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蒼空の鉄騎兵―斜陽の戦線にて―  作者: Karabiner
オペレーション【ワルキューレ】
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無垢な微笑



 「今頃、上手くやれてるかしら?」


 アナリーゼ中尉が珍しく物憂げな声音で言った。


 「さぁ、どうだろうな」


 鉄橋を渡り始めたのか汽車の走行音が大きくなる。

 ノルトライン方面軍司令部のあるケルンから汽車に揺られて【ワルキューレ作戦】に関与することとなった俺とアナリーゼの二人はライン川沿いを南に下りフランクフルトを目指していた。

 第701試験戦闘団は連合国軍の【隼狩り《ファルコン・ハント》】作戦に対する反攻作戦によって定数を大きく割り込んでしまい稼働機は24機となった。

 そこに訓練中の予備兵力から特に適正ありとされる1個小隊を抽出し3個中隊27機で再編成され、副官のノルトマン・シュナイダー中尉を臨時で部隊指揮官として引き続きジークフリート戦線での作戦行動にあたることとなった。


 「今は軍務中では無くてよ?もう少しフランクに接してくださらない?」


 ボックス席の座席で前に座ったアナリーゼはたしなめるように言った。

 軍務のために移動しているのだから余暇ではない。


 「話し方か……これが俺の性分だ。気にするな」


 ある程度の距離を置く、これが戦場で戦友を失ったときに最も心が痛まない付き合い方だ。

 といっても空軍ルフトヴァッフェに属してバトル・オブ・ブリテンを戦っていた頃は、消耗の激しさに心を痛める間もなかったが。


 「戦友である私を失ったときに心が痛まないように、ですの?」


 アナリーゼは俺の心中を見事に言い当てた。


 「……そんなところだ」


 そう言うと何故か嬉しそうな顔で


 「失えば心を痛めるくらいには私のことを想ってくださっているのですね」


 と言って頬をわずかに赤らめた。

 これが平時で正常な女性の反応であれば、可愛いといったように思うかもしれない。

 だが今は戦時で軍務中、そして彼女は狂姫きょうきと呼ばれるほどに狂った側面を持っている。

 そんな考えにひたっている余裕はないし浸る気分にはなれなかった。


 「ときに、少佐は帝都では一人暮らしですの?」


 話を途切れさせないためかどうかは知らないが、アナリーゼがそう切り出してきた。


 「いや、二人で暮らしている」


 そういえば帝都の家は、レノアは大丈夫なのかと北東の空を見上げた。

 こちらは帝国本国の西端、帝都は帝国本国の東端だ。

 直線距離で言ったら500キロ近く離れているんじゃないだろうか。


 「そう……同居人とは結婚を?」

 「いや、彼女とは結婚するつもりはない。というか戦時中は誰とも、な」


 何しろ俺は、いつ命が果てるとも知れない職業に就いているのだ。

 仮に誰かと結婚をしたとして、その相手がそんな俺といて幸せなのだろうか……?


 「この戦争は、もうすぐ終わると思いますの」

 

 そうだな……帝国の敗北で。

 国内は、連合国軍による爆撃で荒廃しているし徴兵制度の対象年齢もどんどん幅が広がっていっている。

 帝国陸軍600万というくらいには、徴兵がなされているのだ。


 「そうだな……」


 終戦時に、この国はどんな姿をしているのだろうか。

 このままいけば、焦土になることは明白だ。


 「戦争が終わったら、結婚はしないんですの?」


 終戦まで俺が生きていたら――――――あるいは……わからない。


 「わからない」


 素直に言った。


 「なら、いつかは私も少佐のお眼鏡にかなう日が来るかもしれませんわね」

 

 そう言ったアナリーゼの浮かべた微笑みは普段の彼女からは想像できないほどの、美しく無垢なものだった。

 もしかしたら狂姫の皮をかぶっているのかもしれないな。


 「どうだろうな……」

 

 適当にはぐらかしておく。


 「少佐は、どうかは知らないですけど私は、幸せを感じたことが無い人生を送ってきましたの」


 彼女の生い立ちに大きな影があることを俺は知っている。

 狂姫と呼ばれることとなった彼女の過去を。


 「だから……幸せを感じてみたい、満たされてみたい、誰かに愛を注いでもらいたい、そう思っていますの」


 彼女に狂姫と呼ばれるまでの経歴が無ければ、商家の娘のままでいられたらきっと今頃は戦塵せんじんに汚れるような生活をせず誰かと結婚して幸せな家庭を持っていたかもしれない。

 でも彼女は――――――


 「でも今の私では、もう何が幸せかもわからないかもしれないですわ。人を殺して昂りを感じてしまう女ですもの」


 影が差したような表情は自虐心に覆われてしまっている。

 

 「すでに私は――――――壊れてしまっていますから」


 百人に訊けば百人が彼女を壊れていると答えるだろう。

 俺も普通では無いと思うが今、彼女に掛けるべき言葉はそんなんじゃない。


 「さっきのアナリーゼの笑顔は綺麗だった。汚れていなかった、無垢だった、輝いていた。あの笑顔ができるということは、完全には壊れちゃいない」


 本当に壊れてしまった人間の笑顔、というのは見たことはないがきっと酷く凄絶なものだろう。


 「ふふふ、だったら少佐が私をその笑顔でいられるようしてくださいまし。そうすれば私はきっとまだ壊れていないって実感できるはずですから」


 アナリーゼは少し蠱惑的こわくてきな微笑を浮かべた。

 そんな顔もできるんだな……。


 「……可能な限りは、な?」


 不覚にもアナリーゼの微笑みに鼓動が僅かに高鳴った。

 久しぶりだな、この感覚は……。

 俺も幸せになることを諦める必要はないのかもしれない、そう思わされた。



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