婚約破棄されて生贄にされた私ですが、お次はドラゴンの仮の番になりました
息抜きの短編です。気を楽にしてお読みください。
「えっ、人間って馬鹿なの?」
口を開いて真っ先にそう言ったのは、人である私に比べて何倍も大きな体を持つドラゴン。
その鱗は星をまぶしたような光沢を纏う夜空のような黒色。瞳は月のような黄金で、その瞳がまん丸に見開かれている。
〝彼女〟は、我が国が数十年前から頭を悩ませている存在であった。国境付近の、我が国の領土の山脈に住まうようになり、気まぐれに家畜を襲って持ち去ってしまう。
人に危害を加えるようなことは少ないが、それでもドラゴンは強力な魔物だ。そのドラゴンを討伐する名誉を求め、数多くの腕自慢が漆黒のドラゴンに挑み、敗れ去っていた。
やがて討伐が無理だと悟った王国は、定期的に生贄を差し出す事にした。それからドラゴンが家畜を襲う機会は減った。
それでもドラゴンという脅威が完全に無力化された訳ではなく、この国では恐怖の代名詞として語られている。
そんなドラゴンが、私がここに生贄としてやってきた経緯を聞いて目を丸くしていた。
人語を解するというのも驚きだったけど、会話が可能だという事もまた驚きだった。ドラゴンの種の中には知性が高いものもいると聞いていたけど、〝彼女〟もまたそんな類のドラゴンらしい。
さて、ここに生贄として連れて来られた私だけど、これでもやんごとなき身分、国を纏める王家の血筋すらも受け継ぐ公爵家の公爵令嬢だった。
だった、と言うのは既に私の身分は剥奪されているからだ。幼い頃から親同士で決められていた婚約者、それも王子様だ。そんな彼が下位貴族の令嬢を見初めた。
惹かれ合う二人はいつしか心を通わせ、喜劇の恋物語のようにのめり込んでいった。けれどそれを黙って見過ごす事が出来ないのが婚約者である私だ。
身分を弁えろ、と強く叱責したこともあったけれど、何故かそのような場面に限って婚約者である王子や、その下位貴族の令嬢を気に入っていた高位貴族の令息に邪魔される始末。
その果てに、私は罪を犯したと告発された。罪状はそのご令嬢への陰湿なイジメ、更には暗殺を企てたなど。
暗殺とまではいかないけれど、傷物になって貰えれば流石に王家もそのご令嬢を迎え入れないだろうと踏んだからだ。側室の座を狙うにしたって、その令嬢はやりすぎた。
王子だけでなく、他の貴族令息まで虜にしていた彼女をのさばらせてしまえば、私を始めとした高位貴族達の婚約まで台無しになってしまう。
婚約が滅茶苦茶になってしまえば貴族内の力関係が混沌としたものになりかねない。最早、致し方ないという判断の下で私は件の令嬢を傷物にするように企てた。
しかし、この目論見は他でもない私の婚約者を始めとした、令嬢の親衛隊と化した彼等に食い止められた。そして、私は罪を告発された。
流石に他の婚約者の令嬢を巻き込む事は出来ず、私が全責任を被った。その果ての身分剥奪、そしてドラゴンの生贄になる事が決定されてドラゴンの住処にやってきたのだけど……。
「うわ、これまた不幸を煮詰めたような顔の子が来た。なんなの、人間そんなに生きるのがしんどいの?」
「は?」
まるで呆れたような女性の声で喋られた時は、流石の私も何事かと思った。
生贄として連れて来られたと言うと、彼女はとても嫌そうに喉を鳴らして言った。
「いや、要りませんけど。人間ってそんなに食われたいの? 生存本能仕事してる?」
「えっ」
なんと、彼女は別に生贄は求めていなかったとのこと。
では生贄として連れて来られた子達はどうしたのかと言えば、暫くは面倒を見ていたけれど、気力が戻ったり、本人の希望があれば他の国に送り届けて生活していると言われてしまった。
夢でも見ているのかと思っていましたが、そもそもこれは古来から続く人とドラゴンの盟約なのだと言う。
「私達は人間を無闇に襲わないわよ。私達は強いもの、だから手出しをして来なければ何もしないわよ。ただ、ちょっと物を貰ったりする事はあるから、その分は他の魔物からは守ってあげる。別に生贄なんて求めてないけど、それ誰が言い出したの?」
「え、えっと……国王陛下が……」
「もしかしてドラゴンとの盟約って失伝してるの? まぁ、人間ってすぐ死ぬもんね。そういう事もあるか。私たちも必ず盟約を守ってる奴ばかりじゃないけど。ただ、そういう時はちゃんと私達で始末をつけるようにしてるから」
「はぁ……」
自分が知らなかった現実を告げられて、私はやや思考が止まってしまいました。
「だから生贄なんて求めてないんだけど。どうする? なんか凄い身分が高そうなお嬢さんだし、なんで生贄になんかなってんの?」
「……それは」
私は元公爵令嬢であることや、王子から婚約破棄を突きつけられて生贄になった事情を彼女に説明しました。
