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幸せのあり方  作者: 人生依存
第6話:希うは幸福な結末
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第四節


 調子が外れたようなチャイムの音が鳴り響く。

 少しだけ時間を置き、建物の中から「はーい」という気力のない返事が返ってきた。

 まだ数えるほどしか訪れたことのない加奈の家だ。

 ドタドタと騒がしい足音が聞こえてきた後、玄関の鍵がガチャリと開く。


「ごめんごめん。待った?」


 そう言いながら出てきた加奈は上下がスウェット姿だ。


「まだそんなに待ってないけど、寝起き?」


「んー。まぁね」


「まぁねって、もう十一時だよ?」


 加奈の家の玄関は南に向いており、僕の真後ろの空高くで太陽が元気良く輝いている。

「もう十一時だよ?」という僕の言葉に対し、「そう堅いこと言わない」と言いながら、加奈が小さくあくびをする。

 相変わらず、朝には弱いらしい。


「まぁ、私が朝は苦手ってもうずっと前から知ってるじゃん」 


「知ってたけどさ……まぁいいや、それよりも早く支度をしなよ」


「え〜」


 以前はクールな人柄だった加奈だが、最近はこう言った子供っぽい部分をよく見せてくれる。

 嬉しいといえば嬉しいし、理由もない変化に寂しいといえば寂しい。


「え〜じゃないよ。ほら、早くしないと加奈が観たいって言ってた映画に間に合わないよ」


「ん〜。今日じゃなくてもいい気がしてきた」


 欠伸を噛み殺しながら、唇を尖らせて加奈はそんな事を言った。

 僕はとりあえず、加奈にデコピンをした。


「それを言われたら俺は何とも言えないけど、とにかく支度してきなって」


 愚図る加奈を何とか着替えに行かせ、僕は一旦、エンジンをかけるために家の前に止めてある車へと向かう。

 加奈が行動を始めるまでもう少し時間が掛かるだろうと思っていたから、ガソリンが無駄にならないようにエンジンは切っておいたのだ。

 けれど、予想以上にすんなりと加奈が準備に向かってくれたから、ただの杞憂でしかなかった。


 空は晴れているものの、大晦日というだけあって気温はかなり低い。

 天気予報によれば所によって氷点下に至るそうだ。 

 寒さから逃れるように車に乗り込み、エンジンをかけて待っていると、然程時間が経たないうちに加奈が簡素な服装でやってきた。

 ジーパンに白いニットの服をあわせており、その上から大きめのコートを羽織り、首にはマフラーを巻いている。

 加奈は着る服に悩んだ時はだいたいこの服装だ。


 手の甲で目元をこすりながら反対の手で車の扉を開ける加奈に「もう映画に間に合わない時間だよ?」と意地悪を言ってみると、加奈はショックを受けたような表情で「え、嘘?! 観たかった……」と言っている。

 いや、さっきまで今日じゃなくてもいいとか言ってたのに本当は観たかったんかい。

 そんなエセ関西弁みたいなツッコミは声に出さずに胸の奥へ仕舞っておき、「冗談だよ」とだけ言って車のギアをパーキングからドライブへと動かす。


 前日までに降った雪がわずかに残る堤防をしばらく走らせ、僕達はいつやら大輔と二人で訪れたショッピングモールへと向かった。

 時刻は既に正午過ぎ、さらには大晦日というだけあって、モール内は多くの人でごった返していた。

 年越し蕎麦の材料を買いに来る人。

 頼んであったおせちを受け取りに来る人。

 大晦日だからと外食をする人。

 年末セールでなにか安く買えないかと様子を見に来た人。


 様々な目的で多くの人が集まる中、僕たちは何とか人混みをかき分けて映画館へとたどり着いた。

 案の定と言って良いのか、映画館も多くの人で溢れかえっており、目的の映画を観れるかはかなり怪しいところだ。

 加奈は「マイナーな映画だから大丈夫」と言っていたが、正直、この時期はマイナーな映画だからと油断していると案外観れなかったりする。

 一周目で一人映画を極めた僕が断言しよう。


 そしてこちらも案の定……


「すみません。こちら席の方が埋まってしまっておりまして」


 申し訳なさそうにマニュアル通りのセリフを読み上げるお姉さんによって、目的の映画を観られないという事実を告げられた。

 この時期に映画館に来る人は観たい映画があって来る人と、とにかく時間を潰したくて来る人の二種のうち、後者の方が多かったりするのだ。

 つまり、マイナーだろうとメジャーだろうと、面白くてもつまらなくても、とにかく時間さえ潰せるのなら客は集まってしまうのだ。


 この時の残念がる加奈の顔は、何とも可笑しくて、僕は少しだけ笑ってしまった。

 加奈を説得して別の映画を観た後、モール内のスーパーで食材を買い、二人で他愛もない会話をしながら僕の暮らすアパートへと向かった。

 財布から鍵を取り出し、自室を開けようとノブにつけられた鍵穴に鍵を差し込む。


「あれ?」


 そこで気がついたのだが、既に扉の鍵は開いていた。

 不思議に思いながらノブをひねり、扉を開けたところで一周前の話が頭に浮かび上がった。


『 加奈が通り魔に刺された! 』


 そんな大輔の慌てるような声が、鮮明に、僕の脳裏へと滲み出てくる。


 僕の様子を見て首をかしげる加奈に「ごめん、少しだけ玄関で待ってて」とだけ言い残し、僕はゆっくりと警戒して自室へ上がった。

 ただでさえ寒い部屋の中がより肌寒く感じる。

 きっと、何かの錯覚だ。


 玄関先に取り付けられたスイッチで部屋の明かりをつけ、靴を脱ぎ捨てて真っ先に台所へと向かう。

 コンロの下にある扉を開き、包丁の数を確認すると……一本足りない!


