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ビブリオの王、ゼウス

作者: ふるなる

 最後まで読んでも読まなくてもコメントを頂けると嬉しいです。感想、ダメだし(理不尽なものを除く)、改善点、種類は問いません。

うちの作品向上に協力して貰えると嬉しい限りです。

カクヨムでも投稿

 数多アル知識ノ塊、我々ノ周囲ニ散リ舞ウ


 小説、漫画、資料集、教科書、ライトノベル、絵本。様々な種類の「本」がこの世界には数え切れない程存在する。その数は一億冊以上あると言われ今も尚増え続ける。身近な場所にもそこには本があり、私たちの生活に溶け込んでいる。


 山ト成ル無数ノ塊、ソノ中ニ宝ガ眠ル


 人の感性や考え方は一人一人違う。各々の持つ思考は本に対する捉え方を変える。例えば、二人同じ本を読んだ時その本への捉え方は大抵違っている。また、他人と自分では好きなジャンルや種類も違うこともある。最高や素晴らしいと感じさせる本も各々で変わってくるのだ。

 最高や素晴らしいと感じさせる本、(すなわ)ち宝はこの世に一冊、二冊、それ以上も存在している。だが、その本に出逢えるかどうかは別である。生まれて死ぬまで宝に巡り逢うことなく終えるかも知れない、逆にその間に数え切れない程の宝を探し当てているかも知れない。本の山に埋もれて存在感がなくなった本が宝だったり、一方で誰もが知るような有名な本が宝だったり、人によって宝の定義は変わっていくのだ。

 存在するけど定かでない。宝探しは夢や冒険に満ちた浪漫(ロマン)を秘めている。


 得タ宝ノ価値ヲ脅カス異ナル宝

 我ガ宝ガ世界一ト証明ス為、優越ヲ決ス争イヲ行ウ


 見つけ出した宝、それに価値の唯一性はない。宝に価値を求めて他人の宝と優劣、いや()()感を争う。どちらの本が優れた作品であるのか。


 ソノ決闘ヲ"ビブリオバトル"ト呼ブ


 その戦いこそがビブリオバトル。参加者は順に自慢の本を発表していき、その後議論をして、最後に最も読みたい本、つまりチャンプ本を決める。


 激戦ニ勝チ抜キ覇者ト成リ頂点ニ君臨シタ者

 博識タル叡智ト聡明ノ勲章ガ授与サレシ

 即チ王ナル存在

 全知全能ノ神ノ名ヲ借リテ「ゼウス」ト呼ボウ


 ビブリオバトルで勝ち抜き続ける。それは容易なことではない。だが茨の道の先にある場所に辿り着いた頃には、博識となっているはずだ。勝つために考察した本、それが積み重なり山となる。他人の紹介を聞いて自身の糧にする。いつしか大量の本の知識が加わっている。そう、気付いた頃にはさらなる知識を得ているのである。

 見える外側では名声を得て、見えない内側では知識を得る。

 トップとなった者に与えられる二つ名。それこそが()()()である。


 人々はゼウスを目指して自慢の本をぶつけ合う。

 様々な思惑が混沌の戦場で混じり合う。誰もそうなることを予想することはなかった。



*



 猛暑下の長休みが終わる。

 秋の風が吹き始める想像とは裏腹に、現実では、降り注ぐ猛暑が続いている。残暑と言うには暑すぎる。環境の変化で真夏が伸びているのだ。

 普段は広く感じる体育館も今日は全校生徒が皆集まり狭く感じる。埋め尽くされた体育館の中は(たぎ)る熱気で覆われていき体感気温を上昇させた。

 床に座り続ける。体の中に溜まっていく熱気も発散されない。皆の前に立つ校長の長く退屈なお言葉を微動だにせずに聞いていく。汗が垂れ、制服で(ぬぐ)う。暑さと戦うのに必死であり、校長の話は耳には入らなかった。

