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幸せのあり方  作者: 人生依存
第2話:クリスマス
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第一節

 初めて生き物を殺した時には自分の力について意識することなどなかった。

 自分がたまたま予知夢か白昼夢のどちらかを見ていたのだろうと、そんな程度にしか考えなかった。

 僕が自分の力を意識し始めたのは、僕が初めて人間を殺してしまった時だ。

 それは僕に人生初めての彼女ができて最初の春の出来事だった。


 その日、僕はサークルの飲み会に参加していて、かなりの量の酒を飲んだ。

 自分ではまっすぐに歩いているつもりでも、膝に力が入らずに、知らずのうちにフラフラしてしまうほどには酔っていた。

 なんとか家に帰ろうと思い、酒を飲まなかった友達に付き添ってもらいながら電車に乗って帰ることにした。

 駅のホームで電車を待っていた時、僕は列で二番目に並んでいた。

 塾帰りなのかはわからないが、有名な私立高校の制服を着た女の子の後ろだった。

 春の時期はこうなのか、終電だというのに人が多かったのを覚えている。


 友達がトイレに行っている間、僕は一人で電車を待っていたのだが、事が起きたのはそんな最中のふとした瞬間だった。

「間もなく列車が通過します」というアナウンスが駅のホームに鳴り響く中、僕の後ろを、誰かが通り抜けようと無理やり押しのけてきた。

 多分、相手はそこまで力を込めていたわけではなかったのだろう。

 しかし、いかんせん僕は極限まで酔っていて、ちょっと後ろから押されただけだとしても、耐えることなどできなかった。

 僕はバランスを崩してしまい、転びそうになった。

 なんとかバランスを取ろうとして、何かにつかまろうと素早く手を伸ばしたのだが、運が悪く、僕の伸ばした手は僕の前に並んでいた女の子の背中を突き飛ばしてしまう形となった。

