放送室集合
『放課後放送室集合。』
中国語だろうか。
突然のメッセージに困惑したしラインどころか会話もそれほどしたことない人なので間違いかと思って取りあえず「送り先間違ってますよ」のスタンプを送りつけておいた。
そんな出来事の後、退屈な日本史と数学の授業を受ければすぐ放課後だった、メッセージは既読無視されたらしい。これでなにか恨みでも持たれたらその後が怖いから放送室に向かった。
いつものように裏道から入って時間を潰しているとポケットの携帯が震えた。
『どこー?帰った???』
人違いじゃなかったことに驚いたし、ならばと期待に心躍らせながらもドアを慎重に開けた。
「いないじゃん」
バカにされたと失念しつつドアを閉めようとしたところで――
――「わっ!」
意識に電流が走った、頭が活動を停止してそれに伴って動きも止まる。かろうじて心臓は動いていたらしく命だけは助かった。
「あれっ、おーい。だいじょぶー?」
女子がとぼけた顔で安否確認してくる、整った顔立ちは「可愛い」よりも「美しい」という形容詞が似合っていて、キレイにセットされた髪からは清潔感も感じる。桐谷一花、入学当初から男子の中では人気上位で、モデルをやっているみたいなうわさも流れている。男がらみの話を聞かないからワンチャン感じてドキドキする。
「とりあえず入って」
やっと喉が動き出したので彼女を招き入れる。
「てかなんで俺がここ来れるって知ってたの」
この教室はいつも閉まっていることになっているから人を呼ぶときこんな場所に呼び出すのはおかしい、考えすぎだったら恥ずかしいけどこれは自分の居場所にかかわる大きな問題である。
「んー? 鳴宮くんが教えてくれたよ、あいつ放送室に入り浸ってるって」
あいつか、放課後の暇つぶし相手の一人のこと。
「どうやって入ってるの? カギ持ってたり?」
興味心身といった表情で詰め寄られて心臓の早鐘がエクストリーム除夜の鐘状態だが、つとめて冷静に答える。
「隣の被服室とベランダで繋がってるから、最初に来たときはたまたま窓のカギ空いてたからそれで」
「ふーん、なんでそんなとこ通ってたの?」
「学校の道全部把握しておきたいじゃん」
よくわからないといった表情だがそれより前に気になったことといえば
「桐谷さんて鳴宮と仲良かったっけ」
わりといつも女子に囲まれてるイメージの彼女が特別パッとしているわけでもない鳴宮と接点があるのが不思議だった。
普通くらい? と言われて何も言えないから適当に相槌を打って本題を促すことに
「そんで、ご用事は?」
「私と付き合って」
「なんで?」
もしかしてワンチャンあるのではとか思ってた言葉なだけに反応が鬼のように早かった。
「気になってたし」
「俺よか良い男子いっぱいいるでしょ」
「君がいいの」
そんなひとことにキュンときてしまったので快諾してしまったが後々から不安が押しよせてくる、騙されてるのではないか、とか遊ばれてるのではないかとか。
「信じられないみたいな顔してるね。現実だぞー、戻ってこーい」
微笑みながら語りかける彼女を見て夢なら覚めないでくれ、と世界中ありとあらゆる神に願った、無宗教はこういうとき誰にでもすがれるのが強みであると確信した。
定期的に整理しているだけあって居心地の良いこの部屋を彼女は気に入ってくれたらしく、リラックスしながら親睦を深めていく、モデルのうわさは本当だったらしいが昔の話らしい。もったいない気もするが何か辞めるだけの理由があったのかもしれないしそっとしておいた。
「やば、もうこんな時間か」
「帰る?」
「帰ろう」
カギを持っているわけではないのでベランダから家庭科室へ渡り、廊下へ。遅くなってしまうと先生の見回りがあるので気をつけないといけない。
帰りの電車は途中まで同じだったので駅までの道を歩きながら今度は寄り道しようとかデート行こうとか話しながら歩いていた。映画館デートについては乗り気じゃなかったが一人で見る派にとっては少しありがたくもあった。電車に乗り込むと目に入るのは沢山の青いユニフォーム。
「そういえば今日サッカーの試合だっけ」
「あんまり興味ない?」
ギンギンに冴えていた脳が落ち着き始めて眠気を感じていたためつまらなそうに聞こえたらしい。
「んー、いや。ガチガチには見ないけど楽しみ」
「じゃあ賭けしようよ、どっちが勝つか。私は日本が勝つと思うな」
そう言われては相手国に賭けるしかないからそっちに賭ける。ズルい奴だと思っていると乗り換えの駅に着いてしまったので電車を降りて振り返ると彼女が一言。
「負けたほうがアイスおごりね」
「は?」
何か言い返そうとしたが「またあしたー」と手をひらひら振られながら目の前のドアが閉まり電車は発車してしまった。
帰ってから一眠りしてサッカーを見ていたら日本が勝ったのでアイスおごりが確定した。問題はどのアイスをおごらされるかだろう、高いやつか安いのか、意表をついてファミリーボックスか。軽く溶けてシャバシャバになったレモン味カキ氷を流し込みながら明日も夢が続いていればいいなんて思っていた。