 新学期の気分はなく、ただ単なる苦行を行っているという感覚に陥っていたのであった。


 苦行は終わりクラスの教室に戻った。

 体の奥底から開放感に包まれる。椅子に座りながら背伸び。身体が伸ばされ、疲労が拭われていく気にさせる。

 雲が全く見えない青い空。空いた窓から注がれる微々たる風。そんな風も今は冷風に打たれたような(すず)しさを与えている。

 ここに来てようやく、新学期が始まった感覚を受けた。

 騒がしく響く喋り声。先生が来ると否や静寂(せいじゃく)に包まれ、一様に席に着く生徒達。変わることのない先生の口調。懐かしい風景が瞳に映っていた。

 颯爽(さっそう)と二学期の係決めが行われた。クラスの代表である級長、その補佐の副級長がすぐに決まる。所属しているクラスではリーダー格が決まっていたのだ。

 放送係、体育係、保健係、様々な役割が埋まっていく。大田(おおた)(とおる)はその波に取り残されていた。なりたい係はない。余り物でいいや、という楽観で黒板を眺めていた。

 残る枠は図書係一名、環境美化係四名。

 透は余り物になった環境美化係になるのだろうとたかを括った。ただ、そうはならなかった。

 図書係になりたい人、と聞いて挙手を待つ。静まり返った教室の中で手を挙げたのは武馬(ぶま)文香(ふみか)であった。彼女は既に保健係であり、図書係にはもうなれない。「何故だろう」という疑惑の視線が彼女に向けられた。

「推薦したい人がいます。いいですか」

 文香の軽やかで真っ直ぐ放たれた声が教室に響く。その様子を見て「なるほど」と頷くとともに、「誰だろう」と首を傾げた。担任の承諾と共に彼女は言い放った。それは透にとって予想していないことだった。

「透君がいいと思います────」

 視線が集まっているのを肌で感じる。斜め上の出来事が頭を真っ白にし、透は困惑の感情を胸の中で処理していった。

 透は状況の処理中で声を出す事は出来なかった。他に文香の意見に反論する者はおらず、後期は図書係をやることになったのである。


 窓に衝突し空中で止まった緑葉が今となって風に(なび)いて飛んでいった。舞う葉と晴天の青を背景に、透は文香に訊ねていた。

 ただ文香の性格上、何となく、で行動することもある。透はその可能性を頭に入れつつ耳を傾けた。

「もっちろん。ちゃんと理由はあるよー」

 文香は別の方向に視線を寄せた。その方向を見ると同じく図書係になった赤井(あかい)苺音(まいね)が見えた。席に座って上の空で天井を眺めている。

「透君なら私の作戦のために動いてくれそうだからね」

 つまり、透は文香の駒となったのだ。彼女は図書係に駒として動ける人を入れたかったようだ。そして、残った五名の中で彼女が動かせる唯一の駒が透であったのだ。

 文香の持つ企み。その企みに巻き込まれた透はもう他人事では終えることは出来なくなった。他人事なら無知でも何事もなく終えられるが、当事者となってしまうと無知だと危険性が付き(まと)い始める。溜まりゆく不安が数々の疑問を湧き上がらせた。

「作戦って、何。何やるの?」

 透は率直に聞いた。文香は胸を張って返答する。


「ずばり『恋のお手伝い』だよ────」



*



 呼吸が踊り、胸が圧迫される。頭の中に広がる嬉々(きき)とした妄想(もうそう)が圧迫をさらに加速させた。前例の無い大問題。その山場を前に私は怖気付いてうずくまりそうになる。けど諦めたくはない心が背中を押し出す。目の前の山に向かって押し出す手。その二つに挟まれて"幸せな辛さ"を味わっている。

 夏疾風(はやて)へと変わりゆく春風が心地よい。晴天の上から注ぐ太陽が坂本(さかもと)修哉(しゅうや)を輝かしく照らしていた。

 高くから伸ばされる手がシルエットとなり、脳裏から離れなくなっていた。外的刺激からくる辛さが、初恋からくる甘酸っぱさへと一瞬で転換した。頭の中がその味で染まる。辛さが記憶の底から消える程、その味は印象的だった。


 猛暑の暑さよりも恋の温度が上回る。恋を考えていたら長い休暇があっという間に過ぎていた。そして、新学期が始まる。

 修哉に近く方法を考えていた。

 修哉は一年からずっと図書係を務めている。だから、私も図書係になれば関わることが出来る。

 しかし、それには問題が含んでいたのであった。私は一年からずっと保健係をしていて、保健係のイメージが強く蔓延(はびこ)んでいる。急に図書係になるのは気が引ける。教室を見渡して、図書係になった未来を予想する。

