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幸せのあり方  作者: 人生依存
第6話:希うは幸福な結末
24/50

第一節


「いやぁ。もう五年も経ってんのか……」


 ハイボールの入ったグラスを僅かに傾けながらしみじみと言う大輔に、僕は「何がだよ」と返す。

 続けて最後に一つだけ残っていたポテトを口に放り込む。

 これで、二人で食べるには少し多すぎる量の料理がようやく全て片付いた。


「ん? 何ってあれだよ。お前と加奈が付き合ってからもう五年が経ってるって話だよ。正直なところ一年二年続けばいい方だと思ってたんだ」


「あぁ……俺もこんなに長く続くなんて思ってなかったよ。たぶん、一年も経たずに捨てられるんだろうなってずっと考えてた」


「いや、あいつがお前を捨てるような事は絶対にねぇよ」


 そう笑いながら大輔は僕の肩をポンポンと叩く。

 いつかと同じファミレスで、いつかと同じ服装で、僕と大輔は向かい合うように座っている。

 日付はクリスマスの一週間前。

 ”前回の今日”と同じように、僕たちはそれぞれの恋人へ渡すクリスマスプレゼントを買いに来ていた。


「さてと、そろそろいい時間だな」


 大輔はそう言いながら立ち上がり、伸びをする。

 僕も大輔に倣って立ち上がり、大輔とは異なって時計に視線を送る。

 壁際の柱にかけられた時計は八時過ぎを示しており、ショッピングモールの閉店時間まで一時間も無い事を僕へと知らせてくれる。


「この後どうする? ウチで呑むか?」


 大輔が旨そうに酒を飲むのを見て、僕も少しだけ酒を飲みたくなった。

 だから僕の家で酒でも飲まないかと聞いたのだが、大輔は気まずそうにかぶりを振った。


「あー。いや、今日はやめとく」


「なんか用事あるのか?」


「いや、とくに用事は無いけどさ、明日が一限からなんだよ」


「あぁ、なるほど」


 それは仕方がないと思い、僕はこれ以上誘う事はしなかった。

 

「でさ、大学に行きやすいように今日は薊の家に泊まるからさ、実家じゃなくてあざみの家まで送って行ってくれよ」


「お前さ、そういうのは前もって言ってくれよ」


「いいじゃねぇかよ。お前ん家と薊の家なんてほとんど場所一緒なんだから。道路一本ズレてるくらいだろ?」


「まぁそうなんだけどさ……」


「じゃあさっさと送ってけよ。ほら行くぞ!」


 大輔に急かされるようにファミレスを後にし、車を止めた屋上駐車場へとむかう。

 ショッピングモール内は相も変わらずクリスマスの装飾が施されており、店内に流れる音楽もクリスマスを彷彿とさせるものたちばかりだった。

 皆が皆、迫るクリスマスへと思考の矛先を奪われているのだ。

 その気持ち悪くも当たり前となった光景たちを横目に、僕たちはショッピングモールを歩いていく。


「あ、俺タバコ買ってくるから先に車行ってくれ」


 そう言ってどこかへ行ってしまった大輔を放り、僕は愛車の元へと歩き続けた。

 屋上駐車場に所狭しと並べられた車たちの中から自分のものを見つけ出し、リモコンキーを使って鍵を開ける。

 誰もいない車内に「あー。さっぶい」と言いながら乗り込み、エンジンをかけて暖房を全開にする。

 そこからは、車の中から見えるガラス越しの夜空を暫く見ていた。


 冬という季節柄、夜空自体に淀みはなく、星々が皆輝いて見える。

 ただ、黒い夜空に輝く光の粒たちは車の窓ガラス一枚のせいで皆がぼやけて霞んでしまっていた。

 瞳に映る見慣れた普通の景色を見て、美しいものは障害が一つあるだけで美しさに気付けなくなってしまうものなのかと、僕は柄にもなく思ってしまった。


 ようやく戻ってきた大輔を助手席に乗せ、車は僕の暮らすアパートへ向けて走りだす。

 Bluetoothで流行りの曲を流しながら、車は僕の運命の場所へと向かって行く。


「なぁ。お前なんか安全運転すぎじゃね?」


「そうか?気のせいだろ。安全運転が普通だ」


 なんて返したものの、車が走る速度は制限速度よりもはるかに遅い。

 確かに安全運転が過ぎるかもしれない。

 きっと、後続車がいれば煽られていただろう。

 けれど、幸い今は後続車なんていない。


「なーに言ってんだか。せめて八十は出せよ」

 