そして、お話は冒頭へと戻ります。
「えぇ……引くわ、この国の王子って引くわ……ないない。貴方、大変だったのね……」
「そ、そこまで言いますか?」
「言うわよ。そもそもドラゴンって独り立ちの為に巣を作って、そこで生活が出来れば一人前として認められて、そこから評価を積み上げたらドラゴン社会でも役職についたり出来るの。そこで、どうしても人間とは接触しなきゃいけないから勉強するのよ。人間の国に留学してた事もあるのよ?」
「留学!?」
彼女が言うには、人間とドラゴンの盟約を覚えている国があり、その国はドラゴンという存在を受け入れる代わりに相互関係を結び、ドラゴンが人の社会を学ぶための学校を開いているのだと言う。
それは海の向こうにある国らしく、私は驚愕のままに彼女の話を聞くことしか出来なかった。
「だからこれでも人の社会には理解があるつもりだったけど……その王子はないわ。だって昔からの契約なのでしょう? 一方的に、そんなしょうもない理由で破るのとか……ドラゴン的にはないわ」
「はぁ……」
「それで、貴方はこれからどうするの?」
どうする、と聞かれても自分の居場所は既に国内には存在しない。公爵と言えども王家の権力に逆らう事は出来ない。
それを切っ掛けに内乱になれば、苦しい思いをする事になるのは民達だ。公爵家の矜持と娘の安全、あるいは民の平穏か。その両者を天秤にかけて、父は民の平穏を取った。
それは仕方ないことだし、王子を諫めきれなかった私に責任がある。手段も、もっと何かやりようがあったのかもしれない。追放されてしまったのは自分の落ち度だ。だから今さら国に戻ろうとは思わない。
「――暗ーーーーーーい!」
「……暗い、ですか?」
「めちゃくちゃ悲しくて納得いかないお話じゃない! お姉さん泣いちゃう! 人間の一生なんて凄く短いのに、その更に短い青春を頭お花畑の色ボケ王子に袖にされちゃった訳でしょ? 鱗が逆立ちそう!」
彼女は私の境遇に酷く同情してくれているようだった。その大袈裟なまでの仕草と、ドラゴンに心配されてしまっているという事がおかしくなって、私はつい笑ってしまった。
気が緩めば涙腺も緩む。公爵令嬢として堪えてきたものが一気に決壊して、泣き笑いになってしまった。
ドラゴンの彼女はずっと、私が泣き止むまで黙ってくれていた。そして、私が泣き止むのを見計らって声を上げた。
「なら、そうね。やり直しをしましょう!」
「やり直し、ですか?」
「そう、やり直しよ! 貴方の人生はダメダメよ、折角あなたは綺麗で、生まれも良くて、育ちも良いんだから。その与えられたものは有効活用して幸せになるべきよ! とはいっても、考えたりする時間も必要でしょうし、折角自由なら好きな事をやるべきね。だから私と契約しないかしら?」
「契約……ですか?」
「ドラゴンの習性としてね、私達は〝これだ!〟って思ったお宝は死んでも守り通すの。それを私達は〝魂の番〟と呼んでいるわ。それは伴侶かもしれないし、お宝かもしれないし、土地そのものかもしれない。番はドラゴンにとって一番価値があるもの、私達はいつだって番を探し求めて旅をするの。そして、その番の為に持てる力を全て尽くすの」
「……もしかして、その番に私を?」
「うん! 私ってまだ番って持ったことなくてね、だから契約っていっても仮契約というか、お試し的な? 私は契約を守るってことがどういうものなのか経験が積めるし、貴方は私の力を借り受けることができる。どう? 悪い取引じゃないと思うけれど」
確かに彼女が言う仮契約は、今の私にとってはとても良い内容だ。話がうますぎて、何か裏があるんじゃないかと勘ぐってしまうほどに。
「私達の契約は人間で言うところの結婚みたいなものよ。仮契約ってことは、婚約って言えばいいのかな? 貴方は酷い王子様と婚約してたから人生を台無しにしてしまった。それなら私が婚約者って事で、貴方の人生をやり直さない?」
「……それは、つまりは私を気遣ってという事ですか?」
「えぇ。どうせ人間の寿命なんてあっという間だもの、少しぐらい貴方に縛られてみても悪くないわ。だって今までの子達とちょっと違うし、貴方なら色んな事を教えて貰えそうだもの。それに、ドラゴンは盟約を守る事を良しとする。そして盟約を破って我が儘に振る舞う事を恥とするの。――私は、貴方を裏切らない」
無邪気な信頼と、裏切らないという信頼を。
それは涙が出る程に嬉しくて、全身が震えだしそうだった。
あらゆる生命の頂点に立つとも言われているドラゴン。その生き様はなんとも美しく、誇り高いものなのだろう。
そんなドラゴンの、仮とはいえ番としてある事が出来るのなら。それは、貴族として生まれたこの身にはなんと誉れ高い事なのだろう!