 頭の中で様々な悪い予感を浮かべる。急に図書係になったら、クラスの皆は私の企みに気付いて自分勝手だと思うかも知れない。修哉が私の片想いに気付くのはまだいいけど、それを露骨だと思って嫌ってしまうかも知れない。広がる不安が図書係になることを躊躇(ためら)わせたのであった。

 無力感が襲う。だが、強力な助っ人が無力感を吹き飛ばした。

 私の恋心に気付いた文香は、好意的に協力を申し出てきた。そして、文香はある作戦を立てた。

 まず文香は保健係のポストを消去した。お陰で保健係ではなく図書係になる根拠を得た。

 作戦では文香が保健係を急遽(きゅうきょ)変更して共に図書係になる予定だったけど、文香は変更することなく透を推薦することで終わった。文香と透は同じ部活動に所属している。透を通して作戦は続いていくだろうと推測した。

 強力な後ろ盾が不安を押し退けていく。目前の山場を少しずつ登りきることを見()えて足を前に出した。

 心の中で叫ぶことで、息の出来ない圧迫から開放させる。

 私は修哉のことが好きだ────



 ハーブの熟成された(にお)いが部屋に(ただよ)う。周囲を見渡すと棚に埋め尽くされた本が目に映る。少し薄暗く(くせ)のある雰囲気が広がっている。

 図書室に集まった三十九名の生徒は椅子に座って一点を眺めていた。立ちながら話す担当教員、司書教諭の本山(もとやま)智恵(ともえ)。図書係とは何か、根本的なことを説明していく。

 私は欲に負けて視線を他に映した。修哉は真面目に本山の方に視線を向けて聞いている。その姿を見ていたら、思っている以上に話が進んでいた。

 図書係の代表を決める。その代表は三年の中西(なかにし)日和(ひより)に決まった。

 次は副代表。その副代表は何と二年生の修哉に決まったのであった。

 代表、副代表の二人が前に立つ。

 修哉はさらに高い山へと登り、私は高く(そび)える頂上を眺める。さらに、困難な旅地になりそうだ。心をギュッと引き締めて目標を見定めた。

 近くにいて遠くにある。

 どんな逆風であっても諦めない。

 私の恋を記す本。今プロローグが終わった。それと同時に新たに始まる展開、輝かしい一章が刻まれていく。



*


 今まで「本」に興味を持ったことはない。

 文香の策略で図書係となったものの透は未だに本への興味が注がれなかった。

 すぐそこにあるけど手には取らない存在。味気ない説明が始まった。

「おはようございます。図書係の指導担当の本山智恵です。早速ですが、どうしてあなた達は図書係に入ったのですか」

 本山は周りを見渡す。反応が(とぼ)しいのを見ると否や返答を受けないまま話を続けた。

「本が好きだから、とその理由で入った方もいれば本に興味は無いのに仕方なく図書係になった、という方もいるでしょう。ですが、ここは図書係。本が嫌いだとしても本から逃れることは出来ません。私としては図書係計四十二名、ここに来ていない三名含めて本を好きになって貰いたいと思っています」

 本は嫌いでもないが好きでもない。そんな自分でも好きになれるのか。透は心に(しこ)りを残した。

 本山が続ける。

「それでは何をすればいいのかを説明しますね。図書係の仕事は()()二つ、図書室の監視と本の管理です……」

 透は本山からの情報を頭で整理し(まと)める。

 図書係は昼休みに活動する。"図書室の監視"は単にその場にいるだけで良い。ただし、図書室でトラブルが起きた時に担当教員の本山、いなければ他の先生を呼ぶ役割を追っている。"本の管理"は本を借りたい、返したい生徒に対してその本をパソコンで読み取って管理し、貸したり返されたりする。返された本は元の場所に戻すのも図書係の仕事である。

