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勇者は婚約者が大嫌い!  作者: えあきる
2/9

貴方なんて大ッ嫌い!

 今日は、朝から天気が良かった。

 日課である早朝ランニングも、その後に行った剣技の訓練も、朝の冴えた空気の中でやるからこそ気持ちが良い。その上で快晴だ。朝から穏やかな気持ちになれた、筈だった。

 私は陰鬱な表情で、何度目か分からない溜息を吐いた。

 身体には、私専用に拵えてもらったアーマーを身に着けている。

 基本的に魔法でシールドをかけるので、首から胸元、腹、肩などの関節を覆うだけの、動き易さを重視したもの。その下に白百合の刺繍を施した団服を纏っている。足元はヒールのある黒の革ブーツ。

 背中まで伸びた白銀の髪は一つに括り、化粧はせず。開脚をして柔軟をしたり、装備に不具合がないか、念入りに確認したり、時間を潰していた。

 時折、小さな出窓から大きな歓声が聞こえる。それが聞こえる度に憂鬱になるが、窓を締めても聞こえるので諦めている。

「クロエさま、そろそろお時間です」

 コンコンとノックをされた後、凛とした女性が私を呼んだ。

 私は壁に立て掛けた剣を帯刀し、最後に溜息を吐いてから控室を後にした。控室の外に居た、私の下で従事する女性騎士に導かれるまま、私は歩みを始めた。

 私の名前はクロエ・フォン・デヴェリア・アナスタシア。代々国に仕える騎士の一族の末娘。

 デヴェリア家の歴史は五百年前から続き、当時平民から実力で王国騎士団長にまで登り詰めたなった方が、その力を王に認められた事により爵位を賜ったのが始まりだ。それからデヴェリア家の当主は、自力で騎士団長の座を受け継ぎ続けている。親の七光りなど、デヴェリア家に存在しない。実力のない者に、国のため人のために戦う騎士の長が務まる筈がない。その理念もまた、我がデヴェリア家に代々受け継がれているものだ。その働きを受けて、今では伯爵位を賜っており、王からの我が家への信頼は厚い。

 現在当主であるお父さまは、五つの騎士団を統括する騎士団統括司令官という、最近出来た騎士団の最高位の役職に就いている。その後は、騎士団長を十年以上任されている二番目の兄が引き継ぐのではないか、と有力視されている。一番上の兄は、騎士になるよりも魔法学の研究員になりたい、という夢を叶え、朝から晩まで研究に没頭している。騎士にこそならなかったが、この兄もその世界で知らぬ者はいない、とさえ言われるほどの権威者となっている。

 私は、二番目の兄と同じ、騎士団団長を務めている。のだが、二年前に勇者としてこのアナスタシア王国の姫巫女さまに選定され、災厄として蘇った魔王を倒し、その功績を讃えられ、半年ほど前から王族に籍を置いている。デヴェリア家の初代当主並の、波乱万丈な人生を歩んでいると言っても過言ではない。

 男であれば姫巫女さまと婚姻していたのだが、生憎と私は女。かと言って、そのまま伯爵家に籍を置くには、勇者という称号は重過ぎる。故に、私は王族へと籍を移したのだが。

 私は、耳を覆いたくなるほどの激しい大歓声に包まれた舞台の手前にいた。

『さあ、皆さんお待たせいたしました! いよいよ最後、ボーナスバトルです!! ここで挑戦者が勝ったら、勇者クロエさまは挑戦者の花嫁にっ! 挑戦者が負けた場合は、勇者クロエさまに一つだけ願いが叶うとされる月の石が贈与されます! 泣いても笑ってもこれがラストバトル!! 勝利の女神はどちらに微笑むのでしょうか?! では、お呼びいたしましょう! デヴェリア伯爵家の末娘であり、女性で構成された白百合騎士団の団長としてご活躍、そして我が国の安寧を守ってくださったそのお方の名は、美しき戦乙女ヴァルキリー――クロエ・フォン・デヴェリア・アナスタシアさまぁぁっ!!』

 割れんばかりの歓声が場内に響き渡る。

 ここは国が管理するコロシアム。国が主催する武芸大会などに利用されるこの施設は、普段は騎士団の練習場だったり、個人の傭兵団が訓練を行ったり、各競技の練習試合をすることができる。観客席の収容人数一万人以上。国の中で最大規模の娯楽施設だ。

 そんなコロシアムの観客席には、所狭しと観客が並んでいる。

 確かに、今日のことは半年前から国中に知らされていました。ですが皆さま、今日は平日ですよ? お仕事はどうされたのですか、国民よ。そんなに楽しいのですか、人の婚約の成り行きが!

