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幸せのあり方  作者: 人生依存
第4話:記憶違い
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第二節

 大輔が鍵を開けにくるのを待っていると、中から「鍵空いてるぞー」という大輔の声が聞こえた。

 田舎特有の防犯意識の低さに疑問を持ちながらも、扉を開いて家の中に入る。


「お邪魔しまーす」と言いながら靴を脱ぐと、奥の方から「本当に邪魔だわ、帰れよ」と聞こえてくる。

 いつもの奴だ。

 大輔が僕の家に遊びに来た時もよく同じことを言っていたっけ。


 大輔の叩いた軽口に「じゃあ帰るわ」と返しながら廊下を歩く。

 すると、大輔は「おうおう帰れ!」と言ってきた。

 僕はそれを無視して階段を登り、2階に上がってすぐの大輔の部屋の扉を開く。

 大輔はコタツに入りながら、寝転がってテレビを見ていた。


「待ったか?」


「全然、いま来たところぉ」


 大輔は語尾を伸ばし、クラスで嫌われている女子の真似をする。


「馬鹿いってんなよ。来たのは俺だろ」


「ははははは! まぁな!」


 僕と大輔はいつも通りくだらない言葉のやり取りをして笑いあった。

 こうやって軽口を叩き合っていると、まるで親友同士の頃に戻ったみたいだ。

 いや、実際の話、中学二年生の今はまだ僕たちは親友同士だ。

 周りの人間も大輔もそう認識している。

 だから、気をつけなくてはいけない。


「ほら。マリカーとスマブラ持ってきたぞ」


 僕はゲームソフトを取り出し、大輔に向かって軽く放った。

 大輔は「おっとっと」と言いながら、なんとかキャッチする。

 それを確認し、僕はコタツに入る。


「馬鹿じゃねぇの? これ、二つとも持ってるぞ、俺」


「あれ、そうだっけ?」


 すっかり忘れていた。

 自身の記憶のあてにならなさに呆れながら、コタツの上に積まれていたミカンを手に取る。

 大輔が「俺にも一つ取ってくれ」と言うので、四つほど渡す。


「てっきり、マリカーもスマブラも持っていないものだと思ってたんだけどなぁ。まあいいか。大輔、お前ん家ってゲームキューブコントローラはあったよな」


「ねぇよ。あるわけねぇだろ。俺、Wiiリモコン派なんだからさ。お前みたいなアナログ勢は少ないんだよ」

 

