schwarz FreitagⅡ
『こちらは、、クルト・チル中将だ。第701試験戦闘団からの要請を受託する』
潮が退くように友軍の後退が始まった。
最初に前線面への迫撃砲による攻撃が始まり激しく地面を叩き土くれが舞い上がる。
後退する味方部隊に追いすがろうとする敵兵は、思うように前へ進めず前進の速度を落とした。
その隙を見計らって歩兵部隊が小銃を乱射しながら退却していく。
『友軍の後退を支援する。これより我が隊は、掃除にとりかかる』
高度300に高度を維持しつつ味方部隊に追いすがろうとする敵部隊に対しMG42機関銃で掃射を行う。
「うごっ!?」
「ぎえぇっ」
ドミノのように短い絶命の叫びと共に地面に倒れ伏していく敵兵。
少し哀れにも思えたが、手心を加えてしまっては同胞の命が刈られてしまうことになるのだ。
だから手心を加えるわけにはいかない。
そしてこれが国家の存亡を懸けた悲惨な総力戦の姿だった。
一発が致命傷で即死をした者は、まだよかった。
中には、急所を外れて意思を伴った状態で肉塊にされてしまう兵士もいる。
「作戦司令部に連絡しろ。上空の未確認部隊が邪魔で先に進め――――――ッ」
「こっそり援軍要請をするなんて許しませんわ」
プラチナブロンドの髪を風に靡かせたアナリーゼ中尉が何の躊躇もなく機関銃の引鉄を引く。
援軍要請を出そうとした連隊本部も即座に物言わぬ屍と化した。
「あの女を撃てーっ」
連隊本部付きの残存兵が、仇を討たんとばかりに撃ち返すがその弾は空を切る。
中尉は、瞬時にエンジンを全開にしてその場を離れたのだ。
「残念でしたわね。さようなら」
そして彼らの意識は未来永劫戻ることはない。
その場に残ったものは、たったさっきまで人だった何かだ。
「こ、降伏だ!!頼む撃たないでくれ!!」
味方が次々に肉片に変わるのを見て戦意を完全に喪失したのか次々に敵兵が銃を降ろし両手を上げた。
そのまま放っておけば、きっと彼らは銃をとって再び戦うだろう。
中尉は、機関銃を降伏の意を示した敵兵に向けたままだ。
面倒だが捕虜の取り扱いについて定めた法規に則って対応をすべきか。
中尉の傍に寄って、止めることにした。
「中尉、引鉄から指を離せ」
そう言うと、なぜ?と言いたげに中尉はこちらを見た。
「我らが、祖国を侵さんとする人達になぜ、殺すことを躊躇うのです?」
確かに敵は、俺達の帝国の国土を踏みにじろうとしている者たちだ。
だが、帝国がこの戦争を始めたとき、俺達も敵と同じく彼らのの祖国を踏みにじったのだ。
「考えろ、中尉。敵も俺らも置かれている状況は一緒なのさ。立場が数年前と入れ替わっただけだ」
「ですが……私たちがこの銃を持たされた意味を考えてくださいませ」
銃を持たされる意味か。
考えたこともなかったが、それは明日の食事にありつくためでもなく敵を殺して嗜虐心を満たすためでもなく祖国を守るためなのだろう。
「それで虐殺は許容できるのか?」
祖国を守るための自衛行為を虐殺の理由にしていいのだろうか……それは違うはずだ。
中尉は、彼女の人生の過程で起きた事故が原因でその考え方は、倫理観は、端的に言えば破綻している。
少将にそれを聞かされたとき、それは矯正して戦後、普通の価値観で生きて欲しいと思った。
それは、あくまでも俺の価値観の押し付けかもしれないが、それでも一般的に考えれば彼女の思考は周りとの軋轢を生むに決まっていた。
エゴだというのなら、それでもいい。
ただ、彼女の人生に起きた悲劇を知ってなお、そう思うのだ。
「私たちが銃を持たされた意味、それは敵を駆逐し祖国を守るためだと考えていますの」
中尉は、再び引鉄に指を掛けた。
「中尉、もう敵は此処にはいない。銃を下ろせ」
「いるじゃないですか、目の前にっ!!」
彼女の指が引鉄を引く。
すんでのタイミングで俺は、自分の機関銃を中尉の機関銃に押し当て射線を逸らした。
「中尉!!戦時陸戦規定を思い出せ!!」
戦時陸戦規定は、戦時中の捕虜の取り扱いを定めた条約に書かれている規定。
そう言うと、彼女は引鉄から指を外した。
と同時に彼女の機関銃は弾切れを起こした、つまりはそれだけの弾数を敵に撃ったことになる。
「戦後に戦犯となるのは面白くありませんわね」
彼女は銃を下ろした。
「それでいい」
『こちら第2中隊、指定目標の掃討をを完了しました』
『こちら第4中隊、片付きました』
『第3中隊、後退していく敵一個連隊規模の兵力を確認。追撃しますか?』
各中隊が、全て掃討を終えた報告を送ってきた。
当初、二個連隊で友軍に迫っていた部隊は一個連隊が消滅し一個連隊は退却したようだった。
撤退中の敵部隊の後背を一方的に突くのは容易で敵にも打撃を与えることができて好都合なのだが。それはできなかった。
燃料計を見れば、残りの燃料にそこまでの余裕はなさそうだ。
それに捕虜を放っておくわけにはいかない。
『いや、追撃は行わない。チル戦闘団に捕虜を引き離した後、我々は帰投する』
後退中の敵との距離は、すぐ近くであったが眼下の惨状を見ればそれを行う気にはならなかった。