weit Donner Ⅵ
「探深音を確認」
艦内には、張り詰めた空気が漂っている。
その理由は、頭上で対潜哨戒をしている敵艦船にあった。
「これで敵のレーダーからはロストしているはずだ」
少佐が、艦内の人間を落ち着かせるようにそう言った。
もし、敵に発見され爆雷を投下されれば絶えず激しい爆圧に翻弄され生きた心地もしないだろう。
これは、あくまでも命中しなかったときの場合で命中すれば―――――――言うまでもなくそこにあるのは死だ。
「探深音から距離を推定、距離1500」
「なに、安心しろ。奴らは、まともな水中用レーダーを積んじゃいないさ。ジョンブルが支援していれば別の話だがな」
少佐は、続けてそう言った。
黒海の制海権は、少し前まで帝国海軍が握っていて敵の艦船は鹵獲または破壊していた。
黒海の制海権を奪い返したばかりの敵に十分な艦艇を保有する時間などなかっただろう。
対潜哨戒を行う敵の艦艇2隻は、駆潜艇と考えるのが妥当だ。
駆潜艇であれば装備する爆雷の数も駆逐艦ほどじゃない。
それに加えて、連邦のレーダー技術は乏しく性能は望めない代物だ。
ないよりはマシという程度で連合王国製のレーダーでも積んでなければ、まず急速潜航した潜水艦の発見は不可能だろう。
「スクリュー音、頭上を通過中」
ソナー員が、ヘッドセットを耳に当て敵艦艇を観測する。
「敵は、駆逐艦または駆潜艇と推定」
しばらくの間、艦内を沈黙が支配する。
誰もが見つからぬようにと上を見上げながら祈っているのだ。
「敵艦、引き返します」
ふうっと誰ともなしに息をついた。
「各艦に通達、5分後に浮上せよ。移動を再開する」
「敵の積んでるレーダーなんてわからなかったですけどね」
少佐は、そう言って笑った。
「この辺だって、連合王国や合衆国の艦艇がうろついてることもありますから」
地中海の制海権はすでに、帝国海軍には無いのだ。
盟邦サルディニア王国が連合軍に対し無条件降伏を単独で申し入れ降伏してから、サルディニア王国海軍の保持していた制海権は、そっくりそのまま連合国側のものとなってしまったのだ。
「命拾いしましたね」
「心配をかけて申し訳ない限りです」
そして6隻の潜水艦と2隻の偽装輸送船が海峡へと突入した。
「各員、移乗せよ」
潜水艦が輸送船のすぐそばに浮上し、輸送船の船側の鉄梯子を登っていく。
深夜の海を探照灯で照らすわけにもいかず、船員の持つ電灯のわずかな光を頼りに移乗する。
内海で穏やかだからこそできることだった。
甲板に着くと、それぞれの機体へとパイロット達が箱の中へと入っていく。
積み込み時のの都合上、上部が筒抜けになったようなコンテナに機体が入っているのだ。
「第2中隊、各機準備完了」
「第3中隊、出撃準備完了」
「第4中隊、準備よし」
時計は午前一時を示していた。
「アナリーゼ中尉、第1中隊問題ないな?」
「えぇ、意気軒高ですわ」
北の空は、街明かりなのかほんのわずかに明るい。
そこに最初の目標地点、オデッサがあるのだ。
「隊長機より各機、これから作戦の総仕上げだ。出撃!!」
「了解!!」
ヘッドセットから聞こえる復唱の声からも士気の高さが分かった。
左手部分にあるエンジンのスロットルを前に押し出す。
ヴァ―ニアの光が、夜の海を瞬時に照らし出す
そして機体は、加速した。