第一節
「救急車だ! 誰か救急車を呼べ!」
「バカ! 救急車なんて呼んでも遅いだろ!」
「まだ分からないだろ! あと、警察も誰か呼んでくれ!」
場が騒がしかった。
どこの誰なのかも分からない通勤途中のサラリーマンたちが、慌てふためく。
どうして彼らはそんなに必死になっているのだろう。
変に冷静な思考で目の前の光景を見ている自分に嫌気がさす。
駅構内には鼻が曲がりそうになるほど鉄の香りが充満している。
いや、これは鉄の香りではなく、人の血の香りだ。
『 5番線に到着の電車は16時10分発の東京行きです 』
様々な声や感情が目前で入り混じる中、自分は関係がないと主張するかのように、いつもと変わらない調子でアナウンスが鳴り響く。
何だ。一体何が起きた。
どうして周りの人間はこんなにも叫んでいる。
臭い。鼻が曲がりそうだ。
鼻をつん裂くような香りを放っている血は一体誰の血だ。
僕は未だに状況が理解できない。
違う。僕は状況を理解しようとしない。
「おい大器! お前どうして止められなかったんだ!」
右隣にいた大輔が怒鳴りながら僕の右肩を掴んでくる。
彼の問いに、僕は答える事ができない。
僕はただ、駅のホームから目の前に停車する電車を見つめる事しかできない。
電車を待っていた列の最前列で、加奈を轢き殺したくすんだ銀の車体を呆然と見つめる事しかできない。