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幸せのあり方  作者: 人生依存
最終話:うん。おやすみ
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第四節

 さらに一年半もの時間が過ぎ去った。

 これと言って問題も起きる事なく、平和なままで時間は流れた。


「メリークリスマス」


 部屋着のままサンタの帽子をかぶった加奈が、クラッカーを手にその整った顔に小さく笑みを浮かべながら言う。


「メリークリスマス」


 僕はその様子がなんだかおかしくて、思わず笑みが零れた。

 火薬は既に、弾けた後だ。


 高専に通う僕たちは四年生になり、十九歳を迎えた。

 加奈が死ぬタイムリミットまでは残り一年と数日だ。


 何故だかわからないけれど今年は大輔の墓参りには行かなかった。

 別に用事があっただとか忙しかったとかではないけれど、どちらも墓参りに行こうと口にする事はなかった。

 僕たちは、前に進んだのだろうか。


「今日は……さ、ちょっとだけ料理をしてみた」


「加奈が?」


「うん」


 早く来てと腕を引かれ、僕は狭いリビングへと向かった。

 勉強机を兼ねている足の短い四角いテーブルにはアヒージョやグラタン、チーズフォンデュのセットなどが並べられていて、テーブルの真ん中にはケンタッキーの袋がドンと置かれていた。


「ずいぶんとメインを怠けたね」


「大丈夫。ケーキも怠けてるから」


 ドヤ顔で親指を立てる加奈に苦笑いを返し、僕たちは向かい合うように地べたに座った。


「美味しい?」


 グラタンを頬張る僕を見て加奈が心配そうに聞いてきた。


「うん。思ったよりね」


「ならいいや」


 満足したように加奈も箸を進める。


 一時はどうなるかと思った。

 去年の頭あたりまでは加奈は大輔を忘れられずにいて気分が落ち込む事が多々あった。

 それに影響されるように僕の気分も沈んでしまって、僕は僕の思い描く幸せを実現する事に失敗してしまったのだろうかとも思った。


 けれど、加奈は去年の墓参り以降は人が変わったように明るくなった。

 まるで大輔への未練を振り切ったかのように。

 または、大輔への未練を振り切ろうとするように……


「はいこれ、クリスマスプレゼント」


 食事を終え、二人でクリスマス特番のクイズ番組を見てる最中、綺麗にラッピングされたプレゼントの箱を僕は加奈へと渡した。


「あ、ありがとう。じゃあ私も」


 それを受け取り、加奈も思い出したようにラッピングされた箱を手渡してくる。


「開けてもいい?」


 僕が聞く。


「もちろん」


 加奈が答える。


「開けてもいい?」


 加奈が聞く。


「もちろん」


 僕が答える。


 そうやってわざと回りくどい過程を経て、二人で面白おかしく笑いながらリボンをほどき、セロハンを丁寧に剥がしてラッピングを解いた。


 中から出てきたのは全く同じアクセサリーブランドの箱。

 ぼやけた黒色の箱に金色で刺繍が施された量産的な箱。

 僕たちは目配せをしながら二人でせーのと箱を開けた。


 箱の中から出てきたのはアゲハチョウをモチーフにしたピアスで、僕はそのピアスに見覚えがあった。


「……ありゃ」


 加奈も薄々気がついていたようで、「やっぱりかぁ」と声を上げる。

 そして、僕があげた箱の中身を親指と人差し指でつまみ上げ、「おそろい」と言った。

 その手はアゲハチョウをモチーフにしたピアスをつまみ上げており、僕があげたものと僕が貰ったものが同じものである事を再確認させてくれる。


「まさか同じものを選んでくるなんてね」


 そうやって楽しそうに笑う加奈を見て、僕は幸福感に満たされるとともに喪失感に近い感情を覚えた。

 こんなに楽しくて幸福な日々はあと一年ほどしか続かない。

 その頃には加奈は死んでしまう。

 一度僕が殺してしまったから、加奈は確実に命を落とす事になる。

 それは避けられない。


 僕はあの時、病院の屋上を去ってからというもの、何度となく幸せについてを考えてきた。

 僕にとっての幸せのあり方を何度も何度も考えてきた。

 そして、僕は僕の幸せのあり方を見つけた。


 平凡でありふれていて、考えようと思えば誰でも考えることのできる幸せの基準。

 それを口に出せば「そんなこと?」と誰かに笑われかねないほど平凡な幸福。

 僕はそれを見つけたからこそ、残り二回だけ力を使うと決めた。


 そして、その二回で僕が望んだ僕の幸せは……


「……そういえばさ」


 思い出したように加奈が言う。


「大晦日ってバイト?」


「ううん。違うよ」


「そっか」


 加奈がホッとしたように微笑むのがわかる。

 そして、言おうか言うまいかもじもじしながら迷ったあと、加奈はその血色の良い唇を動かして言葉を紡いだ。


「じゃあさ、大晦日にも泊まりに来ていい?」


 僕は迷わずに「いいよ」と返した。


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