 口元が引き攣るのを感じつつ、私は舞台へと向かった。

「クロエさまー! 頑張って下さいましー!」

「クロエさま、ぜっったい勝ってくださーい! 私からジルさまを奪わないでー!」

「クロエさまー! 貴女が勝ったら結婚申し込ませて下さいー!」

「クロエお姉さまー! ジルさまなんてやっつけちゃってくださーい! 貴女の子鹿が応援してますわー!」

 などなどなどなど、エトセトラ。

「勝手に言ってくれますわね」

 睨みたい気持ちを今は抑え、私は舞台の上に上った。

『クロエさまを嫁にと集まったその数は一万人以上。老若男女拘らず、多くの国民が今日の為に激闘を繰り広げてきました。そこには人の数だけドラマがありました。汗を流し、無念にも負けて涙を流した者もいることでしょう。彼らの涙と汗を無駄にしてはいけません! ここに降り立つのは、彼らの頂点に立つ男! バルゲンシャ族の族長のご子息であり、勇者クロエさまと共に魔王を倒した蒼き光の戦士、その名は、ジル・ゲン・シャフトさまぁぁっ!』

 私のときと同等か、それ以上か。何にせよ、途轍もない轟音となった人々の歓声が上がった。私の目の前、私が来た入り口とは正反対に位置する入り口からやって来た男を、ここぞとばかりに睨みつけた。

 何故、この方がこんな所にいるのですか。嫌がらせ? 否、疑問ではなく確信。そうとしか考えられません!

 嫌いだと何度も突っ掛かってきた男が、私を嫁にしたいだなんて思うわけがない。

 首元まである髪を後ろで一括、耳元に流れた髪を三つ編みにしたその髪型は、バルゲンシャ族でよく見かけるものだ。整えられた空色の髪、琥珀色の瞳は切れ長で、私のことをいつも小馬鹿にしたように見つめていた。鼻筋の通った顔立ちは女性に大人気で、バルゲンシャ族のみならず、大概の女性は彼の顔に一度は見惚れている。男女問わず見せる、真摯な態度も、女性に好かれる要因だ。補足として私以外、だが。

「やあ、久しぶりだね。クロエ」

「……きもちわるい」

 思わず口から漏れた本音に、ジルは心外だと言わんばかりに肩を大げさに竦めた。

 気持ち悪いのだから仕方がない。

 普段のジルならば「あぁ、嫌なやつの顔を見た」「今日も君のせいで気分が悪い」だとか、人を毛嫌いするような挨拶をしてくるにも関わらず、今掛けられた挨拶は、一般的な挨拶の中の挨拶。

 天変地異の前触れ?! 魔王を倒したばかりですのに??!

 あまりの気持ち悪い態度に、私は思わず一歩後退した。

「おや、不戦勝にしてくれるのかい? それならば僕もありがたいけどね。ここまで来るのに疲れちゃったからさ」

「……」

 ならば、何故来たのかしら。

 言葉は呑み込んで、文句があると言わんばかりの視線を投げつけた。しかし、ジルは臆することなく、口を開いた。

「式はいつにしようか? 出来れば早めが良いけど」

「……は?」

 式? 何の事ですか?

 私の戸惑った様子を見やり、ジルはとびきり胡散臭い笑顔で「僕たちの結婚式だよ」と告げた。

「………………………………は?」

 理解が追いつけない。

 私とジルが結婚? っっっっは!あり得ませんわ!

 しかし、どういう事でしょうか? 何でジルは、そんなことを言うのでしょう。私を嫌いなジルが……、嫌がらせばかりするジルが……。

 はっ!