「――改めて、私の名はアフェットと申します。貴族なれども、既に家名を名乗る事も出来ない半端者でございますが。貴方様の番を名乗る栄誉を与えて頂きたく」
「――承った。ここに汝との盟約は交わされた。人の子、アフェットよ。仮とはいえ、我が番として選ばれた貴方に私の名を呼ぶ事を許す。私の名はセレナーデ、この夜色の鱗と共に星の祝福を受けた誉れ高き竜なり!」
* * *
――そして、数年後。
突然の国王の崩御によって、王子から国王へとなった男がいた。その男の傍には愛らしい王妃がいる。
しかし、その王妃は国母と呼ぶにはあまりにも器量が足りなかった。王妃なのだからと自分は褒め称えられて当然、甘やかされて当然、王妃としての政務など到底行えなかった。
それでも王子は可愛いものとして、側室を娶って王妃としての仕事を果たさせようとした。しかし、そこに愛はない。国王である彼の愛はただ一人、自分の愛おしい伴侶へと向けられていた。
深い愛情を注ぐ国王であったが、その束縛もまた酷かった。王妃がかつては数多くの見目麗しい貴族令息から好意を寄せられていた事を知っていたからだ。
国王の深い束縛によって、国王と王妃の間で不協和音を奏で始める。それは全ての歯車を狂わせていった。
王妃との関係悪化を期に国王の振る舞いは荒れ狂うようになっていた。逆らう者に厳しい刑罰を与え、やがて独裁者と称されるようになっていった。
王妃は王妃で見目麗しい男性を囲うようになり、王妃の権限で婚約者がいても自らの親衛隊として引き抜くなどの横暴が目立つようになっていった。
黙っていないのは貴族と国民達だ。国を見限り、国を去って行くもの。国を変えようと革命を企てるもの。それは真綿で首を絞めるように王国を疲弊させていった。
そして、王国を疲弊させていた要因はもう一つあった。それは魔物の氾濫だった。年々、魔物の数は増えるばかりで疲弊していく国では対応が出来なくなりつつあった。
一体何故、魔物が増えるようになったのか? それは誰にもわかっていない。しかし、その魔物が増えた年は国王の元婚約者である公爵令嬢がドラゴンに生贄に捧げられた年であった。
それからドラゴンもまた姿を見せなくなった事から、魔物の氾濫は公爵令嬢の呪いなのではないかと囁かれるようになっていた。
「……これが報いか」
防衛線を指揮していたのは、その公爵令嬢の実の父親である公爵だった。婚約破棄の一件から冷遇されるようになっていた公爵は、国王を諫めようと発言して閑職に回されていた。
忠誠心は、元は盟友であった先王が没した時に潰えた。ただ彼の胸に残るのは、あの暴君なんぞに娘を婚約者に宛てがい、ドラゴンの生贄に捧げてしまったという後悔だけだった。
国は確かに延命できた。しかし、ただそれだけだ。それだけの為に可愛い愛娘を生贄に捧げてしまった。あぁ、時が巻き戻せるなら、あの子をドラゴンの生贄になど捧げず、自分がドラゴンの贄となっていたというのに。
「……すまなかった、アフェットよ。詫びはあの世で幾らでも――」
「公爵ーーー! 大変ですーーー!」
娘への懺悔を捧げようとした時、慌ただしく兵士が公爵を呼びながら全力疾走してきた。何事かと目を丸くしていると、息が荒いまま足を止めた兵士が顔を上げる。
「こ、こここ、この砦に……ど、どどどど、ど!」
「どうしたというのだ? 落ち着け」
「――ドラゴンです! その色からして、国境線の山に潜んでいたドラゴンかと思われます!」
「なんだと!? ドラゴンが攻めて来たというのか!?」
驚愕しながらも、公爵の胸に暗い喜びがわき上がってきた。娘を食い殺しただろうドラゴンが姿を見せたのなら、せめて一矢を報いてドラゴンに挑み、娘への詫びの一つにでもしたいと。
――しかし、次の瞬間、公爵は驚愕と共に呆気に取られる事となった。
「い、いえ! それが――ご令嬢を乗せておりまして! そ、それが……ご息女ではないかと思いましてご報告に参りました!!」
「――なんだとぉっ!?」
* * *
「ちょっと旅行に出てたら荒廃してない、この国!?」
「治政がうまくいってないとは風の噂で聞いてましたが……ここまで酷いとは」
「うぇー、折角良い気分で帰ってきたのに最悪……」
「……セレナ、お願いがあるのですが良いですか?」
「えぇ、勿論。――アフェットとはめでたく正式な〝番〟になったし、新婚旅行も終えたっていうのに故郷がめちゃくちゃになってるなんて、最高の気分も台無しって奴よね!」
「苦労をかけます。――では、参りましょう! 私の〝唯一〟!」
「えぇ、私の〝至宝〟! 貴方の意志と共に!」
斜陽に傾く国に、再びドラゴンが舞い降りる。その背に愛おしくも、気高き人を乗せて。
これは後の世、亡国となりかけていた故郷を救い、新たな王朝を打ち立てる事になる伝説の序幕である。
面倒見が良いドラゴンのお姉さんと、責任感が強くて真面目な令嬢ちゃんの年の差百合が書きたかった!