四つ角
「ヴァルメ少佐、どうする?」
クルンハイムが声を潜めてヴァルメに問いかけた。
ヴァルメがちらりと後ろに視線をやる。
「足音からして二人でしょうね」
二人は会食中から纏わりつく視線に気づいていたのだ。
それゆえに、表の通りに面したエントランスからではなく裏通りに面した戸口からこっそりと店を抜け出していたのだ。
「俺達の計画が露見している可能性は?」
クルンハイムは、足取りを僅かに速める。
「敵に内通している者は、シュタウヘン少将が過日に処分したのであの場に内通する者がいなければ、私たちの行動目的が、秘密警察に露見している可能性は限りなくゼロに等しいと思います」
ワルキューレ作戦に参加している国防軍軍人は、様々な観点から反親衛隊、反総統の思考を持っていることが精査されている人間だ。
そう簡単に、親衛隊側の人間、つまり内通者がワルキューレ作戦に参加することは不可能といっていい。
「なら、俺達二人が国防軍軍人であることを推察して尾行してきているといったところか」
「おそらくは……」
裏の路地に響くのは四人分の足音だ。
クルンハイムとヴァルメの足取りが速くなれば、追手の二人の足取りも速くなる。
「泳がせておくべきか?」
クルンハイムが再びヴァルメに問いかける。
するとヴァルメは首を横に振った。
「すでに、私たちは怪しまれているから追跡されているのです。このまま放っておくことは一見、波風が立たないふうに思われるかもしれませんが、ずっと彼らに追け回されることになるのです。後から計画に支障をきたす可能性は十分に考えられるでしょう」
ヴァルメは、そう言ってコートの内側からワルサーP38を引き抜いた。
正確にはコートで隠していた腰元からだ。
「なら片付けるべきか……いや、しかし……それで露見してしまっては」
躊躇うクルンハイムの言葉をヴァルメがさえぎる。
「かつての祖国を取り戻すための戦いに何を躊躇っているのですか!!」
その声は、もちろん小声だ。
しかし迷う人の心を大きく揺さぶるのには十分だった。
「そうだったな……」
クルンハイムも支給品のワルサーP38をヴァルメと同じようにコートの中から引き抜いた。
そしてセーフティーレバーを上に押し上げてセーフティーを解除する。
「威嚇射撃8発、必中投擲1発なんてジョークがこの銃にはありますが、そんなことをすれば即座に通報されます。無駄なく一発で仕留めてください」
「わかっている」
拳銃の射撃訓練を受けてからクルンハイムに比べて時間のたっていないヴァルメは、慣れた手つきでセーフティーを解除したが、時間がたってしまっている分クルンハイムの手つきは心許ない。
「そこの四つ角で左右に分かれましょう」
「わかった」
二人はワルサーP38をしっかりと握り四つ角で分かれた。
空には月もなく、裏の路地は戦時であることもあってか酷く静かだ。
二人の呼気でさえ互いが聞こえるほどに。
そして、二人の姿が消え足音もしなくなったことに焦ったのか走る足音が路地に響く。
「見失ったぞ!!」
「足音も聞こえないな。注意していくぞ」
そんなことを言って秘密警察の二人は、周囲に警戒を配りつつ走るのをやめた。
ヴァルメが、壁際から覗き込んでいた元来た道の様子を見るのを止めクルンハイムにアイコンタクトを送る。
そして2、0と指で表した。
それは、追手との距離を意味している。
クルンハイムは頷くと、しっかりと壁際に張り付きワルサーP38を両手で構えた。
いかに威嚇射撃8発、必中投擲1発と言えども通りの幅は僅かに3メートルほどだ。
狙いさえすれば、外す通りもない。
クルンハイムの喉仏が僅かに上下した。
静かな路地には、その唾液を嚥下する音も聞こえてしまいそうだ。
そして近づく足音。
追手の二人も銃を抜いたのかセーフティーを解除する音が聞こえた。
追っても銃を抜いたのだ。
「角だ。気を付けろよ」
「あぁ」
さらに追手は速度を落とししっかりと地面を踏みしめるような足取りで歩く。
そして壁際から僅かに顔を覗かせて―――――――タンッ!!
短い射撃音があたりに響いた。
鮮血と脳漿が四つ角に飛び散る。
ヴァルメが、引鉄を引いたのだ。
「おいっ!!どうした―――――――ッ」
クルンハイムもヴァルメに少し遅れて呆気にとられた追手の片割れに向かって引鉄を引いた。
秘密警察の絶命は確認するまでもなかった。
頭に大きな風穴を穿たれたのだ、生きているはずもない。
「大佐、急ぎましょう」
駆けだすヴァルメに促されてクルンハイムも路地から姿を消した。