 女の子は声も出すことができないほどに驚いていた。


 僕に背中を押された女の子はホームから線路へと落ちていく中、こちらを振り返り泣きそうな顔になっていたのを覚えている。

 そして、ホームの上から女の子の姿が確認できなくなるのと同時に、目の前を貨物列車が通過していった。

 次の瞬間、僕が瞬きをすると、前に猫を殺してしまった時と同様、時間が戻っていた。

 ただ、この時は猫の時のように数時間だけ遡るというわけではなく、時間が数日単位で巻き戻っていた。

 もうかなり前のことだから詳しくは覚えていないけれど、多分三日ほど過去に遡ったのだと思う。


 僕は猫の時と同じように、目の前で女の子が亡くなったことを夢か何かだと思い込んで三日間を過ごした。

 だけど、また僕の目の前で、サラリーマンに押しのけられてバランスを崩した僕のせいで女の子が死んでしまった。

 そして、再び三日前に戻った。

 この時はあまりにも大きな事柄だったため、僕は事態が信じられず、何度遡っても夢か何かなのだと思い込み続けてしまった。


 結局、僕は六回ほど駅のホームで女の子を突き飛ばす形になってしまい、彼女を殺してしまった。

 さすがの僕もここまでくると、遡る瞬間からも推測して、女の子を殺したから遡っているのだろうと理解した。

 僕は七回目にして、駅のホームで列に並ぶのを少し待って前から四番目ほどの位置に並んだ。

 さらには、並ぶ列も別の列に変更した。


 だが、ホームにアナウンスがかかり、遠くから貨物列車の明かりが近づいてきた頃、僕の右の列、つまりは六回目まで僕が並んでいた列の前の方から小さな悲鳴が聞こえた。

 僕がそちらを見ると、一番前に並んでいた女の子が、後ろに並ぶサラリーマンとぶつかってしまい、バランスを崩して駅のホームから落ちてしまった。

 その光景を見て、冷や汗をかいた。

 ぶつかったサラリーマンは助けようとしない。


 僕がヤバイなと思った時には遅かった。

 すでに貨物列車は駅を通り過ぎていて、駅には悲鳴と嫌な匂いが充満していた。

 その時は、僕は過去に遡ることがなかった。

 僕の考察は確信に変わりつつあった。


 女子高生が貨物列車に轢き殺された事件から一週間が過ぎた頃。

 僕は忙しい学生生活の中で何とか時間を見つけ出し、レンタカーを借りて地元の山へと向かった。

 山へと向かう理由は自分の考察を証明するためだ。


 レンタカーは借りる際に安い保険料を払っておけば、事故をした際にも修理費用を払う必要がないと聞いたことがあった。

 自分の車を持っているのにレンタカーを借りたのはそのためだ。

 僕は鹿がよく出没することで有名な地元の山へと車で侵入していく。

 山といっても、グニャグニャとした山道ではなく、山に囲まれた集落のことだ。

 僕たち地元の住民は、その集落のことを山と呼んでいる。

 田舎の中でも際立って田舎だったからだ。


 どこを見ても山と田んぼと古民家しか見当たらない。

 おそらく、小説や長編アニメ映画に登場する田舎というのはこう言った田舎なのではないだろうか。

 夏は不思議な体験ができそうだ。


 どこまでも続きそうなまっすぐの田んぼ道を、車のアクセルを思いっきり踏んで駆け抜ける。

 幸い、長いこと車を走らせる必要もなく目的のものと遭遇することができた。

 そもそも、簡単に遭遇できるようにわざわざ夜中にやってきたのだ。


 まだ肌寒い春の夜空には多くの雲が浮かんでいて、夜の色を映し出して黒く染まっている。

 その隙間からは三日月がほんの少しだけ顔を出していて、僕の奇行を見守っていた。

 僕は、補装されていない田んぼ道の真ん中で草を食べている鹿に向かって思いっきり突っ込んでいった。

 百二十キロは出ていたのではないだろうか。

 爆音といっても過言ではないほどの大きな音が山々に響いた。

 衝撃で車のエアバックが作動し、僕はエアバックと座席の間に挟まれた。

 さすがに速度を出しすぎたのか、首を痛めた。


 僕は痛む項を左手で押さえながら、右手で運転席の扉を開き、車から降りた。

 車の正面に回って確認すると、車は何か特殊な機械でプレスしたのではないかと思うほどにベコベコに凹んでいた。

 前方には口から血を吐き、前足が良からぬ方向に曲がって鹿が横たわっている。

 既に呼吸は浅かったが、呼吸が止まるまで待つ時間はない。


 僕は車に戻り、助手席に置いていたカバンから新聞紙に包まれた包丁を持ってくると、新聞紙をそこらの田んぼに投げ捨てて包丁で鹿の首を刺した。

 少し暴れたが、首と腹と、あとは心臓がありそうな場所を何度も何度も刺した。


 鹿はすぐに呼吸が止まった。

 僕は酷い眩暈に襲われ、一回だけ、長い瞬きをした。

 じっくりと味わうように瞳を閉じ、再び持ち上げると、僕はレンタカーを借りた店にいた。

 状況を見るに、受付の途中に戻ったのだろう。

 時間にしておよそ四十分程度だ。


「ご希望の車種はありますか?」と言う店員さんに謝り、僕はすぐに店を出た。

 証明のための確認をたった一回の検証で終わらせてしまうのはどうしても信ぴょう性に欠けてしまうのだが、今はとにかく同じことを何度も繰り返している心の余裕はなかった。


 僕は包丁が入ったカバンを持ち、愛車に乗って地元へと向かった。

 地元の山は生き物の宝庫だからだ。

 今はとにかく、様々な実験を行うべきだと思った。

 そう思った理由は単純で、女子高生を殺してしまった時と猫を殺してしまった時、鹿を殺した時とで、それぞれ遡る時間が違ったからだ。


 そして、この時から僕は様々な生き物を殺した。

 もちろん人間も殺した。

 何を殺せばどれだけ遡るのか、誰を殺すと長く遡るのか、殺して殺して殺し続けて、僕は学んでいった。

 動物園の檻の中に忍び込んだし、ペットショップのブースにも入っていった。


 実験結果わかった事はこうだ。

 人間に近い形の生き物ほど、殺した時に遡る時間は長くなり、より過去へと遡ることができる。

 猿やゴリラは十二時間前後遡るが、犬や猫は長くても三時間。

 鹿や猪などは五時間でクマは九時間。クマは民家で猟銃をくすねて殺した。


 人間の場合は、殺す人間が自分に近い存在であるほど、殺した際に遡る時間が長くなった。

 街中ですれ違っただけのサラリーマンは一日程度しか遡らなかったけれど、近所のおばさんは三日ほど遡れたし、アパートの隣人は一週間近く遡ることができた。

 身近な人間では、親戚を殺すと二週間遡り、友人を殺すと三ヶ月遡った。

 ただ、どの生き物も同じものを何度も殺すことはしなかったから、確実にこれだけ遡るとは言うことはできない。


 僕は二ヶ月ほどかけて様々な生き物を殺し、自分の能力をだいたい把握した。

 しかし、その頃には能力のデメリットを知ってしまった。

 殺した生き物が次の周以降で死んでしまうというデメリットだ。


 周を重ねるにつれ、殺したことのある人間が、僕は手を下していないにも拘らず僕が殺したのと同じ日付と時間に命を落としていた。

 そのことに気づいたのは、親戚を殺した後だ。

 何度周を重ねても親戚が命を落とし、葬式に呼ばれた。

 葬式の日付は何回やり直しても同じで、命日を聞いても一定だった。


 こうして、僕は自分の能力の本質を知った。

 僕は生き物の死ぬ時間を決めてしまうことのできる存在だ。

 この頃から、僕は自分のことを死神のような存在だと思うようになった。


 最初の頃は、生き物を殺すたびに殺した数をカウントしていた。

 殺しておいてこんなことを言うのはおかしいかもしれないが、少なからず僕は罪悪感というものを持っていたのだ。

 けれど、そんな感情は次第に薄れていった。

 何においても、慣れというのは怖いものだ。


 少しずつだが、確かに時間は過ぎ去っていった。

 自分の力の断片に気がついた初めての日からはちょうど一年が過ぎた。

 大学二年生の冬。クリスマスの一週間前。十二月十八日。


 僕は昨年と同様、大輔と共に恋人へのクリスマスプレゼントを買いに来ていた。

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