 分かりましたわ! これも彼の嫌がらせですのね!!

 自分が負けたら、いつもの嫌味な顔で「あぁ、これで君の婚期も遅れるね。ざまあないね」なんて言うのでしょう! それで、勝ったら勝ったで「君と婚約? っは! 有り得ないね! 婚約は破棄させてもらうよ」なんて鼻で笑って言うに決まってますわ〜〜〜!

 どちらにしても、私の負け戦ではありませんか! でも、どうせ負けるなら試合には勝ちましょう! 彼の言葉なんて、ただの負け犬の遠吠え。結婚なんて元々する気なかったんだもの! 勝てば私の望みも叶うし、月の石も貰えるし、ジルの負け犬姿も拝めるし、一石三鳥だわ!

「その余裕、いつまで保つかしらね?」

 帯刀した剣を抜き、切っ先を彼の前に突き出した、

「ジル、貴方なんかに私は負けませんわ」

「……」

 私の言葉に、何故かジルは少し悲しげな表情をし、背負った彼の自慢の弓を手に取った。

 調子狂いますわ。

『お二方、互いに余裕顔を向けております! 果たして勝敗の行方は?! それでは両者とも、準備はよろしいでしょうか? よろしいですね? 試合、開始っ!』

 銅鑼の唸るような音が響き渡る。

 その瞬間、ジルは目の前から姿を消した。否、消したのではない。彼の行動パターンを推察し、私は移動しながら彼の姿を探した。後ろでも横でもなく、上。彼が先ほどまで立っていた位置より真上に、跳躍していたのだ。弓で狙い定め、矢を放つ。魔力が込められたその弓は、しばらくの間私を狙い、追いかけて来る。

「風よ、惑わせ」

 矢に向かって詠唱する。と、私を付け狙っていた矢は風に阻まれ、ゆらゆらと揺らめいたかと思うとそのまま地面へ落ちた。

「まだまだ」

 言葉通り、矢継ぎ早に矢が飛んできた。それらも風魔法と剣で防御し、その間に私は別の詠唱を始めた。

「水よ、凍れ」

 彼の背中にあるえびらに向かって放つ。しかし、それは失敗に終わる。彼の背中の箙に辿り着く手前で、パリンと魔法が弾かれたのだ。

 自分の大事な武器を放って置くわけないですわね。

 うっかりをほんの少しだけ期待したが、無駄だったようだ。

「光の如き、放て!」

 ジルの口から詠唱が告げられる。一本の矢は光を帯び、弓から放たれる。やばい。そう思った、一瞬の出来事だった。光速で飛んだ矢は、私の左腕を掠り、地面へと突き刺さる。

 あぁ、厄介ですわ!

 光の矢。それは、光速のスピードで矢を相手に猛追させるジルが得意とする技。普通の者がやったなら、その光速によって生み出される反発力で弓から弾かれて失敗に終わるところを、彼は容易く扱った。

 光を帯びた矢は、次々と私目掛けて飛んできた。それらを難なく交わすが、この時点でジルのペースに嵌ってしまっている。

 どうしましょうか。

 私はチラリとジルを見た。

 矢を射る手を止めて、私の様子を窺っている。表情に笑みはなく、琥珀の眼光が私に狙い定めていた。

 あぁ、良かった。これでまだニヤけていらしたら、勇者の力を使うところでしたわ。

 勇者の力。それは、姫巫女さまによる勇者選定の儀で選ばれた時に一緒に神より賜った力。魔法ではなく、神力と呼ばれるものの類。魔王を打ち倒す、唯一の力。

 それは、魔王を倒した今も残り続けている。消えるものだと思っていたので驚いたが、この力で死ぬまで民のため、国のために守護をしろ、という神の思し召しだろう。

 しかし、その力は絶大。決して一般人に向けるべき力ではないが、相手は同じく魔王を倒すために選ばれた戦士。死にはしない。少しの間、ベッド生活を余儀なくされるでしょうけどね。