 そう言いながら大輔は馬鹿にしたように笑う。

 僕の記憶はあてにならないどころじゃあ無い。 

 もう、信用できないレベルだ。


「は? 何だって? お前と千佳が小学校四年の時からずっと同じクラスだったかだって? そんなこと、俺が知るはずねぇだろ。バカじゃねぇの?クッソ!」


 マリオカートとスマッシュブラザーズ。どちらをやるか話し合った結果、僕たちはマリオカートをやっていた。

 僕の投げたバナナを大輔が踏み、互いの順位が変動する。

 大輔が舌打ちをしながらミカンの皮を投げてくる。

 僕はそれを躱す。


「やっぱりお前は知らねぇかぁ。あっ! この野郎! てか、バカはお前だ」


「でもあれだよな、お前と千佳は去年も同じクラスだったよな。ちっくしょ……ふざけんな! 赤甲羅くらえっ!」


「よっと。赤甲羅なんかバナナがあれば効かねぇよ。去年か……去年は同じクラスだったのか……なるほどな」


 僕が納得して頷いているのを大輔がチラチラと見てくる。


「何でそんなこと気になるんだ? お前、千佳はあんまり好きじゃ無いんだろ?」


「ちょっとな……よっしゃ! 俺の勝ち!」


 画面の左半分に負けを示す文字が表示され、右半分には勝ちを示す文字が表示される。

 僕の勝ちだ。

 最後の方に僕が取った三連バナナが勝利の鍵になったようだ。


 勝利の余韻に浸ってドヤ顔をしていると、「あーあ、つまんねぇな」と言いながら大輔がWiiリモコンを放り投げた。

 リモコンはパキッと言う嫌な音を何度も立てながら軽くバウンドし、部屋の隅に積まれていた座布団の山にぶつかる。


「お前、負けたからってそういうのは良くないぞ」


「別に負けたからじゃあねぇよ。普通に飽きたって意味でつまんねぇって言ったんだ」


「じゃあなんでリモコン投げたんだよ。そんなことしたら壊れるだろ」


「うるせぇ」


 大輔は僕の忠告を軽く流す。

 別に僕も本気で忠告しているわけではないので腹は立たない。


「飽きたならどうする? スマブラでもやるか?」


「嫌だよ。スマブラももう飽きた」


「じゃあどうするんだよ」


 僕の問いかけに大輔が悩みだす。


「うーん。どうしようなぁ。AVでも見るか?」


「見ねぇよ。なんで暇だからってAVなんか見るんだよ」


「いや、AVは暇なときに見るもんだぜ?」


「初めて聞いた理論だな」


 僕の返答に大輔がゲラゲラと笑い、「流石は童貞だな」と言う。

 意味がわからない。

 どうして今の会話の流れで僕が童貞だと馬鹿にされなければいけないのだ。

 そもそも、現時点では二人とも中学生なのだから大輔も童貞のはずじゃあないか。


 僕は機嫌を損ねた顔になる。

 眉を顰め、目を細め、歯を食いしばって頬をひくつかせる。

 僕はそうやって、大輔の失言を装って、自分の心を埋め尽くす憎悪の破片を顔にチラつかせる。

 大輔は僕の顔をみて「そう怒んなよ」と言いながらコタツから出て立ち上がると、テレビの脇にある固定電話の元まで行き、受話器を取った。

 そのままボタンを次々に押していき、発信ボタンを押すと、大輔は僕に向かって「よし! 大器! 加奈でも呼ぼうぜ」と言った。


「は!? なんでだよ! 呼んでどうするんだよ!」


「そんなに動揺すんなよ大器ぃ〜。嬉しいのは分かってるって」


「嬉しいのは嬉しいけど! なんで呼ぶのかって聞いてんだよ!」


「俺はお前と加奈の恋のキューピットなんだからさ、二人を結びつけようと努力してるだけんだわ。俺の頑張りを汲み取ってくれないかなぁ」


「理由になってない!」


「あ! もしもし!」


 僕の必死の抵抗を大輔は聞き入れない。

「今すぐ来いよ。絶対な」と言い、大輔はあっという間に電話を切ってしまった。

 加奈も災難だろう。


「なんで嫌がるんだよ大器。お前、加奈のことが好きなんだろ?」


「いや、好きだけどさ……」


「ははっ! そうだよな! お前は加奈のことが大好きだもんな!」


「ああ……」


「で、恥ずかしくて上手く話せないとか本当に面白いなお前は」


 大輔は僕の肩をバシバシと叩きながら「早く告白しちまえよ」と言う。

 僕は大輔に叩かれながら、過去に遡る前に似たような場面があったなと思い返す。

 大輔の叩く力が思いの外強く、叩かれた右肩が少し痛む。 


「正直な話、お前の言う通りなんだよな。加奈さんを呼んでも恥ずかしくて話せないから呼ばないで欲しいんだ」 


「だぁーかぁーら! 今からがチャンスなんじゃねぇかよ。な?これを機に仲良くなったらどうだ? お前、加奈のことが好きなくせにアイツとほとんど話をしないじゃあないか」


