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幸せのあり方  作者: 人生依存
第5話:分岐点の修学旅行
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第三節

 僕たちの学校の生徒が泊まるホテルは豪華さなど欠片ほどしか持っておらず、なんなら壁のヒビなど廃れた部分の方がよく目立った。


「それじゃあ班長たちはこれから班長会があるからな、このあとすぐに各担任の先生の部屋に行けよ〜」


 学年主任のゴリラみたいな見た目をした体育教師が、声を張り上げて連絡事項を伝える。

 事実、彼は多くの生徒に陰でゴリラと呼ばれている。

 僕もそう呼んでいる一人だ。

 ゴリラの声は喉に痰でも絡んでいるのではないかと疑いたくなるほどにガラガラとして籠っている低い声だが、厄介なことにその汚い声はよく通る性質を持っているようで、ゴリラが言葉を発するたびに頭に酷く響く。


「せんせー。私、担任の先生の部屋の番号なんて知りませーん」


 どこかのクラスのバカな生徒が唐突に手を上げながらゴリラに質問をした。

 ゴリラは「はぁ?」と言いながら片方の眉を釣り上げる。


「そんなものは旅のしおりの最後のページに書かれているだろう」


 ゴリラの言葉に、小汚い宴会部屋に詰め込まれていた生徒たちはゲラゲラと笑い声をあげた。


「はい、それじゃあ解散!」


 ゴリラの解散という言葉を聞くなり、生徒達は皆、数秒前までバカな生徒のバカな質問で笑っていたなんてことも忘れて次々と席を立つ。

 皆すぐにでも自室に戻り、そのあと友人の部屋でトランプだの恋バナなどで盛り上がりたいのだ。


「じゃあ、俺は班長会に出てくるから」


 大輔はそう言い残し、他の班の班長と合流して先生の元へ向かっていった。


「俺たちはどうしようか」


「どうしよう……」


「とりあえず、それぞれ部屋に戻って必要のないものを置いてこようか」


「……じゃあそれで」


「そのあとはどうする?」


「……大輔の部屋でトランプかな。わたし持ってきたんだ」


「オッケー。じゃあ荷物を置いたら大輔の部屋の前に集合で」


 僕達は手を振り、大輔と同様に小汚い宴会場を後にした。

 エレベーターのボタンを押し、扉が開くのを待つ。

 今どこにエレベーターの箱があるのかを、階層が記されたパネルがチカチカと点滅して僕に知らせてくれる。

 九階、八階、七階。

 移り変わる光源をぼんやりと目で追う。


「やっぱり、一度は成功していると言っても緊張はするもんだな」


 僕は誰にも聞こえないように囁く。

 自分に言い聞かせるように囁く。

 少し経って軽快な音とともに扉が開いた。

 そこには……


「あ、大器ぃ!」


 そこには、作ったような猫なで声で僕の名前を呼ぶ千佳がいた。

 僕は千佳と目が合い、思わず嫌悪を顔に出して「うわっ」と言ってしまう。


「そんなに嬉しそうな顔しないでよ!」


 千佳は僕の表情を都合の良いように解釈し、一人でに照れ笑いをする。

 その顔はいつかの成人式で彼女を刺し殺した時の表情とわずかだが重なって見える。

 なぜだろう。確かに笑っているはずなのに、心の奥底が笑っていないかのような印象を受ける。


「嬉しくねぇ」


「またまたぁ。そんなこと言って。本当は嬉しいって私知ってるよ?」


「何情報だよ」


「ふふふっ。大器は本当に口が悪いね」


「別に清水には関係ないだろ」


「だからぁ、千佳だって言ってるじゃん。それよりも乗らないの?」


「使うさ」


 僕は千佳に促され、エレベーターの狭く圧迫感のある箱に足を踏み入れる。


「じゃあ、行こっか」


 千佳はそう言い、最上階である十階のボタンを押す。

 ボタンが光り、エレベーターは音を立てて動き出した。


「おい。俺、六階の部屋だから六階のボタンも押してくれよ」


「……」


 僕の単純な願いを千佳は無視した。

 僕は疑問に思い、何度も「どうした?」と聞いたのだが、それでも千佳は反応してくれなかった。

 もう自分でボタンを押してしまおうと思い、ボタンの前に立つ千佳に対してどいて欲しいと言う旨の意思を伝え、目的地の階層のボタンを押そうと試みる。

 が、ボタンを押そうとした僕の腕を千佳が掴んできた。


「なんだよ」


「……あのね」


 千佳は僕の腕をすぐに離し、僕の目をまっすぐと見つめながら喋りだした。


「ずっと言いたかったんだけど。ずっと前からのことなんだけど。でも、きっと大器はもう知っていることで。でね。それで……」


 すごく、嫌な予感がする。

 そもそも、エレベーターは上階から降りてきたわけだ。

 千佳はそれに乗っていた。

 なのに、どうしてエレベーターから降りることをせずに再び上階に昇っていくんだ?