 一日二人が担当する。一クラス二人ずつ、回していく。その日、出番でなければ基本何もやることはない。

「以上が基本的な図書係のやるべき事ですが、それが全てとは言ってません。勘違いないように」

 三年の固まる場所から声が上がる。「他に仕事があるのですか」

「ええ。イベントをする時には協力して貰います。一つ企画があるのですが、今はまだ早いので言わないでおきますね」

 絶妙に隠された内容。興味が注がれる。しかし、それを質問する気にはなれなかった。

 話に区切りがついたのだろう。空気が切り替わる。

 本山は少し雰囲気を変えて話していく。多少の変化が話を飽きさせない。

「さて代表と副代表を決めましょう。まず希望を取りますね。代表になりたい人はいますか?」

 本山は周りを見渡す。手を上げにくい空気圧が皆の手に圧力をかけていた。ただ一人を除いて。

 日和が圧に打ち勝ち、穏やかな空気に変えた。

「前世で経験した我こそが代表になるべき、と魂が言っている」

 彼女は重度の厨二病。難しい漢字を好み、独特な使い方に絡めて話す。今の発言を解読すると、前期で図書係を経験した自分が代表となるべき、ということだろう。

「それでは副代表になりたい人はいますか?」

「ここは俺がやります」

 修哉が手を上げた。三年生が副代表になる、という雰囲気を壊す。彼は二年生だったのだ。こうして副代表は修哉で決まった。

 修哉は間を空けた後、口を滑らせた。

「俺何回か図書係の経験がありますし、先生の言ってた()()()()()()()の企画を知ってますしね」

 ビブリオバトル……。慣れない言葉に首を傾げる。

 語尾にバトルとついているから熱い勝負が繰り広げられるのだろう。しかし、「本」に対して文化的側面が強く運動的側面が見出せない。バトルするイメージが湧かない。

 透はバトルのイメージと本へのイメージとのギャップに混乱する。

 それもまたここに立ち会った生徒達も同じだった。ポカンとしている表情で埋まっていく。

 その様子を見た日和が救いの手を差し伸ばした。

 自慢の厨二口調が放たれる。

「我が説明しよう。数多(あまた)ある知識の(かたまり)、我々の周囲に散り舞う。山と成る無数の塊、その中に宝が眠る。得た宝の価値を脅かす異なる宝。我が宝が世界一と証明す為、優越(ゆうえつ)を決す争いを行う。その決闘を『ビブリオバトル』と呼ぶ。激戦に勝ち抜き覇者と成り頂点に君臨(くんりん)した者、博識たる叡智(えいち)聡明(そうめい)勲章(くんしょう)が授与されし。(すなわ)ち王なる存在、全知全能の神の名を借りて『全能神(ゼウス)』と呼ぼう。ビブリオバトルとはゼウスを目指し命を燃やす、神々に許されし(たしな)みなのだ」

