第五節
「あ〜あ。ガキ使がもう半分も終わっちゃったなぁ」
そうやって口を尖らせながら、加奈は冷蔵庫に入れない物ばかりを詰め込んだ買い物袋をテーブルに置く。
僕はリモコンのボタンを操作してテレビを点け、「録画してあるんだからそれくらいいいだろ」と加奈に返す。
すると、「まぁ気にして無いけどね」と加奈はニッと笑った。
「だったらそんな意地悪言わないでくれよ」
「だってこうやって大器をからかうと面白いんだもん」
あまり表情を変えずに小さく笑う加奈を「ご飯作るぞ」と言ってキッチンへ連れて行く。
「大器が全部作ってよ〜」と文句を言うが、それを無視してエプロンを渡す。
二人でキッチンに並び、それぞれ作業を分担して料理を作る。
料理といっても、ちょっとした御節と年越し蕎麦を作るだけだからさほど時間はかからなかった。
とはいえ、調理を終えて二人でご飯を食べ始める頃には既に十時に差し掛かろうとしていた。
足の短いテーブルを挟み、僕と向かい合うように座る加奈はしぱしぱと瞬きを繰り返す。
かなり眠そうに目をこすっている。
「もう眠い?」
「うん。少しだけ」
消え入りそうな声で、加奈は頷いた。
「どうしても眠くなったら先に寝ててよ」
「変なことしないでね?」
「しないよそんな事。寝ている人間に変なことをするほど俺は無粋な人間じゃあ無いって」
「ん。じゃあ寝る」
そう言って加奈はよろよろと立ち上がり、部屋の隅に置いてあるシングルベッドへと倒れ込んだ。
せっかく作った食事に手をつけないくらいだから、余程眠かったのだろう。
「あーほら。掛け布団の上で寝ない寝ない。毛布をちゃんと使わないと風邪ひくよ?」
既に半ば眠りに落ちている加奈を説得するように布団に潜り込ませる。
加奈の寝顔は起きいる時よりも感情的に見える。
すごく……嬉しそうだ。
……僕の気のせいかもしれないけれど。
気持ちよさそうに寝息を立てる加奈の寝顔を少しだけ眺めたあと、僕は一人で食事をとり、後片付けをした。
食器を洗い、風呂に入り終えたところで携帯電話が鳴った。
画面に表示された名前は大輔のものだ。
気付けば時刻は日を跨いでおり、特番のガキ使も終わっている。
「もうこんな時間か」
表示された大輔の名前を見て呟く。
毎度恒例になった元日深夜の”彼女と別れました連絡”だ。
僕はいつもどおり通話開始ボタンを押し、電話口に耳を当てた。
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朝になり、肌寒さを感じて目がさめた。
毛布はどうやら寝ている最中に蹴飛ばしてしまったみたいだ。
いや、そもそも自分で毛布を羽織った記憶が無い。
多分、いつの間にか寝落ちしてしまった僕に加奈が毛布をかけてくれたのだろう。
ベッドを見ると加奈の姿は無い。
つまり、既に時刻は昼近くと言う事だろう。
朝は苦手な加奈が既に起きており、姿が見えないという事はもう昼頃だと考えるのが妥当だ。
手の甲で目元をこすり、目頭に溜まった目脂を取りながら洗面台のあるトイレへと向かう。
冷たい水道水で顔を洗い、まだ覚醒しきっていない思考を無理に引っ張りだす。
顔についた水滴をタオルで拭き取りながら僕はリビングへと戻り、気がついた。
「…………あれ。加奈が居ない?」
顔を洗いにトイレへ行き、戻って来る。
それまでの間に加奈の姿は見当たらなかった。
慌ててベランダに出るが、そこにも姿は無い。
もしかしてと思い玄関を見に行くと、加奈の靴はなかった。
「なんだ、外に出てるのか」
コンビニでも行っているのだろうと安堵し、ベッドをソファ代わりにして腰を下ろす。
そこで携帯電話が目に入る。
足の短い机の上に置かれた僕の携帯電話だ。
藍色のケースを身につけているその携帯電話は、充電をしている際に光る部分が光っている。
それも、充電中である事を示す橙色ではなく、着信があった事を示す緑色で。
恐る恐る携帯を手に取り、電源ボタンを一度だけ押して画面を点ける。
そこには着信が六件ありましたと表示されており、画面のロックを解いて詳細を見ると、それら全てが加奈からのものだった。
画面右上に表示された時刻は午前の七時五十六分。
いつか、駅のホームで背に滲んだのと同じような冷や汗が、今も背に滲むのを感じた。
非通知設定をしてあるLINEを開き、加奈からメッセージが届いていないか確認をする。
すると、一件だけ。
一件だけ、加奈からメッセージが届いていた。
メッセージの内容は非常に簡素なものであり、ただ一言『 ごめん 』と、それだけ。
言葉の意味を理解しようと必死になって思考を巡らせる。
だが、答えは見つからなかった。
その時、僕に答えを教えようと申し出るかのように携帯電話が鳴った。
画面には名前が表示されず、電話番号のみが表示されている。
電話帳に登録されていない人からの着信だ。
電話に出ると『 大器君かい?! 』と加奈の父親の声がした。
変に、慌てた様子の声だった。
「はい。大器です。どうかされましたか?」
『 すぐに! すぐに加奈を探してくれないか! 』
どうも言葉から話の全体像が見えない。
「落ち着いて下さい。何があったんですか?」
『 加奈が失踪したんだ 』
「失……え? 加奈ならきのうの夜から俺といましたけど……」
確かに、加奈は昨日僕と居た。
そして、確かにこの部屋で眠った。
今僕が腰かけているシングルベッドで。
『 そうじゃ無い。そうじゃ無いんだ。今朝、自殺をするっていうLINEを送ってきてから、加奈と連絡がつかないんだ! 今そっちに加奈は居るかい? いないならすぐに探してくれ! 止めないと 』
加奈の父親が言っている事を、僕はすぐに理解できなかった。
何を言っているんだ。
何が起きているんだ。
どうして?
加奈から彼女の父へ送られたの不穏な連絡の話を聞いた数時間後。
一向に帰ってくる様子の無い加奈を探して家の周辺を歩き続けていた時。
突然、携帯電話が鳴った。
僕らの通う大学からの連絡だった。
そうして、大学からの連絡で僕たち”関係者”が集められた。
大学内の敷地内で起きたという”事件”の関係者が。
その事件は女生徒が一人、死体で発見されたと言う事件だった。
僕たち関係者は、その事件の事情聴取のために元日早々に大学へ召集された。
事件の当事者であるその女生徒、菱野加奈と深い関係にある人間が、事件の関係者として大学に呼び出された。
大学に集められた僕らは幾つかの複雑な話を聞かされ、数時間振りとなる警察からの事情聴取を受けた。
だが、この辺りの話はまた別の機会にでも語れば良いだろう。
事のつまり、加奈は再び死んだ。
その最悪の結末を避けられたと思っていたのに。
何故か加奈は死んだ。