「何が言いたいんだよ」


 焦りからか、つい強い口調になる。

 嫌な予感は助長される。


「そんなに怒らなくてもいいのに」


 千佳はいつか教室で話した時のように頬を膨らませ、少しだけ怒ったようなフリをした後に深呼吸をした。

 スーハーと音が聞こえるほどに千佳は深呼吸をした。

 そして、僕に不意打ちのように言葉を投げる。


「あのね、私、ずっと大器のことが好きだったんだよ? 小学校の時から。昔から。ずっとずっと好きだった。だから、ね? 私と今日一緒に過ごして?」


 そう言いながら、千佳は制服の胸ポケットから刃の出たカッターを取り出し、僕の顔に当てがう。

 あまりにも突拍子な出来事に、僕は反応が遅れた。

 千佳の手に持つカッターを奪い取る事も、叩き落とす事もできない。

 それよりも先に、千佳はいつか僕が千佳を殺した時を真似るように鼻の頭にカッターの刃を当てがってくる。


「ね? 今日は楽しい夜にしようね?」


 千佳が愉快そうに狂気的な笑顔を浮かべる傍、軽快な音を立ててエレベーターの扉が開いた。


「さぁ、降りてよ」


 いくら相手がか弱い女の子とはいえ、刃物を持った千佳に僕は逆らうことができなかった。

 千佳の部屋に案内された僕はベッドの上で待機させられた。

 なんでこんな十八禁展開のような場面になってしまったのだと疑問を持ち、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる千佳を待つ。

 逃げるなら今だ。


 僕は抜き足差し足で入り口に向かい、扉に手をかける。

 幸い、千佳には気付かれることなく部屋を後にした。

 部屋を出た後はすぐに走り出し、階段を使って下層へ降りていく。

 九階。八階。七階と降り。

 六階に着いたところで下の階から階段を使って上がってきた大輔とぶつかりそうになった。


「おおっと?! どうしたんだよ大器」


 大輔とぶつかることを避けようとして転んでしまった僕に、大輔はゴツい手を差し伸べる。


「いや、なんでもない……」


「そっか。加奈は?」


「後でお前の部屋の前で集合って言って別れたぞ」


「ん。じゃあ行くか」


「ああ」


 僕は大輔の手を取って立ち上がり、互いにそれ以上言葉をかけることなく、フロアの一番端にある大輔の部屋へ向かって歩き出した。

 廊下をまっすぐに歩いて行き、突き当たりを右に曲がったところで廊下の一番奥に大輔の部屋の扉が見えた。

 そして、その部屋の前には誰かが膝を抱えて体操座りをしていて、僕たちは疑問に思いながらもそこへ歩を進めていった。


「なぁ、あれ、加奈じゃないか?」


 大輔は眉をひそめながら僕に言う。

 確かに、近づくにつれて顔を膝へと俯かせるその体の輪郭が加奈のものだと分かってくる。


「加奈!」


 名前を呼んでも反応はない。

 だが、目の前までくると加奈であることは明確だった。

 何故そんなところで座っているのだと、寝ているのだろうかと疑問に思いながら、僕と大輔は顔を見合わせる。

 頷き合い、僕は加奈の肩に触れて揺さぶる。

 次の瞬間、加奈は力なくホテルの柔い床に横たわった。

 人形のように動かない加奈の、喉元に口、それから胸元は真っ赤に染まっていた。


「は?」


 思わず声が漏れる。

 状況が理解できない。

 加奈を赤く彩っているこれは何だ?

 加奈の喉元や口、胸元から溢れているこの赤い液体はなんなんだ?