 何を言っているのか何一つ分からない────

 彼女自身は救いの手を差し伸ばしているつもりなのだろうが、何一つ救済されなかったどころか逆に窮地(きゅうち)に突き落とされた気がする。

 雲は穏やかに流れていく。普段は流れて去っていく雲が今は立ち止まっているように見える。

 本山は混乱を収集するため唇を動かした。

「説明は後回しには出来なさそうなので、私が一から説明しますわね。企画は前の二人が口を滑らした通り『ビブリオバトル』なの。ビブリオバトルはね……」

 本山の言葉を頭の中で反芻(はんすう)させる。

 ビブリオバトルとは何か、段々と理解していく。透は説明を頭の中で纏めていた。

 ビブリオバトルは一人一冊自慢の本を紹介し、勝負者((バトラー))(本を紹介した人)の本の中で一番読みたいと思う本を決める企画である。詳しいやり方は以下の通りだ。


①大体四から五名程度の勝負者が本を一冊持って集まる

②一人ずつ持ってきた本について五分程度で紹介する

③各々の発表後に参加者全員がその発表について議論する

④参加者全員は一番読みたくなった本を一つ投票する

⑤一番多くの票を獲得した本が優勝本となる


 ビブリオバトルを通して、本に対して更なる興味を持たせるのが狙いである。

 分かりやすい説明が混乱を収める。余裕が生まれた頭は新たな思考を生じさせていた。そして、あちこちでビブリオバトルへの思惑(おもわく)が湧き上がっていく。


《勝負とつくものには何があっても勝ちたい》

 修哉は心の中で闘志を燃やしていた。純粋な情熱が待ち受ける高い壁を見据えている。瞳に真っ赤な炎を燃やす。勝利への熱情が全力で湧き上がっていく。


《修哉に振り向いて欲しい》

 苺音は心の中で闘志を燃やしていた。ピュアな恋心が待ち構える高い壁を見据えている。心に桃色の勇気を与えていく。修哉への片想いが恋心を強く湧き上がらせていく。


《姉に勝って認めさせたい》

 中西(ひいら)は心の中で闘志を燃やしていた。暗黒に染まる意志が高い壁を見据えている。自分自身を卑下(ひげ)してきた弱気な心。実力差を前に膝をつけ諦めてきた屈辱(くつじょく)を黒い熱気が払拭した。姉日和への強い下剋上精神が一新した意志を深く湧き上がらせていく。


《BLを広めるチャンスを無駄にはしない》

 近見(ちかみ)(ゆめ)は心の中で闘志を燃やしていた。混濁(こんだく)な趣味への没頭が立ち(ふさ)ぎ続ける高い壁を見据えている。BLーボーイズラブー、男が男と恋をする、は今理解者が少ない。自身の努力で趣味であるBLが広まり、理解者が増えることはそれとない幸せ。空想世界で(だいだい)色の絵の具が想像する未来を描いていく。自身の努力で理解者が増える、という想像が(よろこ)びへと変わる。趣味への強い固着によって未来へのイメージが色濃く湧き上がっていく。


 様々な思惑が混じり合い混沌(こんとん)とした土台が作られていく。

 各々が楽しみに意識を向けている所に本山が水を差した。

「……ビブリオバトルを行うためには必要な資格があります。紹介する本を深く知らなければ勝負は出来ません。まずは本を好きになることから。好きな本を見つけて何度も読み通すぐらい好きになって、ようやく参加出来ます。ビブリオバトルは、今のあなた達ではまだまだ早すぎると思います」

 さらに付け加えてきた。

「それに図書係について慣れなければなりませんから。企画に力を入れて本来の役割を忘れるなど本末転倒(ほんまつてんとう)です」

 その一言でビブリオバトルの話題をシャットダウンした。本来の仕事を思い出す。脱線して見ていた光が鮮明な点灯で見失う。だが、脳裏にはその光の記憶が残っている。

 透は頭の片隅にその企画があることを保存した。

 だが漠然としていてどうしようもない。本は嫌いでも好きでもない。まずは本を好きになれ、と言われてもどう好きになれば分からない。目標が見えていてもそこまでの手段が全く見えないのだ。

 いつの間にか雲が流れて日を(さえぎ)る。長く連なる雲はその状態を維持していく。

 いつしか行き詰まりそうな目標を窓越しの空と照らし重ねていた。手のひらを太陽の方向に向ける。白い背景に手のひらが重なった。



*



 ビブリオバトル────

 自慢の本を持った複数人が本紹介と発表への議論を通して最も読みたい本、優勝本を決める試合である。

 だが勝負だからと言って、優劣や勝敗に重きを置いてはいけない。

 本山が放った一言がそこにいた数十名に対してビブリオバトルへの考え方を改める。

「本を通して人を知る、人を通して本を知る」

 更なる本への理解。そのために、私達は本のある方向へと歩んでいったのだ。


 あの言葉を思い出す。

 本を読んでそれが伝えたいことから作者の考え方を知る。沢山の本を読むと数ある考え方が私の頭に入っていく。本を通して人を知る。しかしそれは一方通行であった。

 だがビブリオバトルを通すことで一方通行は解消される。本を紹介するのは人だ。人には(くせ)があって、各々によって紹介の仕方は違ってくる。そして、努力が混じり合うことで如何(いか)なる本も読みたいと思わせる可能性がある。沢山の紹介を聞いた時、沢山の本を知ることが出来る。人を通して本を知る。これでフィードバックも完璧だ。


 本を通して恋を知っていく。

 初恋の味は甘くて酸っぱい苺の味。だけど、片想いで一向に進まないストーリーがその味を変化させる。もどかしいのに勇気は出ない。きっと同じ気持ちになった人はこの世に多くいるはず。友達であっても直接他人に聞くのは恥ずかしいから、私的空間(プライバシー)に留まれる本からその気持ちを知ることにした。本を通して恋を知る。私は修哉との恋を実らす、そのための一歩を踏み出すため、本を参考にして勇気を貰うんだ。

