃から避難するためのシェルター)に車を飛ばした。
ベンドラー街にある国防省ビルや総統官邸への呼び出しでないということは、あくまでも陸軍総司令部からの呼び出しということなのだろう。
車をブンカーの入り口のほど近いところに止めて降車する。
慌てて駆けつけてきた歩哨の兵士に自分のケンカルテを差し出す。
ケンカルテというのは、帝国軍人の持つ簡易的な身分証明書のことで同じ身分証明書のヴェアパスと比べると記載事項が少なく氏名、階級、所属部隊など必要最小限のことが記載され、所持者の顔写真が台紙にハトメで留められた二つ折りのカードだ。
写真と俺の顔とを何度か見比べた後、歩哨はそれを俺に返し敬礼をした。
階級は、軍曹か……。
敬礼する歩哨を一瞥して中へと入る。
防空意識が開戦前から高く様々な施設が地下に移動させられ知多が、各戦線で後退を余儀なくされている今、地下司令部というのは初めからこうなることを予測していたのではないかという気持ちにさせられる。
事実、明るい材料の無いそこには、厭戦気分と敗戦ムードの両方が重たい空気を作っていた。
ここに、来るのは初めてでどこに行けばいいのかが分からない。
普通、前線にいる分には無縁なところなのだ。
誰に訊いたものか……。
と考えているところに声がかかった。
「君が、エルンハルト大尉かね」
声のした方向を見ると、そこには一人の壮年の男が立っていた。
襟章には赤地の上に金モールでラーリシュ・シュティッケライの模様があしらわれており将官であることが一目でわかった。
「はっ!! 召集を受けて参りました」
その場で敬礼をする。
「そんなにあらたまらなくてもいい。気楽にしてくれ」
「はっ!! 少将閣下のお言葉とあれば」
その男が俺を呼び出した、フリードリヒ・フォン・シュタウヘン少将だった。
「立ち話もなんだから私の部屋に来てくれ」
昼でも薄暗い通路を、少将の後に付き従って歩く。
コンクリートの通路を踏む軍靴の音が殷々《いんいん》と響く。
「入りたまえ」
ドアマンのような振る舞いで扉を開けた少将は、手招きをした。
「恐縮です」
「呼んだのはこちらだ。コーヒーか、紅茶か?」
コートをハンガーにかけつつ少将はそう言った。
「コーヒーで」
これを断れば失礼にあたるので断るのはやめておいた。
やがて、少将はコーヒーをカップを二つ持って俺の正面の椅子に腰かけた。
「帝国の行く末のような色だな。君はこの戦争をどう思う?」
コーヒーは黒く湯気は靄のようだ。
この質問には答えるのに窮する。
自分の本音を言うべきなのか、それとも体裁を保った回答をすべきなのか。
前者の場合、言えばわが身の破滅を招くことも考えられる。
「小官の答えるべき質問ではない、と愚考いたします。小官は、あくまでも一人の尉官でしかありません」
故に、できる回答は、これ一つだろう。
「ふむ、だがこの部屋には親衛隊の手は入っていないし私は、国防軍の将校だ。正直な君の意見を聞きたい」
自分を国防軍の将校だといったのは総統寄りでは、ないということなのだろう。
親衛隊の手が入っていないということは、盗聴器の類を心配する必要もないか。
「では、申し上げます。我ら帝国軍は、開戦直後こそ順調だったもののやはり無理が堪えました。ゼ―レーヴェ作戦での航空戦力の多大な喪失、上陸に失敗した機甲部隊の喪失。さらに連邦への侵攻。人口5000万人の我が国が行うには戦争は拡大しすぎました」
総統の気まぐれで戦火が拡大したといっても過言ではないだろう。
「国防軍上層部も同じ思いだ。だが、我らには総統の暴挙を止める手段がない。暗殺でもしない限りはな」
総統は、自分の新派の将校によって親衛隊を組織し優秀な部隊を編成して戦線に送り込むとともに、自分の身辺の警護も強化している。
よほど、うまく運ばない限り、暗殺の成功はないだろう。
「終戦に至る道筋に必要なものは何だと思う?」
シュタウヘン少将が、仄めかした暗殺も一つの手段なのだろう。
が、現実的ではない。
「総統閣下にも納得いただける方法となると選択しが絞られますね。強いて言えば……どこかで大勝でもして、連合国軍に戦争が長引くと思わせ講和に持ち込むことぐらいでしょうか」
敗北が続く昨今、総統は意固地になるばかりで周りの将校の提案すら受け入れないという。
「大勝か……が、すでに有力な手札はない。国内の予備軍すらろくに残っていない」
ツィタデル作戦、自由共和国に上陸した連合国軍に対しての反攻作戦で多くの有力部隊を消耗したことは記憶に新しい。
「我らに必要なのは、新たな視点による新たな兵器または戦術です。少数で大を打ち崩せるものです」
シュタウヘン少将は、首肯すると顎をしゃくって続きを促した。
具体的なものを言えということか……。
「例えば、空軍に配備され始めた新型のジェット戦闘機などがその一つかと」
高度6,000mでの水平飛行で870km/h、緩降下においては900km/h以上の飛行速度を誇る新型ジェット戦闘機me-262は他のどの航空機より150km/h以上も速く優れた速度・上昇力と高高度における一方的優位性によって多くの敵機を撃墜していると聞く。
「うむ、それなのだ。今日エルンハルト大尉を呼んだ目的は。そろそろ本題に入ろうかね」
me-262の話と俺とになんの関りがあるのかさっぱり見当がつかない。