「いいや、今日の帰り道は安全運転をしないとダメだって決まってるんだよ」


 そうしなければ、僕はまた同じ過ちを繰り返してしまいそうだから。


 堤防をしばらく走り続けると、僕が自身の力の存在に気がついた場所が見えてきた。

 堤防から降りる脇道の直前、その場所に辿り着いた時、不意に黒い影が視界に入ってくる。

 その場所で”猫”が飛び出してくる事を、僕は既にわかっていた。

 一周目の世界はそうだったから。


 ブレーキをかけ、車を停止させる。

 なんの危なげもなく、車は突然飛び出してきた猫の前に止まった。

 猫はこちらを不思議そうに見た後、そそくさと堤防を渡って向こう側の河川敷へと降りていく。


「なんだった? イタチか?」


 大輔が問いてくる。

 僕はそうじゃあないと首を横に振る。


「いや、猫だよ」


「よく気づけたな」


「なんとなく分かってたからな」


「ふーん」


 五分ほど経ち、車は僕の暮らすアパートの駐車場へと辿り着いた。

「ちゃんと最後まで送れよ」と駄々をこねる大輔に「少しは歩けよ」と言い放ち、僕は車を降りる。


「んんっ、あぁ。やっぱり空が綺麗だな」


「何言ってんだテメェ。酔ってんのか?」


 伸びをして空を眺める僕に大輔が嫌味を言う。


「何に酔うんだよ。ほら、お前明日は一限からなんだろ? 早く行けよ」


「言われなくても分かってるって。じゃあな」


「あぁ。またな」


 眠そうにあくびをしながら薊の家へ向かう大輔を見送り、僕は自室に戻った。

 別段誰かが待っていてくれるわけでもなく、扉を開けると部屋は寂しい暗闇に包まれていた。


 冬という季節なのだから当たり前なのだが、部屋は温かみを持っておらず、寒く、寂しい空気を孕んでいた。

 その空気に感化され、僕の心情も自然と沈み込んでしまう。


 寂しさを紛らわせようとテレビをつけるが、この時間帯のテレビは卑しい内容のものばかりでさらに気分が沈んでしまう。

 もうどうしようも無いと思い、冷蔵庫からスミノフを一本取り出してアルミの蓋をひねる。

 良く冷えた瓶に口をつけ、中の液体を喉に流し込もうと瓶を傾けたその時、不意に携帯電話が鳴った。

 画面に表示された名前は加奈のもので、その名前を見て僕の心はさらに沈んでしまう。


 僕は怖いのだ。

 大きく遡る前、何をどう頑張ったところで加奈は大輔の元へ向かってしまった。

 僕の解釈が間違っているのかもしれないが、加奈は確かに大輔へ浮気をしていた。


 そして、僕はその浮気の原因が二人で過ごしてきた時間が短かった事にあると思った。

 僕と加奈の二人で過ごしてきた時間がだ。

 だから僕は中学時代に遡った際、中学生のうちに加奈に告白し、より長くの時間を共有できるようにと試みた。

 試み自体は成功のはずだ。

 僕は加奈に受け入れてもらう事ができ、前回よりも多くの時間を二人で共有する事ができた。


 でも、僕は不安なのだ。

 僕は間違えないようにと頑張ってきたつもりだが、その頑張りが実は的外れなものだったのでは無いか。

 そもそも、僕が動き始める以前に全ての原因があったのでは無いか。

 結局また、加奈は大輔の元へ向かってしまうのでは無いか。

 そう思えてしまって、不安で不安で仕方がないのだ。


 胸中を蝕む黒い感情を押し殺し、僕は画面に表示された通話開始ボタンを押した。


「もしもし。どうしたの?」


『 もしもし。大器? 』


 聞き慣れた、抑揚の浅い芯の通った声が鼓膜を叩く。


「そうだよ。だって俺の電話だもん」


『 そう……だよね 』


「うん」


 心なしか、加奈の様子が少しだけ変だ。


『 ねぇ。成人式って行くよね? 』


「え、あ、うん。行くよ」


『 そっか……やっぱりそうだよね…… 』


「どうかしたの?」


 加奈は言おうか否かを少し悩み、ゆっくりとした調子で言った。


『 成人式ってあまりいい話を聞かないから、大器は行くのかなって思っただけ…… 』


 不安を感じていた直前の僕を、殴ってやりたい衝動に駆られた。


「なんだ…………そっか。うん、大丈夫だよ。だって俺たちは同じ会場なんだし、同じクラスだったんだから良く無い事が起きるなんて有りえない」


『 そう……そう、だよね 』


「うん。だから変な心配はしなくていいよ」


 電話の向こうで加奈が安堵するように息を吐くのが伝わってくる。

 加奈はよく世間で語られている成人式の噂を気にして、わざわざ電話をかけてきたのだ。

 成人式の浮気率は、とかいう類の噂を。

 加奈がそんな噂で不安を抱えて僕に電話をかけてきてくれたというこの事実は、僕の黒い感情を少しだけ吹き飛ばしてくれた。

 だから、僕はつい勢いに任せて聞いた。


「そうそう。あのさ、加奈は元日って家の用事とかは特に無い?」


『 元日? 元日は特には無いよ 』


「じゃあさ、二人で初詣に行かない?」


『 あ、行きたい 』


 間髪入れない返しだった。

 むしろ食い気味だったまでもある。


「何時からが良い?あんまり朝は強く無いでしょ?」


『 うん。たぶん十時以降じゃないと眠くて頭が回らない 』


「そっか。じゃあ昼からにしようか」


『 うん。それでいい 』


 それから少しだけくだらない話を続けると、やがて加奈から言葉が返ってこなくなり、代わりに寝息が聞こえてくるようになった。

 時刻を確認すると、いつもならば加奈が既に眠っているような時間だ。

 様々な感情が胸の奥底から湧き上がってきたが、僕はそれら全てをぐっと飲み込み、「またね」とだけ言って電話を切った。


 いつしか、心を蝕む黒い感情はすっかりとなりを潜めていた。


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