一話
「――――抜けよ」
数多の十字が立ち並ぶ、此処は墓場。
沈みゆく太陽を背に、小柄な少年が傲岸不遜に言い放つ。年の頃は十四か十五か。まだ、あどけなさの残る顔付きだ。
小さな体躯に合わない使い古したロングコート。両袖を何重にも捲り上げ、ところどころが擦り切れている。腰まで伸びきった髪は後ろで一つに纏められていて、生暖かい風によってなびいていた。
その眼は猛禽類のように鋭く、口元は相手を挑発するように不敵に歪んでいる。
「どっちが速いか、試そう」
続けて少年は親指でコインを弾いた。くるくると、宙を舞うコイン。
同時に彼は手に持つ得物をくるりと回転させる。ガシャンと装填音。
彼の身の丈ほどのレバーアクションのライフル。西部開拓時代に多くの活躍をした銃だ。今となっては時代遅れと言っても良いような、年季の入った代物。ただ一点を除けば旧い銃に過ぎない。
一点。本来、弾丸が射出されるべき穴が別の物によって塞がれているのだ。
それは杭だ。
銃の先端には槍の穂先のように、鈍い白銀色の杭が取り付けられている。半分は銃、半分は槍のようなひどく歪な武器。
コインは重力に導かれるままに地に向け落ちていく。
「――――――ッ!!!!」
少年の目前に居る相手が吼えた。
黒い、そこだけが闇に切り取られたような人の影。手には回転式拳銃。引き金に影の指が掛けられた。
銃口の先には、影自身の眉間。
銃声。
自殺、そう思わざるを得ない光景。
しかし……
金属の破音。溢れ出る殺意。黒く輝く眼光。
四肢は地に着き、影の身体が肥大化していく。周囲の墓石をなぎ倒し、その真なる姿が露わになる。
獣のようだが、その姿はどの獣とも似ても似つかない。少年の数倍もある、巨大な体躯。三つ首の頭は黒鶴に似ていて、その無機質な瞳からは感情が窺い知れない。
口から滴る涎は地面に生えた草を焼き、その様相は、ギリシャ神話に名高い地獄の番犬ケルベロスを彷彿とさせた。
悪意と恐怖と絶望をない交ぜたような怪物が、全ての嘴を少年に向ける。
「ティーーーーッ!!」
両者が居る場所から離れた墓石の陰。隠れていた者の叫びが彼の耳朶に響く。ティーと呼ばれた少年は反射的に声の主――翡翠の方を一瞥した。
濡羽色の長髪。髪黒一色のロリィタ調の服装に身を包んだ、華奢な体付き。交錯した視線がかち合うと、瞳に涙が浮かんでいるのが見えた。
「……問題ない」
翡翠の悲痛な表情とは裏腹にティーは事もなげに答えを返す。
そして何度も、何度も繰り返している言葉を彼は口にするのだった。己を賭けるに足る大言壮語。彼が彼である為の誓い。
「『オレ様は――――最強だ』」
これは決闘だ。
意思と意思とのぶつかり合い。
一対一での殺し合い。
己と己を賭ける鉄火場。
彼我の合意によって成される契約。
ティーは自分はいつでも構わない、と銀杭を相手に差し向けた。
コインが地面に落ちた。
落下音は怪物の咆哮によって掻き消された。
契約は成立した。
互いの銃口は既に向き合っている。
これは、決闘。
ただ一つ、違いがあるとすれば――――
「――――さぁ、来い。相手をしてやる」
その相手が人間ではなく、悪魔という点だ。
黄昏、逢魔が刻。
墓場にて、魔と逢う刻にて鳥が歌う。
死者を弔う鎮魂歌。