 ビブリオバトルを見て修哉を知る。

 発表はその人の癖を絡めて発言されていく。その癖を知ることはその人を知ることと同義である。相思相愛になりたいけど今は違う。近付きたくても修哉の気分を害したくないから上手に近付けない。修哉のことが好きだけど、修哉のことは全く知らない。知りたい、そういう欲求が心の底では巻き上がってる。

 私は胸を踊らせて遠くの方を眺める。

 修哉の後ろ姿が色濃く脳裏に刷り込まれていった。



 青い空がオレンジ色へと少しずつ変わる。

 私は帰宅中、地元の図書館へと寄り道した。前までは興味も向かず単なる本の束にしか思わなかったのに、今となっては本が一つ一つ(きら)めいて興味を(そそ)らせる。

 この本、良さそう────

 タイトルに()かれ本を手に取る。表紙のイラストは好みだ。次は後ろを向けて、あらすじを読んだ。恋を題材に現実世界を舞台にした作品だと分かった。私の気持ちとリンクしそう。推測でその本を受付まで持っていった。

 もどかしく立ち止まっていた私。けど今、眼前の壁を少しずつ乗り越えている。

 私は借りた本を持って恋の長道を歩いていく。

 赤井苺音の物語は第一章、本との出逢いと深まる片想いの愛、に入っている。緻密(ちみつ)(つづ)られた文章は私の気持ちを表現している。そして、新鮮な気持ちで今も書かれ続けられていく。


 ストーリーは始まったばかりだ────



*



 学校に響く鐘の録音。その音が体の張り詰めた息を解き放つ。

 生徒達は自身の教室へと戻っていく。静けさが印象的な雰囲気が一転してガヤガヤとした騒々しい雰囲気となる。

 透は「本を好きになる」ための鍵のヒントを得るため本山に助言を(あお)ぐことにした。瞳には一人で黙々(もくもく)と動く本山の姿。透は本山に話しかけた。

 と同時に柊もやって来た。

 彼もまた透と同じ考えを持っていたようだ。

「……すっ! お前もどうすればいいか分からず、聞きに来たのだな」

 彼は日和の弟で透とは中学生時代からの同級生。彼もまた厨二病だ。自身を魔王と称し、魔王の言動をしているつもりのようだ。ただ、言葉が浮かばない時がしばしば。その時はポーズを決めてドヤ顔で「すっ」と言うのがお決まりだ。

「うん、僕も聞きに来た。本は好きでも嫌いでもないけど、今のままだとその状態から好きにも嫌いにもなれなそうだからさ」

 本山は二人に向き合って話を聴く態度をとった。優しく見下ろす表情が安堵感を与え、口を開かせる。

「あなた達は本を好きになるためにどうすればいいか聞きにきたのですね?」

 はい、そうです。と返す。

 本山は二人から溢れ出る悩みの煙を感じ取りながら唇を開けていく。

「本は……嫌い?」

 透は本に対する自論を放つ。

 隣にいる彼は浮かない顔でその通りであると答える。

「理由はあるの?」

嗚呼(ああ)、大魔王に野心を打ち砕かれ、我の心は……我が心の……「すっ」!」

 本山は思わず首を傾げていた。

 普通では理解されないが、透は理解していた。柊の言語を本山にも分かる通常の言語へと通訳していく。

「多分ですけど、柊は姉と比べられてきて、いつも負けていたから嫌いになった感じですよ。国語とか文章力とか……」

 本山は言葉を咀嚼(そしゃく)していく。

 そして、一つの解を導き出していた。

「なるほどね。殆どの人が本を嫌いになる原因。そのものね」

「どういうことですか?」

 柊の代わりに透が疑問をぶつけた。

 本山は目線を壁に向けた。

「授業が本を嫌いにさせるのよ。私はね、本が嫌いな殆どが学校のせいだと思ってますの」

 学校が本を嫌いにさせる────

 どういうことだろうか。頭の中で湧き立つ謎。謎が謎を呼び頭の中がこんがらがっていく。絡まった糸を解くため耳を傾けることにした。

「学校は競走社会。テストの点数とか通知表の得点とかが高ければ良い生徒。逆なら悪い生徒。良い生徒を目指す競走が学校にはある。それで、授業はその競走をさらに進めていくのよ。評価を下して優劣つけて、生徒達に良い生徒を目指して貰う」