「連続射出、光の如き、放て!」

 連続射出。それは、彼の箙の中の矢を全て使うことを前提とした言葉。何本あるか分からない矢が、光速で、私を目掛けて放たれた。

 これで勝負を終わらせようと言うのかしら。

 しかし、私こそ伊達に勇者ではない。

 光速で飛んでくる矢を一つ一つ視覚で捉え、剣で薙ぎ払っていった。そうして、私が全ての矢を弾き終えたか後、本当は少し呼吸を整えたかったところだが、すぐにその場を離れた。

「おや、残念。バレてたか」

 私が先ほどまでいたその背後には、ツインダガーを手にしたジルが立っていた。

 バルゲンシャ族は、一族が全員弓の名手だ。その中でも、族長の息子である彼は随一の技を持つと言われているが、彼の力は弓だけに留まらない。彼は弓だけでなく、剣の扱いも慣れていた。特に、小さくて軽いツインダガーを愛用しており、今のように弓矢での攻撃を囮にしてツインダガーでとどめを刺す、というパターンは魔王打倒の旅でと度々目にしていた。知ってたが故に回避できたが、知らなければ本当に危なかった。

「君の命、貰い受けるっ!」

「……っ!」

 命ですって?!

 ツインダガーを構えて、こちらへ攻撃を仕掛けてくる私は、自身の剣で応戦する。

 ガキンッ、と刃と刃がぶつかる。一度では留まらず、連続したぶつかり合いが繰り広げられる。

 刃を交す中、視線も幾度となく交わされた。戦いの最中に見るジルの目は真剣そのものだ。

 本当に殺す気なの?

 しかし、よく考えれば確かに、この場は私を殺す絶好のチャンスだ。

 私との試合までは、模擬剣などを使用させて試合するようにされていた。無闇に命を奪わせないためだ。もちろん、国の治癒術士を何人か集めて、何かあれば即対応できるようにしていた。治癒術士に関して言えば今も同じであり、私も専門家ほどではないが、治癒術を使える。相手が深手を負えば、私が応急的に治癒することも可能だ。

 しかし、私自身の場合はどうだろうか。

 致命傷を負えば死ぬ。それは勇者になった後でも同じだ。それ故に、自身の護りは防具や魔法などで徹底しているが、決して完璧とは言い難い。ジルだけが気づいた綻びがおるのかもしれない。魔王討伐の旅の二年を共に過ごした彼ならば――。

 私は彼の剣筋を断ち、大きく後退する。そして刹那、私は光魔法による瞬間移動をし、ジルの背後へと回った。

「なっ」

 一瞬。ジルのスキをついた私は、彼の首元へ剣先を立てた。

「終わりよ、ジル」

 そう告げた私へ、ジルは振り返る。その表情は、ニヤリと不敵に笑んでいた。

「っ!」

「捕まえた」

 私の身体が、背後から抱き締められる。

 私より大きな体躯。私を包み込む長い腕。

 それがジルだと気づいた私は、踊らされていたのだと苦渋に顔を歪ませた。目の前にいたと思ったジルの姿は、霧散して消えていく。

 ジルは弓士という後衛だけあって、戦略を組む能力にも富んでいた。魔王討伐を終えた今は、その能力を買われて騎士団の参謀として会議に参加をしていたりする。

 彼は勇者ではない。しかし、戦況を有利にする知恵と、国一と言われる弓士だ。

 私は、彼を侮っていたのですわね。

 私は剣を翳した腕を下ろした。

 降参ですわ。私は負けたのです。命がほしいならば、差し上げましょう。もう私は魔王討伐という自身の使命を終えているのです。思い残すことなど、何もありませんわ。

 死を覚悟した、その時だった。

「君の命も、君の身体も、すべて僕のものだ」

 うっとりとするほど甘く蕩けるような声色で呟くと、抵抗する力を失くした私の身体をジルは、クルリと自身の方へ向かわせた。

 視線と視線が絡み合う。

 ジルの双眸は、ひどく嬉しそうに眉尻を落としていた。

 私を殺せるのだもの。当然ね。殺したいほど嫌われていただなんて、知らなかったですけど……。

 私は覚悟を決めて、瞳を閉じた。

 命乞いなどいたしません。さあ、貴方の手で私を殺しなさい。

 しかし、命を奪う痛みはいつまで経っても訪れなかった。

 代わりに、唇に柔らかな温もりが触れた。予想外の触感に、私は閉じた目を開いた。

 そこには、間近に迫ったジルの顔があった。

 は?

