Operation WalküreⅠ
「さて、ここに集まった者たちの身分を一応確かめさせてもらうとしよう」
その場に居合わせた将校集団の中で最高階級のカール=ハインリヒ・フォン・シュテュルプナーゲル大将が重々しく口を開いた。
将校たちは、コートの内側から次々に黄色いカードを取り出す。
「シュタウヘン少将、真偽のほどを調べてくれ」
短く頭を下げるとシュタウヘンは、将校集団の持つ黄色いカードを見て回る。
そして無言で一人の青年将校の前で立ち止まった。
青年の息がほんの少しだけ乱れる。
そして―――――シュタウヘンが拳を青年の溝内に撃ち込んだ。
「憎悪こそ……我らの掟……復讐こそ我らの合言葉……ぐッ……」
青年は、蚊の鳴くような声を漏らしながらその場に倒れ込んだ。
「ヴェアヴォルフの手の者か……」
倒れた青年のコートをまさぐってケンカルテを探し当てたシュタウヘンは青年の正体を告げた。
「少将、他にはいるか?」
何事もなかったかのようにシュテュルプナーゲルが訊く。
「いえ、この青年だけかと」
「そうか……漏洩は、しておるまいな?」
おそらくは、とシュタウヘンは頷いた。
「そうか、ならばよい。せっかく集まってくれた諸君らを疑うようで申し訳ないがこういう輩がおるのでな。我らの計画は、漏れれば待っているのは帝都への招集だ」
帝都への招集が意味するところを知らないものは、この中にはいない。
その言葉が意味するものは、処刑だ。
「さて本題に入ろうか」
シュテュルプナーゲルは、話を仕切りなおすように咳ばらいをするとざわめきだっていた将校たちは黙った。
「東部戦線では、シュタウヘン少将麾下の部隊の活躍もあり我が軍が優勢に立っていると聞く。誠にもって結構な話ではあるがこれが意味することが分からない諸君らではあるまい」
戦線縮小中にあった帝国軍の残りの継戦期間は、当初では残り4か月ほどであると想定されていたがここにきての戦勝は、戦闘の長期化を呼ぶものだった。
「さらに、これは虚勢でしかないのだ。戦線は拡大したが我らの消耗した兵力が回復しいたわけではない。無論補給線が十分なわけでもない。総統閣下は、大規模侵攻作戦を計画中とのことだが……この作戦が招く結末は、戦線崩壊でしかない」
予備兵力も底をついている帝国軍に大規模作戦を行うほどの余力は無い。
戦線を維持できているのは現場将校の力量によるものでしかなかった。
「これを我々は、止めなければならん」
この場に集まっている者たちの多くは帝国の現状を憂う者たちだ。
誰もが来るべき終戦を求めてこの計画に加担している。
「少将、総統閣下の滞在先は分かっているか?」
「現在は、アードラーホルストにいるとの知らせが入っています。おそらく西部戦線での冬季侵攻作戦期間まではとどまり続けるでしょう」
アードラーホルストは、総統が各戦線での指揮を執るための施設の一つでノルトライン方面軍の司令部からも遠くなかった。
というよりかは一つ隣の州に位置するため近かった。
「OT(アードラーホルストの別称)か……。近いな……。警備にはどれくらいの兵力がいる?」
総統は親衛隊を自分の行動先に護衛として同伴させている。
親衛隊は、帝国最精鋭の軍事組織で総統の独断によりどこへでも展開することが可能だった。
厳に、東部戦線にも数万の親衛隊が展開しており戦線を支えていた。
「おそらく1200名ほどとの報告が上がっています」
「戦闘はやむを得ないか…」
嘆息しながらシュテュルプナーゲルは、眉間を押さえた。
「同じ国民同士での戦闘は避けたいが……」
「それならば、心配に及びません。近々、ノルトライン方面軍の戦況を伝えるためOTに行く予定があります」
そこにアルブレヒト・メルツ・フォン・クイルンハイム大佐が声を上げた。
「それは、本当か?」
「えぇ、ですが数人の人員を共に送っていただけると助かります。一人で手柄を独占するのは性に合わないので」
クイルンハイムは、冗談めかして言った。
当然、総統と面会する間は同室に数人の親衛隊の人間がいるのだ。
一人で多数を相手取ることになっては暗殺が失敗する可能性があった。
「シュタウヘン少将、人選は任せる。前線に直接関与しない将校から選んでおいてくれ」
「了解しました。それと隼を二羽、混ぜてもよろしいでしょうか?」
シュタウヘンが、シュティルブナーゲルに耳打ちした。
「例の戦闘団か……貴官がそれを望むなら随意にしてくれて構わん」
「感謝します」
その後、帝都に戻るシュティルブナーゲルを除いて詰めの作戦会議が行われた。
多くの手間を経て練り上げられたそれの実施は近かった。