マジャロルサーグへ
3日間の休養期間はあっという間に過ぎていった。
「行ってくる」
玄関先でそう言うと、
「必ず、帰ってきて」
エプロンを掛けたままのレノアに抱きしめられた。
「時間に遅れてしまう」
「ん、わかった」
腕をほどいたレノアの顔は、泣くのを我慢しているのか変に引きつっていた。
「泣きたかったら泣け」
我慢するなと言うと彼女は、首を横に振って
「戦地に行く人を見送るのに、涙は見せられない」
泣くことを否定した。
「そうか。戦地に行く人を見送るからこそ、ありのままの姿を見せるべきだと思うんだがな」
もう会えないかもしれないからこその、別れの仕方もあるだろう。
それでもレノアは涙を見せなかった。
「行ってらっしゃい」
「ああ、クリスマスまでには必ず帰る」
俺が玄関から出ても彼女は手を振るのを止めなかった。
帝都や大きな街は、爆撃の被害が深刻で鉄道網が寸断されていたから帝都防空艦隊の航空基地から空路で行くことになっていた。
家を出て少し歩いたところで、車が目の前に止まった。
「少佐、お乗りください」
基地までは、迎えの車で行く手筈になっていたが、待ち合わせの場所を決めていなかったため運転手は、探しましたよと言いたげな顔だった。
「手数をかけてすまない」
そう謝って車に乗る。
基地までの道のりは、およそ20分程度だった。
基地のそばに来るとちょうど、多数の戦闘機が離陸していくところだった。
「昼間爆撃の邀撃に向かうみたいですね」
運転手が、空を見上げながらそう言った。
基地を蹴って飛び上がっていくのはbf109F、109G、109Kといった機体だった。
大凡40機、つまり一個飛行大隊が北へ向かって飛んでいく。
昼間爆撃を行っているのは、前例通りなら合衆国軍の爆撃機なのだろう。
「どれ程が、無事で帰ってくるのか……」
合衆国軍の爆撃機は、防空戦闘能力や防弾性に優れており撃墜は容易ではない。
「少佐は、アウスブルクで経験されたんですね?」
「ああ、あの日参加した第3航空艦隊の邀撃部隊も多数が撃墜されていた」
火を噴きながら墜ちていく味方機の光景が脳裏をよぎった。
「おかげで、アウスブルクの軍需工場は守れましたけど」
「こんなのが連日ある帝国北方の航空部隊の損失は、さぞ大きいのだろう」
機体や人員の補充が、連日の爆撃に追いつくはずがなかった。
「少佐、そろそろ行かれたほうが良いのでは?」
運転手が時計を俺の前で見せた。
戦闘機を見ているうちに、予想以上に時間を食ったらしかった。
「そうだな、世話になった」
鞄から支給品の煙草を出して渡した。
「え、いいのですか?」
運転手の視線は、俺と煙草の箱とを往復した。
「あいにく俺は吸わない。もっていけ」
「では、ありがたく頂戴します」
そう言った彼を尻目に俺は降車した。
警備の兵士にケンカルテを見せて基地内に入り、駐機場に向かう。
「あれか」
空軍関係者に、案内された輸送機がそこにいた。
6機のエンジンを持つ大型の輸送機、Me323だ。
最高速度が低い分、航続飛行距離が長いのが特徴の機体で物資の輸送量もかなり多い。
輸送機の前には、二十名余の人が集まっていた。
「同乗する技術スタッフです。よろしくお願いします」
秘匿呼称StahlBirdmanは、複雑な機構でああるが故にメンテナンスが難しいため、開発に協力した技術者の一部が、部隊に同行しメンテナンスをする整備員の協力やフォローにあたるという話だった。
「国防軍女子補助部隊です。よろしくお願いします」
軍服の女性たちは、電話交換手、テレタイピスト、無線士、タイピスト、事務補助員、伝令、本土防空における監視任務、航空監視、航空報告、気象観測、邀撃機の誘導、防空高射砲の援護。探照灯の操作や緊急時の操砲などの多様な任務にあたる女性部隊だった。
「これから、長い付き合いになると思うがよろしく頼む」
集まった人たちを、見まわし挨拶して機体へと搭乗する。
機体に設けられた席に座るとやがて、滑走路から離陸していく。
機体の周囲には一個小隊4機のbf109Fが護衛に就いていた。
味方の制空権であるマジャロルサーグへの空路だが、護衛されていることを考えれば空路の無事を祈らずにはいられなかった。