Offensive.
数日にわたって繰り返した越境偵察の結果、連邦軍の帝国領マジャロルサーグ王国への攻勢が近いことが確認された。
マジャロルサーグ王国への侵攻を行うのは、同方面に展開した敵兵力で最も有力な第2ウクラツィア方面軍だった。
さらには、助勢する形で政変により帝国とマジャロルサーグ王国に宣戦布告したロムニ共和国の一部部隊もこれに加わっている。
26万の兵力に800両余の戦車、夥しい量の火砲。
これに対し帝国は、マジャロルサーグ王国軍を糾合し軍団の再編成を行い8万の兵力、450両余の戦車、そして多数の火砲をそろえて邀撃の態勢を構築した。
西暦1944年10月1日―――――
南方と北方とでの同時進行を画策して開始されたこの攻勢はで南方の連邦軍第2ウクラツィア方面軍は作戦を開始し士気の低いマジャロルサーグ王国軍第3軍を切り裂くように進撃していた。マジャロルサーグ王国軍の防衛線は早期に崩壊、多くの師団が殲滅された。
一方の、第2ウクラツィア方面軍南面の先遣部隊(プリーエフ騎兵機械化集団)は攻勢初日の24時間で大凡60km進撃していた。
しかし北方では帝国の第3軍団の第1、第23装甲師団と激突、困難な戦いを強いられ、初日で約10kmしか進撃できなかった。
帝国軍は、比較的余裕のある北方から第23装甲師団を抽出し南下させたことによりマジャロルサーグ王国軍第3軍の敗走により崩壊した戦線を立て直した。
帝国軍部隊の頑強な抵抗により進まない攻勢に対して連邦軍は、北方での攻勢を断念し同地に展開する帝国軍の拠点となるオラデアへの圧力をかけるためにオラデアにほど近い、デブレツェンに攻撃を行うことを決定した。
「【帝国国防軍直属第701試験戦闘団】の活躍は私の耳にも入っている。敵爆撃機80機の撃墜とは随分とお手柄だな」
電話の向こうのシュタウヘン少将の声は明るい。
「新鋭の機材のおかげです」
「まさに隼のようだったな」
毎日ではないが少将によって、この報告は義務付けられていた。
国防軍直属とは言うもののその実は、少将の手駒に近い。
「聞くところによれば、連邦軍が攻勢に出たというではないか」
「えぇ、デブレツェンの街で戦闘が始まったと聞いています」
味方部隊は塹壕を掘り持久戦の支度をしているらしかった。
「少佐、陸軍総司令部では長期戦になると想定している」
連邦の物量に対して帝国軍の数で劣る、そんなに長く続きはしないだろう。
「空軍の分析によると、第2ウクラツィア軍、ロムニ共和国軍には航空機が無いということらしい」
航空機がないなら一度の攻撃で多大な損害を負うこともないのかもしれない。
つまり――――――
「決定打を欠いたまま痛み分けになると?」
「察しがいいな。陸軍総司令部ではデブレツェンにおける我が軍の抵抗3週間まで可能だと見込んでいる」
しかし、決定打ともなれば総じての人的資源の損失は大きくなるはずだ。
「3週間後に我が方が壊滅すると?」
壊滅すれば、ろくな抵抗力を持ちえない東部の帝国軍は瓦解しかねない。
「ヨハネス・フリースナーやマクシミリアン・フレッター=ピコの善戦次第だろうが包囲された場合、包囲網を突破し北部に防衛線を築くように通達済みだ。最悪の事態が回避されることを願っている」
常に想定外が生じるのが戦場だ。
仮に包囲網の突破ができなければ――――――
「包囲網突破の支援は【帝国国防軍直属第701試験戦闘団】の仕事になるな」
使えるカードを切らない手はないということか。
もしそうなるとしたら俺たちも相当量の犠牲を覚悟しなきゃならないな……。
「だが陸軍総司令部では、ある作戦を計画している。最悪の想定を回避するためのな」
「それは、なんなんですか?」
受話器の向こうでコーヒーを啜る音が聞こえてきた。
「少佐は、潜水の経験があるかな?」
シュタウヘン少将は唐突にそんなことを言った。
「空軍と陸軍での勤務でしたのでありませんが……」
「被撃墜もないからドーバー海峡を泳いでもないわけだ。流石だな。だが今回は潜水艦に乗ってもらう」
潜水艦に乗る……少将の言いたいことが何なのかわからない。
「それはどういうことでしょうか?」
もったいをつける少将に少し苛立ちを覚えながら訊いた。
「黒海から、連邦の補給線を絶ち後背を脅かす。この作戦は、軍上層部で密かに計画されている冬季大攻勢の前哨戦にもなる」
少将は、自信ありげに答えを告げた。