 今日は珍しく包丁を持つことなく家を出た。

 だから、今この場で包丁が足りないということは、誰かが家に侵入して持ち出しているということになる。

 手のひらに滲む冷や汗を服で拭い、僕は残っている包丁の中でいちばん刃が長いものを手に取る。

 もしも包丁を持ち出した犯人と遭遇した場合、先制して攻撃を与えるためだ。


 包丁を持ったまま再び玄関に戻ると、加奈は「どうして包丁なんか持ってるの?」と不思議そうにしている。


「ごめん、もう少しだけ待ってて。誰かがいる。包丁も一本足りない」


「泥棒?」


「わかんない。とにかく、危ないからそこに居て」


「警察呼んだ方がいい?」


 心配そうに聞いてくる加奈に、僕は頷く。


「一応お願い」


「ん。わかった」


 携帯電話を耳に当てた加奈を背に、僕は再びゆっくりと歩き始める。

 まずは、玄関に一番近い扉を開けた。

 トイレと脱衣所が併設された部屋だ。

 その部屋には犯人の姿はなかった。


 次いでその部屋の中にある扉を開ける。

 風呂の扉だ。

 しかし、やはりそこにも犯人の姿はない。


 すぐに廊下へと戻り、リビングに入る。

 リビングに入ってすぐ右手にある台所は、先ほど確認した時に無人だった。

 ならば、隠れることのできる場所はあと二箇所しかない。

 リビングに入ってすぐ左手にあるクローゼットの中とベランダだ。

 ベッドの下は収納スペースになっているため、隠れることなどできない。


 ゆっくりとクローゼットに近づき、一思いに開ける。

 しかし、そこには服がかけてあるのみで誰かが隠れている様子はない。

 念のため奥まで手を突っ込み、誰かがいないか確認をするが大丈夫なようだ。


 ベランダも窓を開けることなく確認したあと、ベランダに出て確認をしたのだが、そこには誰の姿もなかった。

 ただ、朝出発する前に閉めたはずの窓の鍵も何故か空いていた。

 どうやら、犯人は玄関の鍵を何らかの方法で開けて侵入したあと、包丁を持ってベランダからこの部屋を出て行ったようだ。


 そして驚くべき事に、犯人はただ包丁だけを持ち去って僕の部屋を後にしていた。

 PCやら腕時計、テレビなどの高価な品が部屋には置いてあるのだというのに、犯人は何かを壊すだとかそう言ったことは一切せず、何故か包丁だけを持ち去っていた。


 一体誰が何のために? それを深く考える間も無く、パトカーのサイレン音が近づいてきた。

 玄関へ行くと、「誰かいた?」と加奈が心配そうに聞いてきた。


「いいや、誰もいなかった


「単純に鍵をかけ忘れただけじゃないの?」


「そんなことは無いと思うんだけどなぁ」


「本当にぃ?」


 僕をジト目で見てくる加奈と共に、気怠そうにパトカーでやってきた警官と話をした。

 何があったのかを説明した後、警官に怒られた。

 まともな情報もないのに呼ぶな。

 家の鍵を閉めて外出したのに、鍵が開いてて包丁もなくなってたなんて、それだけの情報じゃあ事件としては取り扱えない。

 もし事件なのだとしても、犯人の様相もわからないのに通報するな。

 警察は暇じゃあない。


 そうやって、一般人の僕たちからしたら理不尽にしか思えない警官からの説教が終わる頃には、時刻は既に夜の九時を回っていた。


 今でもよく遊ぶ幼馴染の三人と、四人で中学時代に夏祭りに行ったんです。

 その帰りに、コンビニで偶然ですが万引きに遭遇してしまい、僕らは二手に分かれて犯人の確保に向かいました。

 万引きを直接見たという一人と僕が二人で走って逃げた犯人を追いかけ、残りの二人がコンビニの店員さんや警察を呼びに行きました。

 それからしばらくして、万引き犯が街灯もない暗い場所へ逃げたからと、追いかけていた組の僕らは追跡を諦めました。

 ただ、服装とどの方角から来たか、それから顔立ちだけは覚えていました。


 それから、僕たちはやってきた警察に保護され、そのまま事情聴取を受けました。

 人生で初めてパトカーに乗った瞬間ですね。

 コンビニにで何があって、犯人はどういった人物で、何を持って行ったのか。

 それらの話をしました。

 ですが、最後に僕らは怒られました。


「犯人の家も分からないのに警察を呼ぶな。中途半端に追いかけやがって。だったら最初から追いかけないか最後まで追いかけるかのどっちかにしろ。捜査網が広がって何もできないだろ。同じ顔して同じ服を着てる奴なんか、いくらでもいるんだ。顔や服装で捕まえられるはずがないだろ」


 警察の言っていることは決して間違いではないのだと、当時学校の成績が悪かった僕ですら分かりました。

 さらに言えば、この叱りは僕らの身の安全を配慮しての、危険なことはするなという叱りであることも分かりました。

 ただ、それ以上に、正義の味方である警察に声を荒げて怒られたその衝撃の方がすごくて、この思い出は今でも僕の中で巣食っています。


 だから何だという話ですが、まぁただの小話とでも思ってください。

 また次話でお会いしましょう。

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