第二節
彼女へのクリスマスプレゼントを買うこともせず。
自動販売機で温かいコーヒーを買うこともせず。
僕はまっすぐと車を目指した。
大輔を家まで送った後、今度はきちんと速度規制を守って運転した。
猫が飛び出ても対応できるように、周りに注意を払って丁寧に堤防を運転した。
結局、猫を撥ねるどころか、そもそも猫すら見かけることなく家に着いた。
猫を撥ねることがなかったからなのか、体に不調は現れなかった。
結局、この日はテレビをつけることなく、スミノフに手をつけることなく、日付が変わる前に眠りに落ちた。
朝になって目が覚め、それから僕は車の確認に向かった。
もし、猫を撥ねてしまっていたのだとしたら、車には凹みがあるだろうと思ったからだ。
けれど、車には凹みはなかったし、それどころか猫の血すら付いていなかった。
まだ僅かに呼吸をしていたあの白い猫から流れ出ていた真っ赤な血を思い出す。
車が偶然凹まなかっただけなのだとしても、猫は出血をしていた。
少量とはいえ、血が車体に付いていないとおかしい。
ならば、猫を撥ねてしまったあの出来事の方が夢だったのだろうかと思考する。
だが、それこそありえない。
あの出来事の方が夢だったのだとしたら、僕は大輔との会話の途中で夢を見ていたことになる。
そんな会話の途中で夢を見ていただなんて、それは話途中に眠っていた事と同義だ。
そうでないのなら、僕は白日夢を見ていた事になる。
ますますありえない。
結論の出ない思考にモヤモヤしながら冷蔵庫の中を確認すると、買い溜めしてあるスミノフは減っていなかった。
テレビもきちんと消えていた。
起きてすぐに車の確認に行ったのだから、テレビのリモコンにはまだ触れていない。
つまり、昨夜からテレビは消えたままだということだ。
現状、僕の記憶には全く同じ時系列に二つの出来事が存在している。
どちらの出来事も僕の身に起きたものであり、どちらも夢ではない証明が仮にではあるができてしまっている。
これじゃあまるで、僕が時を遡って同じ時間を二度体験したかのように見える。
ただ、小説でもあるまいしそんなファンタジーはありえない。
この日は朝からバイトが入っていた為、まだ前日にした不思議な体験についての思考結論が出ていないが、僕は準備をした。
もしどちらかが夢であるのならば、猫を撥ねてしまったほうが夢でありますように。
そう願って家を出て、堤防を走ってバイトに向かおうとした僕は信じ難いものを目にした。
堤防を登ろうとウィンカーを出した所で、視界の端に気になるものが映り込んだ。
正確に言えば視界の右側だが、堤防の舗装された道の脇にある茂みに、一匹の猫の姿が見えた。
血は出ていなかったが、その猫は横たわっており、真っ白な毛並みをして黒い首輪をつけていた。
僕は堤防を上った所にあるちょっとしたスペースに車を停め、行き交う車の隙を見て道を渡り、猫の元へ駆け寄った。
猫はピクリともせず、冷たかった。
僕は行くつもりだったバイトを休み、その猫を連れて動物病院に行ったのだが、やはり手遅れだった。
獣医曰く、死因は心臓発作のようなもので、日付が変わる前には死んでいたそうだ。
これが、僕が初めて生き物を殺し、過去へと遡った時の出来事だ。
この時はまだ、僕は自身の力について気がついてはいなかったのだと思う。
だって、猫を殺して過去に遡ったなんて、誰が一発で推測する事ができるのだろう。
普通は何度も繰り返してようやく確信を得るはずだ。
とにかく、僕が初めて殺した生き物は猫だ。
それ以上でもそれ以下でもなく、この事実になんら特別な意味があるわけではない。
ただ、正確に言えば、僕は猫を『 殺した 』のではなく、『 殺してしまった 』のだ。