「それはさ、顔を見れないから話をできないだけだ」


「なんで顔を見れないんだよ」


「その、な。あぁ。えっと……まぁ」


 僕が大輔の簡単な質問に言い淀むと、大輔は一瞬だけ僕から視線を外すと、また両目で確かに僕を見据えて「なんでだ?」と聞き直してきた。

 ニヤニヤと笑いながら。

 仕方がないので僕は答える。


「その……加奈さんが、可愛いから」


 声を出して自分で驚いた。

 加奈のことを可愛いと僕は言ったのだが、その声は自分が思っていたよりも小さなものだったから。

 その声は自分が思っていたよりも恥じらいを含んだものだったから。

 大輔は僕の発言を聞き、「ひゅー」と口笛を吹いた。そして、彼は言葉を紡ぐ。


「大器。お前がそんなに大胆なやつだとは思わなかったよ」


「は?」


 大輔の言葉が理解できず、僕は首を傾げた。

 彼は何を言っているのだろう。

 大輔は何を言っているのだろう。

 好きな人の事を可愛いと言った僕の何が大胆なのだろう。

 面と向かって加奈に可愛いと言うのならまだしも、僕はただ、親友に向かって好きな人が可愛いと、加奈が可愛いと言っただけだ。

 何も大胆なことはしていない。


 大輔の言葉の意味を見つけることができず、手持ち無沙汰な時間を食い潰そうと目の前のミカンの山に手を伸ばした時、僕の後ろから音がした。

 バサリ。という何か柔らかくて重量のあるものを落としたような音だ。

 聞き慣れたものに例えるのなら、体操着や教科書が詰め込まれた通学カバンを落としたような音。

 そんな音が僕の後ろから響いた。

 つまりは、この大輔の部屋の入り口から。


 恐る恐る振り向き、部屋の入り口を見る。

 床にはチェック柄の手提げカバンが落ちていた。

 よく見ると、そのカバンは中学二年になったばかりの頃に、家庭科の授業の一環でクラス全員が作ったものと同じものだ。

 僕も同じカバンを持っているし大輔も同じものを持っている。


 ゆっくりと視線を上げて行き、カバンを落とした人間を確認する。

 すると、そこには顔を真っ赤にした加奈が立っていた。

 自分の意思とは関係なく、僕の頬が温度を上げていく。

 頬だけではなく顔全体が熱くなり、脳が沸騰しそうになる。


 僕と加奈は互いに数秒だけ見つめあった後、すぐに目を逸らした。

 互いにかけるべき言葉が見当たらず、無言になる。

 その様子を見た大輔は、相変わらずニヤニヤと笑いながら「加奈、よかったな。大器が可愛いって言ってくれたぞ」と茶茶を入れてくる。

 加奈は顔を一層赤くし、目を伏せた。


 僕は加奈に対してどのように弁明するべきなのか悩んだ。

 大輔に言わされたというべきか。

 気にしないで欲しいと言うべきか。

 どれが正解なのかわからない。

 そもそも、僕は遡る以前の中学生時代にこんな場面に遭遇したのだろうかと思ったところで、加奈が口を開いた。


「あ、た、大器……ありがと」


 消え入りそうなほど、とても小さな声だった。

 その言葉で僕の顔はさらに温度を上げた。

 鼓動が早くなり、うまく物事を考えられなくなる。

 まるで酒に酔った時のような感覚だ。

 あれ、僕って、こんなに加奈のことを好きだったっけ?


「う、うん……いや、本当のことを……言った……だけだから」


 僕の弁明を聞いた加奈は、足元に落ちているチェック柄のカバンを拾い上げて部屋から出て行ってしまった。

 ドタドタという騒がしい足音が聞こえる。

 その音は徐々に遠ざかって行き、扉を開く音が聞こえ、次いで扉を閉める音が聞こえた。


「お前、予想以上に大胆な事をいうなぁ」


 大輔は相変わらず楽しそうだ。


「うるさい」


「あれ? 怒ってんのか?」


「うるさい!」


 傍観者の立場で無駄に事を刺激していた大輔に腹が立つ。

 加奈を奪われた時ほどではないが、黒い靄が胸を覆う。

 再び顔に怒りを浮かべた僕を見てもなお、大輔は笑い続けた。「あはははは」と。


「お前、そんなに俺に嫌がらせをしたいのかよ」


 大輔は「心外だ」とでも言うように肩をすくめる。


「何が嫌がらせだよ。俺はお前の手伝いをしてるんだぜ?加奈の顔をお前も見ただろ。嬉しそうな顔してたじゃあないか。もしも苦手な人間から容姿を褒められたんならさ、ああはならねぇよ」