 途端、雑音と化していた観客の声援が、悲鳴と歓喜の入り交じるものへと変わった。

『おおっと! まさかの展開です!! ジル殿の不意討ちに成す術を失くしたクロエさまの唇が、今まさにジルさまに奪われましたぁぁぁっ! 非常に羨ましい展開です!!』

 ……実況の方、今何と仰っしゃりましたか? 唇を奪われた? 私の唇を、ジルが……?!

 呆けた頭が一気に覚醒する。私は目の前の男を突き飛ばし、睨みつけた。

 驚いた表情を少し見せたかと思うと、「奪っちゃった」と悪戯っぽく微笑んだ。

 嘘だ。

 私は、唇を乱暴に拭った。ジルはその様子に残念そうな表情して見せるが、そんなことはどうでも良い。拭えない柔らかな感触が、この男の唇だと改めて認識する。

「私の……ファーストキス……」

 奪われた。

 いつか現れるかも知れない、心の底から好いた相手に差し出そうと誓っていたキスを、よりにも寄ってこの男に。

 私のことを嫌いだと言う、私が大嫌いなこの男に――。

「なっ!」

 驚きに満ちたジルの声が上げる。悲鳴や歓声から変わって、戸惑いに満ちた観客のざわつきがコロセウムに広がった。

 それもその筈。

『あぁっと! クロエさまの身体が眩い白い光に包まれた! 姫巫女さま、これはどういう状況でしょうか?』

 何故か、実況サポートをされている国王の愛娘である姫巫女さまが、憤りと戸惑いを滲ませた声色で説明を始めた。

『こ、これは、勇者の力です!! クレス、観客席にシールドを展開してください! 観客の皆さま、その場から絶対に離れないでください!!! ジルさま、世界を救ってくれた一員として、感謝の意を唱えると同時に、私の幼馴染で姉のように慕ったクロエの唇を奪った罪、その身を持って償いなさい!!!』

 姫巫女さまの言葉が、ざわつくコロセウムの中に響き渡った。

 ジルは、ジリジリと後退している。

 私はその後退の差を無くすように、左足を前にダンッと荒い音を立てて踏み込んだ。

「く、クロエ、落ち着けっ!」

 ジルの慌てた憐れな声が、私の耳に入る。私は、彼にしては珍しいその様子に、クスリと笑った。

「落ち着け? 随分な物言いですこと。至って落ち着いておりますわ、ジル・ゲン・シャフトさま」

 目の前の男の顔は、酷く青褪めている。

 今更、自分のしたことに気づかれたのかしら? 理解したところで、もう遅いですけどね。

「貴方なんて」

 剣を振り翳し、勇者の力を手元へ、そして剣へと移す。眩い白光で、剣はまるで神が持たれ大剣のようになった。

「貴方なんてっ、大っっっ嫌いよー!!!」

 そう叫びながら、私は剣を振り下ろした。その先にはジルの姿。初恋だった男。

 本当に、本当に、本当に本当に、大嫌いよ!!!

 私は剣を振り下ろしたと同時に、後先考えず、転移魔法を使って王宮にある自室へと移動した。先ほどとは打って変わって、静まり返った私の部屋。その静けさが、自身の身に降り掛かった最悪の記憶をまざまざと思い出させた。

 鎧も団服も脱ぎ捨てて、肌着の状態でベッドに突っ伏した。ボロボロと流れる涙が止まらない。

 クロエ・フォン・デヴェリア・アナスタシア。歳は18。白百合騎士団団長を務める、国を救った勇者。その実態は、恋に恋して、夢に夢を見る、うら若き乙女。

 そういうわけで、私のファーストキスは、奇しくも初恋の相手であり、今では大嫌いな男の元へと渡ったのだった。

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