激突ユトランド沖3
両舷に目一杯に積まれた機銃が、煙幕を突き破って伸びてくる。
煙幕のおかげで、こちらの位置を正確に把握できないためにその照準はひどく安定していない。
何とか被弾せずに赤い煙幕を甲板上に噴射することができた。
他の二隻の空母の上空も同様だ。
『第1小隊、第2小隊各機は、戦闘空域から離脱しろ。その他の機体も各個に戦闘空域から離脱だ。隊列を組む必要は無い』
第701試験戦闘団に所属する36機のヴァンダーファルケのうち何機が生き残ったのだろうか。
考えてもしょうがないこととはわかっていながらもそんなことを考えてしまう。
各個離脱の状態となっているため、視界に移るヴァンダーファルケが少ないこともあって余計に損害を気にしてしまうのかもしれない。
『敵機、襲来!!』
ヘッドセットに焦燥感ト緊張感を滲ませた声が響く。
どうやら敵機動部隊の護衛戦闘機がバラバラに離脱する味方機に攻撃を仕掛けたらしかった。
前方で爆炎が躍る。
『各機に通達、味方の支援戦闘はするな。自分が生き延びることだけを考えろ』
戦闘機とヴァンダーファルケを比べれば遥かに戦闘機の方が速度性能に優れている。
襲われている味方を支援するために別の味方が敵戦闘機の前へ飛び出ればどうなるかは簡単に察しが付く。
『臨編強襲部隊より第701試験戦闘団へ通達、これより当隊は敵機動部隊に対し攻撃を行う。速やかに戦闘空域より離脱されたし』
敵の護衛戦闘機のエンジン音に交じって南の方から多数のエンジン音が聞こえてくる。
『すでに我が隊は離脱に移っている。至急貴隊は、攻撃に移られたし』
まだ、現海域から撤退をしておらず煙幕の中に敵機動部隊は、いる。
そして三隻の空母や多数の護衛艦艇は動いていないのだ。
狙うなら今が好機、俺達が犠牲を払った分、航空機部隊には確実に敵空母を沈めて欲しい。
敵が混乱から態勢を立て直す前に。
『少佐、敵機が!!』
ヘッドセットに別の声が響く。
アナリーゼ中尉の声だ。
とっさに回避機動をとる。
さっきまで俺のいたところを数条の火箭が切り裂いていった。
『問題ない。俺一人で対処する』
アナリーゼとて身の安全が確保されているわけではないのだ。
人のことを気にせず、さっさと安全な空域まで離脱することを優先して欲しい。
ロールスロイス・マーリンのエンジン音が近くを通過していく。
機体の特徴から連合王国の主力戦闘機だとわかった。
機種は機動戦を得意とするスピットファイアであるということも。
飛びぬけていったスピットファイアが上昇する。
相手の狙いは、反転降下だ。
それならばと俺は、海面付近まで高度を下げる。
戦闘機は降下しだすと増速が止まらない。
そのために水平方向での移動時に比べ操縦が効くのに時間を要する。
つまり、海面に突っ込みたくなければ早めに上昇に移るということだ。
確実に俺を仕留め切るのは困難だろう。
これは、敵戦闘機に捕捉された偵察機などが敵機を振り切るために使う手段の一つでもある。
そして俺が狙うのはその瞬間―――――敵機の速度が一番鈍くなるときだ。
敵機が太陽光を反射してきらめく。
反転降下に移ろうとしているのだろう。
まだ、有効射程距離ではないがEisenzaunのスコープを覗きターゲットリングの真ん中にスピットファイアの姿を捉える。
倍率を調整しながら、敵機の大きさがちょうどよくなるようにコントロールをする。
やがて、スピットファイアの両翼が赤く染まった。
こちらに向かって射撃を開始したのだ。
俺の周囲の海面に多数の小さな水柱が突き立つ。
ターゲットリングを覗いていると無数の射弾が迫ってきて撃ち抜かれるような気までする。
目測600mといったところか……俺の射程距離まではもう少しだ。
ひたすらに倍率を下げながら常にターゲットリングの真ん中のドットにスピットファイアを照準する。
そして彼我の距離は500をきった。
敵機の射弾の正確性は距離を縮めたことで、どんどん増している。
確実に命中弾を出せるかは怪しいが今すぐ引鉄を引いてこの場から逃げだしたい衝動に駆られるがそれをぐっとこらえる。
距離は400をきる。
まだ敵機は上昇に移らない。
そして―――――距離は300をきった。
敵機は、操縦桿を手前に引いて上昇に移ろうとしているのか機体の動きが鈍る。
ターゲットリングの真ん中のドットは敵機のプロペラからエンジンカウリングへと移る。
引鉄に掛けた指を俺は引いた。
手元にわずかな反動を残して撃ちだされた30㎜弾は即座に命中、一瞬の事だった。
ターゲットリングから消え去った敵機のエンジン音が弱々しいものに変わる。
それだけで見なくても命中したことが分かった。
Eisenzaunの30㎜弾はエンジンカウリングを貫いてエンジンに直接的に損傷を与えたのだ。
振り向けば、母艦のいるだろう方向によたよたと黒煙を上げながら海面すれすれを飛ぶ敵機。
そして、その母艦もまた黒煙を噴き上げ悶えるように海面に漂っていた。