 本山は視線を壁側に向けた。

「国語とか現代文とか、そういう教科の競走が元凶。もちろん、国語とかは学ぶべき大切な教科。けど競走のために点数を下して優劣をつけることが間違いだと思いますの。私はね、こう思ってます」

 (またた)く間の一息。

 二人は固唾(かたず)を飲んだ。


「本への捉え方は人それぞれ────」


 本山は優しく見下ろした。

 変わらず本山のターンであった。

「テストとかで文章の内容を読み取ってその中から一文を探す問題とかありますよね。評論文はいいですけど、物語でその問題はあまり望ましくない。本への捉え方は人それぞれなのに、その問題は捉え方、もとい考え方を一つに決めつける」

 本山の瞳には熱く煮え(たぎ)る炎が見え隠れしていた。

「求められる捉え方、考え方に慣れない人はその本そのものを遠ざけていき、正解出来る生徒と比べて(おと)るという烙印(らくいん)が押されてもっと本を遠ざける。結局、競走の中で落ちぶれている事実を受けて自信を失って、本を嫌いにもなっていく。おそらくこの理由で本を嫌いになった本人達は理由に気付いてないと思いますけどね」

 本山の目線が段々と降りていく。

 口では言っても行動に移して対策することの出来ないもどかしさ。この問題をどうこうすることは出来ない。矛盾だらけのこの社会を、本山は視線を落とすことで目を背けた。

 時が止まる感覚。

 二人は何も言えなかった。

「ごめんなさい。随分(ずいぶん)、前振りが長くなりましたね。本題に入りましょう。本が嫌い、好きでも嫌いでもないけど興味がない、それでいてどう本を好きになればいいかですよね……」

 時間が押してきたようで少しだけ早口になっている。それでも聞き取るには(なん)なく出来る早さだ。

「本が嫌い、本に興味が無い。どちらとも本を読むのに空白の時間(ブランク)があると思います。そのせいで今本を読むのに躊躇(ためら)いがあると思います。それは仕方ないです。文章に真っ向から触れてないと長く続く文章を苦痛に感じるかも知れません。苦痛しか感じていない状態で読んでいてはいつまで経っても本は好きになれませんし、本を好きになるために悪影響です」

 本山は続ける。

「だからこそ、徐々に慣れていくことが大切です。本は文がぎっしり書かれた小説や評論とかだけではないのよ。絵本でもいい。児童文書でもいい。高校生なら、見たことある映画とかドラマの題材となった本でもいいし。何なら文庫化されてないネット小説とかでもいい。本当に何でもいい。まあその答えが一番困ると思いますけど……」

 自分でいいながら自分で苦笑いを浮かべる。

 何でもいい。抽象的すぎる答え。だが、具体的な例が出されていたお陰で理解は出来た。

見栄(みえ)とプライド、恥ずらいが邪魔するかも知れないけど、()()のものならそれを乗り越えるべきよ。そしたら、視界も拓けてくるじゃないかしら」

 (きり)がかかった世界。どちらか前かも分からなかった。だけど、本山の放った光がその世界で(あわ)く照らす。目指すべき方向は分かった。後は、自力で霧を払うだけだ。

 見栄とプライドと恥ずらい。それを乗り越える。最初の課題が見つかった。

「ありがとうございました。何をすればいいか、見つかりました」

「我も……感謝を述べよう。ありがとうございました」

 ビブリオバトルが始まってからも山はあるが、ビブリオバトルが始まる前にも山が沢山ある。一つ一つ乗り越えていくだけ。目的は記憶した。後は目標を一つ一つ達成していくために、透は歩み始めた。

