四十を越えても女子高生からお兄ちゃんと呼ばれる俺は、独身でおっさんの喫茶店マスター
カランカラン。
「お兄ちゃん、ただいまっ! 今日も来たよー」
ドアベルが強く鳴る。
元気よく扉を開けて入ってきたのは従姉夫婦の一人娘、油井恵美香。
現在高校二年生。
「ただいまじゃねぇだろう。いつからここはお前の自宅になった? それに俺のことは……」
「恵美香さんのお兄さん、お邪魔します」
「いや、ここは先輩って言うべきだろう。今日もここ、使わせてください」
「し、失礼します、先輩……」
俺の言葉を遮るように、彼女の同級生の男女三人が入ってきた。
ここは、俺が経営している喫茶店「くつろぎ」
親父が始めたこの店を十年ほど手伝ってたこともあり、その形見として俺が引き継いだ。
「いいじゃない、お兄ちゃん。もう呼び慣れちゃったし」
顔中に元気が溢れる笑顔を見せる。
あの時はそう呼ばれても気にも留めなかったが、今では独身のおっさんだ。
そんな俺が女子高生から「お兄ちゃん」などと呼ばれるのってどうなんだ?
恵美香は確か十七才。
初めて会ったのは、こいつが通う幼稚園。
帰りの迎えに行く伯父に付き添った時だっけ。
その時の俺は二十七才。
その時からずっと懐かれた。
あれから年月が経ち、高校の進路を選ぶ時期が来た。
進学先は彼女の地元じゃなく、なぜか俺の母校。
通学手段は当然電車。
発車時間まで俺の店で時間を潰す。
入学式以来、彼女の日課の一つになった。
勉強会などと称し、仲のいい友達と一緒にボックス席に座る。
図書館でやれ、と言ってやったが、おしゃべりができないから息が詰まる、と言い返された。
それ、既に勉強会じゃねぇよな?
けれど、注文したメニューの代金を全員しっかり払うから、こっちもなかなか強く言えない。
儲けは多いほど有り難い大人の事情。
「今日は、文化祭のクラスごとの出し物の会議なの」
もうそんな時期か。懐かしい。
「先輩はどんなことをしたんです?」
「俺? 俺の時は、ブームになっていたクイズ大会」
得意という理由だけで責任者をやらされた。
指示を出す役目は苦手だった。
「けど、うれしいことが一つあったな」
「どんなことです?」
「女子にモテたことのない俺が、唯一手紙をもらった。無記名で『頑張ってね』ってな」
その話で盛り上がる中、なぜか恵美香だけは寂しそうに俺を見ていた。