第四節
「なぁ、明日の自由時間さ、どこに行く?」
昼の休憩時間、教室の自分の席で何も考えずに本を読んでいた僕に対し、大輔が寄ってきて僕に問いた。
「どこに行くって……俺は別にどこでも良いんだけど」
「じゃあ秋葉原でも行くか、お前好きそうだもんな」
「余計なお世話だ。秋葉原はやめとけよ」
「何でだよ。俺もメイドさんとお喋りしたいから秋葉原に行きたいんだよ」
僕は遡る前の何とも言えない思い出を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔になる。
「……いや、あまり良いものじゃあないぞ」
「何でだよ。まるで見たような言い草じゃないか」
「噂に聞いただけだ」
「あっそ。じゃあお前は何か案があるのか?」
「特にないけど、秋葉原だけじゃなくて池袋とか新宿とかあるだろ?」
「あれはダメだ。風俗が多いだけで特に何もない」
「何で中学生のお前がそんなこと知ってんだよ!」
「あれ、そういえば何で俺こんなこと知ってんだ?」
僕の問いかけに大輔が首を傾げる。
大輔が悩むのを見て、僕は言葉にできない不安がこみ上げてくるのを感じる。
中学校生活最大のイベントとも言える修学旅行の初日で、僕は千佳を殺した。
殺して、四日前に遡った。
それから三日間は特にこれといった出来事はなく、僕は大輔と加奈と平和な日々を過ごした。
学校に来て退屈な授業を受け、先生の書いた板書をどれだけ五ミリ方眼のノートに綺麗に書き写すことができるのかと言う挑戦を一人で勝手に行い、授業が終わるとすぐに帰宅して大輔の家に向かう。
そんないつも通りの日常を送り、辿り着いた今日。
修学旅行の前日だ。
遡った辺りから千佳がやけによそよそしくなったが、また旅行先で変な気を起こさないとも限らない。
明日は加奈を一人にしないように気をつけないとダメだ。
「____!!___ぃ!大器!!」
僕が考え事をしていると、大輔が血相変えて僕の肩を揺さぶってきた。
大輔の声が少しの間聞こえていなかったほど僕は深く考え込んでいたようだ。
「おい大器! お前最近多いぞ、大丈夫か」
「何が?」
「何が? って、そうやって上の空になって話しかけても反応しないことだよ! 変な病気じゃないよな?」
「あぁ。僕、そんなに声かけても聞こえていない?」
「…………いや、聞こえていないかはお前しか知らんはずだけど、声をかけても反応がないのは確かだぞ」
「そっか。それは気づかなかったな」
「そっか。ってお前な、いつかその変なボケのせいで大変な目に遭うぞ」
心底心配しているといった様子で、大輔はやけに声を荒げる。
けれど、僕にはどうして大輔がそこまで僕を心配するのかが分からない。
だから、手のひらをひらひらとさせて大輔の話を軽くあしらった。
「忠告どうも。で、どうすんだよ。明日の自由時間」
「おまえなぁ。しらねぇからな」
「それはどうも。で、どうすんだ?」
「もうその話はいいわ。明日ぶっつけで決めれば良いだろ」
あまりにも僕が自分自身のことに無関心だからなのか、大輔は少しだけ機嫌悪そうに吐き捨てた。
ただ、僕はどうして大輔の機嫌が悪くなるのかわからなくて、「そうだな」と対抗するように吐き捨てた。
そんな僕に、大輔は何時もの通りに誘い文句を投げてくる。
「どうする? 今日も我が家に集まるか?」
「いや、今日はいい。明日の準備とか色々あるし」
本当に、今日は明日に控えた修学旅行の準備をしようと前々から思っていた。
だから誘いを断った。
「お前めっちゃ楽しみにしてんだな。準備って小学生じゃあるまいし、言うほどねぇだろ」
「まぁ、旅行自体の準備は大体終わってるけど、それ以外にも色々とあるんだよ」
「何だよ、色々って」
「色々は色々だ」
そう。色々だ。
僕には色々な準備がある。
例えば…………
人を殺すための準備とか。
__________
僕は帰宅してすぐに服を着替え、財布を持って家を出た。
家の近くのバス停からバスに乗り、最寄りの駅まで行ってそこから電車に乗る。
乗客のほとんどいない外装の錆びた電車に三十分ほど揺られ、僕は栄えた町へ向かう。
終点駅に着くと、駅から出てすぐにあるショッピングモールへと向かった。
目的は、以前にその建物に遊びい行った際にチラリと見かけた包丁の専門店。
僕は思い出してしまった。人を殺すということを。
人を殺すことで自分の望む世界を手にいれるチャンスが僕の元へやってくるということを。
だから、僕は大きく遡る以前のように、刃物を日常的に持ち歩こうと思った。
そうしておけば、不測の事態に陥った時にすぐに過去をやり直せるだろう?
僕が店に入ると、客は女の子が一人だけだった。
歳は現在の僕よりも3歳ほど上だろうか。
詳しい年齢は分からない。
でも、地元にある偏差値の高くはない高校の制服を着ているため、高校生であることは確かだ。
女の子はペティナイフなどの小型のナイフのコーナーでうんうん唸りながら二つの商品を見比べる。
どちらも同じものにしか見えない二つのナイフをしっかりと吟味して「よし!」と綺麗な声で言った後、少女はどちらのナイフも商品棚へと返却し、満足そうな顔で店から出て行ってしまった。
その様子がやけに頭に残ってしまい、少女が見ていた商品の置かれた棚へと歩み寄った。
彼女が手に取っていたと思われるナイフを手に取る。
それは、持ち手が木で作られた小さいサイズのバタフライナイフだった。
なるほど。さほど大きくはないから持ち運びに便利そうだ。
結局、僕は少女が手に取っていたものと同じナイフを購入した。
これで安心だと、純粋にそう思った。
何があっても僕はすぐに過去に遡ることができる。
加奈が死ぬことを防ぐことができる。
僕は…………幸せになれる。