 すでに分かりきっている事実を頭が受け付けようとしない。


「先生! こっちです、こっち!」


 加奈を眺め、何もできずにいる僕と大輔の背後から、誰かの声がする。

 そちらを振り向くと、制服姿の千佳がゴリラの腕を引っ張りながらこちらに向かっていた。


「先生! ここで加奈さんが!」


 千佳は僕たちの足元に横たわる加奈を指差し、ゴリラに確認を仰いだ。

 ゴリラは巨体で僕たちを押しのけ、加奈の元に歩み寄る。

 加奈の悲惨な状況を見て、ゴリラは怒りをあらわにして「梶川、柴谷、後で俺の部屋に来い」と僕らに告げた。


 それからは、ゴリラが僕と大輔と千佳をその場から追い出すと、どこかに電話をかけだした。

 多分、担任の先生だとか校長先生だとか、警察だとか、そう言ったところへ連絡をしているのだろう。


 何もすることができず次第に騒がしくなっていくホテルの中で、僕も大輔も呆然と立ち尽くすしかできなかった。

 額に冷や汗が滲み、「違う。こんなはずじゃあなかっただろ」と心の中で叫ぶ。

 そんな僕の肩を誰かが叩き、気持ち悪い作ったような猫なで声で僕に囁いた。


「大器が悪いんだよ?」


 僕は振り返り、声の主である千佳を睨みつける。


「キャハハハ! そんなに怖い顔で見ないでよ」


 千佳は甲高い笑い声をあげながら、ポケットから一本のカッターを取り出す。

 さっき僕に突きつけられたものとはまた別のものだ。

 刃の出たカッターは真っ赤な液体で朱色に染められており、それが意味することなどは明らかだった。


「ほら、まだ加奈ちゃんの温もりが残ってるよ? どう?触ってみたら?」


 千佳はそう言いながら、加奈の血で濡れたカッターを僕に渡してくる。

 受け取る事を拒むと、千佳は無理やり僕の手のひらにカッターを握らせ、満足そうに笑った。


「どう? 加奈ちゃんの血。加奈ちゃんはね、最後まで可愛かったよ? 少しでも抵抗したら大器も大輔君も殺してやるって言ったらね、痛いはずなのに最後まで頑張って声を抑えて、おとなしく殺されたんだ。本当にかわいいよね。大器が好きになっちゃう気持ちもわかるなぁ」


 でも、それが許せなかったのだと千佳は言う。

 僕の好意を一身に浴び、一人だけ幸せになっている加奈が羨ましくて妬ましくて、全てを奪ってあげたかったのだと千佳は言う。

 自分一人が不幸になるくらいなら、皆が不幸になればいいと千佳は言う。


「なんで今なんだよ」


 どうしてわざわざ修学旅行の楽しい時間に。

 一周目にはそんなこと無かっただろうと歯噛みしながら、どうして今である必要があったのかと聞く。

 だが、千佳から帰ってきた返答は頓珍漢なものだ。


「さっきね、偶然会った加奈ちゃんに大器のことどう思う? って聞いたら、恋する女の子の顔になったの。だからだよ」


 何かおかしなことを言った?

 まるでそう訴えかけているかのように、千佳はキョトンとした表情で首をかしげる。

 

 千佳の言葉で僕の中の何かが吹っ切れた。

 ぶち殺してやる。

 その考えだけが僕の頭の中を支配していた。

 もう、生き物を殺すことで過去に遡れるだとか、そんな事実は僕の頭の中にはなかった。

 ただただ目の前にいるクズをブチ殺してやりたい。

 そんな考えしか浮かばなかった。


「なぁ、千佳。お前、もうなんだかんだで俺に三回告白してるよな?」


 そう。千佳はもうかれこれ三回僕に告白している。

 その度にこれが初めての告白であるかのような言葉回しをして、雰囲気を作ろうとする。

 これまでの二度、僕はその告白への回答を生返事でごまかしていた。

 そして今回で三回目。

 いい加減、返事をしてやらなければならない。


「ずっと待たせてたけど、告白の返事をしてやるよ」


「うん。うん!」


 僕が告白を受け入れる妄想でもしているのか、嬉しそうに頷く。

 決して、お前の様な奴を僕が受け入れる事は無いのに、その現実から目を背けて千佳は嬉しそうに頷く。


 カッターを握る手に僕は力を込める。

 本当にこの女は昔から僕の勘にさわることばかりする。

 遡る前もそうだった。

 こいつは事あるごとに僕に絡み、僕と加奈の中を裂くような事ばかりしてきた。

 もう我慢の限界だ。


「俺はお前が大嫌いだ。ずっと昔から」


 僕の返事に千佳はショックを受けたように目を見開く。


「成人式の時も、殺したのがお前で良かったと思う」


「……どういうこと?」


 僕の口から思わず洩れた失言に、千佳が興味を示す。

 でも大丈夫だ。この失言は僕にしか理解できない。

 過去に遡る事ができる僕にしかわからない。

 千佳が意味を理解できるはずがない。

 そして何より、千佳はここで死ぬのだ。

 すぐに忘れる。


「お前とはもうさよならだ。成人を迎えられないのは残念だったな」


 そう言いながら、僕はカッターを思いっきり千佳の顔面に突き立てた。

 いつかのように刃が骨に当たる嫌な音が手を経由して僕に伝わる。

 あまり心地の良いものではない。


 すぐにカッターの刃を抜くと、千佳は「ぐぇっ」と変な声を上げる。

 そして、僕は立て続けにカッターを千佳の喉、胸元に次々と刺して行く。

 地べたに倒れた千佳にまたがり、何度も何度もカッターを刺し続け、次第に僕を眩暈が襲い始める。


「馬鹿野郎! 何やってんだ大器!」


 大輔が僕と止めようと後ろから羽交い締めにしてくる。


「放せよ大輔。もう襲い」


 僕はそう言うと、強くなった眩暈から逃れるように両の瞼を閉じ、自らの意識を手放した。

 こうして、僕は修学旅行の四日前へと遡った。


1から10まで説明せずに1から5までしか説明せず、あとは読み手の想像力に任せる。

みたいな手法で書いていた本作ですので、ところどころで情報が「ん?」ってなるところが出てくるかもしれません。

その際は質問をしてくだされば、細かく説明します。

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