プロローグ
初投稿です。
拙い文章ですが、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
よろしくお願いいたします。
アナスタシア王国。
それは、神と精霊に愛された国。彼らを信仰する民が集う、千年の歴史を持つ王国だ。
神によって選定される指導者の下で、人々は平和に暮らしていた。しかし、その平和は今、崩れ去ろうとしていた。
災厄の到来。神と精霊に相反する存在―魔王の誕生が、神官長を通して王に告げられた。神と精霊に相反する、それは神と精霊を信仰する王国にとっても、仇なす存在だった。半信半疑であった王は、その日の夕方、雨が降っていないにも関わらず、真っ赤に燃える太陽に虹が架かったことにより、神官長の言葉を信じた。その虹は、神のお告げがあったことを示す、紛れもない証なのだから。
国を揺るがす事態に、人々は混乱を極めた。しかし、そんな中でも王は、災厄に立ち向かう決意を表明した。魔王が到来するとされる二〇年後に備えて、戦力の増強と守護の強化に国をあげて尽力した。
勝てるか見込みが全くつかない状況だったが、王自らが立ち向かう真摯なその姿に心打たれた多くの国民は、我が我がと王と国に忠誠を誓い、自ら戦力となると名乗りを上げた。
始まりの予言から十年が過ぎたある日、当時まだ幼かった王の愛娘である姫巫女シャーリーが、神の予言を聞いた。同様の予言を神官長も聞き、その夕方には十年前と同じく燃える太陽に虹が架かった。いよいよ信憑性の高まった姫巫女の言葉に、人々は固唾を飲んで聞き入った。
『今より十年後、勇者の選定を行う。その者こそ、魔王に打ち勝つ唯一の希望である。王と民が十年後も変わらぬ心ならば、勇者は現れるだろう』
姫巫女の口から告げられた神の言葉に、国は一斉に歓喜に満ち、神への信仰は高まった。また、誰が勇者に選ばれるか分からなかったため、国民全体で魔法と剣技の強化を徹底した。老若男女を問わず実施されたが、老人や理由のある者はもちろん除外される。それでも、自分たちに出来ることを、と人々は国のために自ら動いた。
そうして、十年の月日は刻々と過ぎていった。
ここは、アナスタシア王国の王宮の中にある教会。建国時よりあると伝えられている白亜の教会は、そんな月日を思わせないほど美しい。
普段は一切の立入りを禁じているこの教会は、神との対話が必要な有事―例えば王の選定や戴冠式などでしか公開されない。公開されるのも、王族と、一部の貴族や神官長、騎士団長以上の者たちと、制限されている。
教会内に居合わせた者たちは、各々正装を身に纏わせている。瞼を閉じて、重厚なパイプオルガンの音色に乗せて、祈りを捧げていた。
暫くの演奏の後、静かに静かに、音色は空気に溶ける。溶け切った音色を追い掛けるように、人々は閉じた視界を開けた。皆の視線の先には、女性と少女の狭間の危うい美しさを帯びた、成長した姫巫女の姿があった。
姫巫女は、神と精霊を模した像の前で傅き、祈りを捧げていた。華美の少ない、白い絹で作られた巫女衣装に身を包んだ彼女は、黙祷を終えると、その唇から鈴の音のような声を発した。
「父なる神よ、母なる精霊よ。私は、アナスタシア王国姫巫女―シャーリー・アナスタシア。アナスタシアの名の元に、我らの願いを捧げることをお許しください」
その言葉に応えるように、姫巫女シャーリーの周囲を白い光が煌々と輝き出した。人々は、固唾を飲んで見守る。
国をあげて研鑽を積んだ我らの行為は、決して無駄ではないと信じている。神と精霊への信仰も、それと同等の忠誠も、決して間違ってなどいない、と。
「我は求める。汝はアナスタシアを守護する者なり。汝はアナスタシアを導く者なり。汝はアナスタシアに仇なす災厄を討つ者なり」
姫巫女シャーリーの言葉に呼応して、光は鼓動するように光を強めた。その場に居合わせた人々は、その奇跡に目を見張り、一切見逃さないようにと見つめた。
それ故に、人々は気付かなかった。参列者の一人が、突然の燃えるような熱と痛みに苦しみ喘いでいたことに――。
「神と精霊の導きにより、汝、我らの前に顕現せよ。汝こそ、アナスタシアの勇者なり」
姫巫女シャーリーの願いは、確かに聞き届けられ、神と精霊により叶えられた。
教会内を一瞬にして白に染め上げた光が消え去ると、彼女の前には、彼女が良く知る者の姿があった。彼女だけではなく、参列者もまた、驚愕に目を見張った。
しかし、姫巫女シャーリーは自身の役割を思い出し、神や精霊へ疑問を呈したい気持ちを抑えて、その者に問うた。
「貴女が、アナスタシアの勇者ですか」
姫巫女シャーリーの問いに、その者は迷いなく、凛とした声で宣言した。
「私の名前は、クロエ・フォン・デヴェリア。我が身はアナスタシア王国のために。我が身はアナスタシア王国の民のために。我が忠義はアナスタシア王国にあり! 必ずや、災厄を打倒して、アナスタシアに安寧をもたらしましょう!」