 大輔はミカンの山からミカンを二つ取り、片方を僕に向かって投げてくる。

 僕はそれをキャッチしてミカンの山に積み直す。

 再び大輔がミカンを投げてくる。

 それを再びミカンの山に積み直す。


「なんだよ。ミカン食わねぇのかよ」


「もう帰る」


 僕はコタツから出て立ち上がり、スマブラとマリオカートを拾ってサブバックの中に仕舞う。

 大輔が「別にあのくらいで怒らなくて良いじゃねぇかよ」と言ったが、僕はそれを無視して大輔の家を去った。


 来た時とは違い、外には雪が降っていた。

 バス停に屋根など無く、時刻表と木製のベンチは白く染まり始めている。

 空から降りてくる大粒の雪を僕は右手のひらで受け止め、手のひらの熱で溶ける雪をただ見つめ続けた。


「念のためバスで来ておいて良かったなぁ」


 特に何かの期待をしているわけでもなく、思ったままのことを呟いた時だった。

 自然と道路を挟んで向かい側にあるバス停に目が止まった。

 来た時に僕が降りた側のバス停だ。


 僕はそのバス停を見て、どうして大輔の家から出てきた時に気がつかなかったのだろうかと自分を恨む。

 そには加奈が立っていた。

 加奈もこちらに気がついたようで、驚いた顔をしている。


 すぐに加奈の元に向かい、大輔の非礼を詫び、僕の発言に弁明を重ねなければいけないと思った。

 だが、神様は僕の思うようにはさせてくれなかった。


 道路を渡ろうにも車の交通量が激しくなかなかタイミングが見えない。

 近くに信号機があったのなら、そいつが行き交う車を足止めしてくれて少しは状況が変わったのかもしれない。

 だが、生憎と近くに信号機がない。


 そうこうしている間に、向かい側のバス停にバスが止まった。

 僅か数秒の差で、僕の前にもバスが止まる。

 間抜けな音を立てて扉を開くバスに、僕は迷わずに乗り込んだ。

 それに乗らなければ、次のバスまでは一時間の間が空いてしまうから。

 自分でも理由は分からないが、バスの一番後ろの左側の席に座る。

 運転手は僕が席に座るのを確認してから扉を閉めた。


 外を見ると、反対方向行きのバスは既に走り去っており、バス停にはまだ加奈が立っていた。

 制服姿の加奈は手袋もマフラーもしておらず、手提げカバンを肩にかけて吐息で両手を温めている。

 僕はすぐに立ち上がった。

 彼女の元へ向かうべきだと僕の本能が叫んでいたから。

 だが、無情にも景色が流れ始める。

 僕はとっさにバスの窓を開けた。

 その音で加奈がこちらに気づき、手を振ってくる。

 果たして、彼女は言った。


「また明日」


 別段大きな声ではなかった。

 いつも彼女が話をする時と同じ程度の声の大きさだろう。

 でも、僕は確かにその言葉を聞き取った。

 もちろん僕は返事をする。


「また明日!!」


 そう言いながら、僕は身を乗り出して手を振ろうとした。

 振ろうとしたのだが、「お客様、他のお客様の迷惑になります」という運転手のアナウンスに止められてしまった。

 仕方なしに窓を閉め、席に座る。


 僕の心臓は、高鳴っていた。

 加奈と挨拶を交わしただけなのに、僕の体を動かすエンジンは激しく脈打っていた。

 そんな僕の心と比例するかのように、降る雪は激しさを増していく。

 窓から見える場景は、強さを増す雪に飲み込まれ、完全な白へと染まっていった。


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