 鳴り響く鐘の音がBGMとなり小さな冒険が幕を開けた。空に漂う雲が(とどこお)りなく流れてゆく。



*


 本を好きになるために。やり甲斐(がい)ある道路(みちろ)に胸を(ふく)らませていた、あの日。

 学校からの帰り際に文香が話しかけた。

「土曜日、暇?」

 その時、透は図書係での出来事で脳内が充満しており、それ以上の思考はパンクしてしまう程だった。そのせいで、何も考えずに返答する。素直な答えだ。

「うん、暇だよ。用事もないしね」

 その言葉が決定打となった。文香はその言葉の後に土曜日に苺音と「苺音の恋の秘密会議」を開くことを述べ、透をそこに誘った。

 透は断ろうという考えが過ぎったが、すぐにさっきの返答を思い出した。それとともに容易(たやす)く断れないことを(さと)る。



 明るい日差しが目を覚まさせる。猫が陽向(ひなた)にうたれて丸くなる。閑静(かんせい)な住宅街の中で自転車をこぐ。

 今日、文香に誘われた会議に行く用事がある。

 透は会議が行われる前に地元の図書館に行くことにした。


 静けさが印象的な図書館に入っていく。入口の自動ドアを抜けると本が沢山ある世界が広がっている。

 ふと横を見ると柊がいることに気付く。彼は片膝を床につけ下段にある本棚を眺めていた。

 一回りふたまわり低い本棚。その割に棚の本は縦幅が広い。彼は本を取り出す。その本は単調な絵柄と大きい単語が印象的だ。近くにいた小さな子ども達やその子ども達の母親が柊に視線を合わせる。

 そこは、()()()()()()のコーナーであったのだ。

 (はた)から見てとても浮いている。小さな子どもが彼に向かって人差し指を向けているにも関わらず。本を持ちながら自身の世界にのめり込んでいた。

 本を持ってかっこよくポーズを取る。

「これこそ我が最初の……我の手始めに……「すっ」!」

 和やかな雰囲気の中で柊は独特な空気を放っていた。

 近付きたくない雰囲気。気付かれたら気まずい雰囲気に巻き込まれる。そうならないように透は気配を消して先を行った。


 小説などが並べられたコーナー。

 透は本のタイトルに目を通していく。インパクトが強いタイトル、ジャンルを全面に出したタイトル、数々のタイトルが瞳に入っていく。

 ふと一つの本に目が止まる。

 聞いた事があるタイトル。(まぶた)を閉じて記憶を呼び覚ました。

 見たことのある有名な映画。それの小説版であった。

「映画だけの物語だと思ってた。本でもあったんだ。知らなかった……」

 そう言って、その本を取る。

 透が本を好きになる第一歩。まずは一つ。ビブリオバトルの企画まで時間はあるようで短い感覚がある。もたもたはしていられない。

 その本を持って受付に向かう。


 雲一つない青空。視界が晴れる。

 見落としていた本の世界。晴天の輝きがその世界を強調させる。晴れた視界には無数の本が。

 透は初々(ういうい)しい気持ちで瞳に映る世界を見て、出発の合図を鳴らした。



「最初の本はこれに決めた────」

ご視聴ありがとうございました。

良ければ評価、感想、などをくれると嬉しいです。


【設定キャラ等】投下、メモ

・日向高校:このストーリーの舞台。

・クラブボランティア部:日向高校にある部活動の一つ。部活動を助ける部活動。主将、透。部員に文香、夢などがいる。


────図書係────

・本山智恵:図書係の担当教員である司書教諭。本の知識が豊富。

・中西日和:図書係の代表。厨二病が再発した高三女子。

・坂本修哉:図書係の副代表。趣味は本を読むこと。サッカー部で熱い心を秘めている。

・大田透:文香の計らいで図書係へ。本に対して興味がない。

・赤井苺音:修哉に片想い。修哉に振り向いて貰うため図書係へ。

・中西柊:日和の弟。厨二病馬鹿。自身を魔王と称す。よく言葉が出ずにポーズを決めて「すっ」とするのが特徴。

・近見夢:夢属性と腐属性を持ち合わせる。イメージカラーは橙。


────その他────

・武馬文香:苺音の恋愛のお手伝いをする。そのために透を巻き込んだ。

・鵜飼悠人:透の友達。サッカー部主将。修哉との友情は……?

・神崎双葉:二重人格。大人しく他人行儀、ヤンキーで乱暴な一面、の二つの性格を持つ。見かけによらず本は好きな方。


ここでお開きにさせて頂きます。

~Fin~

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