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幸せのあり方  作者: 人生依存
エピローグ
49/50

春紫苑


「ちょっと!早くしないと入学式に遅れるよ!初日に遅刻とかありえないから!」


 騒がしい母の怒鳴り声で僕は嫌々と目を覚ました。

 まだ眠いと訴えるようになかなか思考は覚醒せず、半ばボケた状態で身支度をする。

 ドライヤーとヘアアイロンで寝癖を直して髪の毛を整える。


 母が作ってくれた朝食の目玉焼きだけを食べ、僕は新品の学生服に袖を通す。

 胸元のポケットには中学生らしく長方形の小さな名札をつける。

 よし、これで多分完璧だ。


 登校カバンに筆箱と空のクリアファイルを入れ、僕は真白なスニーカーを履いて家を出た。

 今日から僕は中学生だ。


 何故だかは分からないけれど、僕は昔から中学生になりたくて仕方がなかった。

 そこに何か特別な事象があるのだと直感的に感じていて、理由を上手く示す事はできないけれど、それでも僕にとって中学生というのは何かが特別だった。


 他の入学生に流されるようにして校門をくぐり、玄関先に貼られたクラスの振り分け票を見る。

 僕は…………一組だ。


 ふと、同じクラスに書かれた菱野加奈という名前に目がいく。

 自分でもよくわからないけれど、胸の奥がモヤモヤとするのを感じた。


 昇降口で上履きに履き替え、慣れない校舎をペタペタと足音を立てながら歩く。

 不思議と道には迷わなかった。

 それはきっと、他の生徒の流れに従ったからだ。

 特別おかしなことではない。


 トイレの前に差し掛かった時、女子トイレから人が出てきてぶつかりそうになった。

 危ない危ないと思いながら胸を撫で下ろしていると、歩き去っていくその女子生徒がハンカチを落としている事に気がついた。

 無地の可愛げのないハンカチだ。

 僕はそれを拾い、女子生徒に近づいていく。


「ねぇ、これ落としたよ」


「……え?」


 女子生徒はスカートのポケットを探り「あ、ほんとだ」と興味なさそうに呟く。


「……ありがと」


 僕からハンカチを受け取った女子生徒の顔を見て、僕はなんだか胸が熱くなった。

 綺麗な黒髪を短めに切り揃えメガネをかけたその生徒を見て、僕は言い得ぬ幸福感を覚えた。


 嗚呼。これがきっと一目惚れってやつなんだろう。


 そんな青臭い事を、僕は幼い中学一年生の頭で考えた。

 踵を返し、この場を離れようとする少女を僕は呼び止める。


「ねぇ。君って一年生?」


「……そうだけど」


 訝しむようにこちらを見る少女の顔はとても綺麗で、僕は自らの頬が急激に熱を持っていくのを感じた。

 そして、ドキドキと暴れ回る心臓をなんとか説得し、僕は勇気を振り絞る。


「名前、聞いてもいいかな」


「……なんで?」


 少女は首をかしげる。


「なんでって、それは……その……君と友達になりたいからだよ」


 僕が恥ずかしさを隠しきれないままに言ったその言葉に、少女はクスリと笑った。


「私は菱野加奈ひしのかなって言います」


 少女は胸に手を当てながら自己紹介をした。

 その仕草の一つ一つが美しく、僕はまた見惚れてしまう。

 

 少女が口にした名前はついさっきクラスを確認した際に見た名前と同じで、やっぱり僕はこの少女に運命のようなものを感じているのだと思った。


「僕は柴谷大器しばたにたいきです」


 僕も少女を……菱野さんを真似て胸に手を当て自己紹介する。

 そして、僕は改めて言葉にした。

 僕自身の気持ちをしっかりと言葉にした。


「僕と友達になってください」


 恥かしながらも何とか言い、右手を差し出す。

 手のひらに冷や汗が滲んで恥ずかしさが増す。


 ガチガチになって差し出した手を見て、菱野さんは再び小さく笑う。

 若干だけれどつり目であるせいかキツい印象はうけるものの、笑うその表情は柔和で、笑顔から受ける印象で言うのであればこの少女は優しそうだ。


 菱野さんは僕の告白じみたお誘いに返事をしようと、僕と同じように右手を持ち上げ、小さく息を吸い込んで可愛らしいその口を開いた。

 

 



 僕はまだ、この時の少女の表情かおを覚えている。






 今でもまだ、僕の隣で時折同じ表情を見せてくれるから。







                         幸せのあり方    終


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