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  作者: 犬丸
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 予期せぬ獣と鉢合わせた、それよりも数ヶ月前――。




「一週間後、卒業試験を行う!!」




 担任のいつもよりも一際大きな声を最後に、六歳から通い始めた学校生活に終止符を打とうとしていた。俺が通っているのは闇影隊を育成する学科だ。


 闇影隊とは、この世界を統治する王家が大昔に設置した歴史ある部隊で、その目的は、人害となる生き物を駆除し社会の安寧を維持することである。


 教科書から引用するとここまで簡潔に説明できるが、実際のところ、そんな生易しいものではない。


 教室を後にする同期の表情は実に様々だ。一週間後を楽しみに目を輝かせる人や、不安に押し潰されそうな人、はたまたいつも通り帰って行く人もいる。俺は後者にあたるだろう。




「ナオト、帰ろうぜ」


「うん」




 秋風に身震いする夕暮れ時。校舎を背にして歩くと、女子の熱い視線が二種類と待ち構えていた。いつものことだ。一つは俺の隣を歩く兄、走流野ヒロトに向けられた好意を寄せる視線である。


 派手な金髪に下唇にある三つのピアスは印象に残りやすく、また喧嘩が強い。俗にいうヤンキーの類いだ。性格は短気で、口が悪い。


 訓練校に通う人間の中で一位の成績を誇るヒロトは、この地位を誰にも譲らなかった。女子から人気があるのも頷ける。


 学校では問題児とされているけれど、それでも背筋を伸ばして学校生活をおくっていた。


 一方、この俺はというと、ヒロトとは違った意味で問題だらけである。


 喧嘩は弱く、いつだってヒロトの背中に隠れながら過ごしている。真逆の性格というわけだ。


 伸びきった黒い髪で視界を隠しながら、どんな暴言を吐かれても全て受け止めていた。時には泣き、時には逃げて、時には引きこもりになったこともある。


 周りからは、臆病な性格にたとえて「千切れかけの金魚の糞」だと呼ばれるようになったけれど、胸の奥のそのまた奥で文句をぶちまけて発散する。こんなやり方ですら臆病だ。


 そんな俺をいつも外に連れ出すのはヒロトだった。


 鞄を抱きながら目の前で静かに揺れる金髪を見て、小さく息を吐いた。鞄の中には、教科書よりも重いラブレターの束がぎっしりと詰まっている。


 つまり、もう一種類の視線は、ヒロトに必ず渡せという半ば脅しの視線である。まあ、こんな俺に好意を抱く女子などいるはずもない。


 ちなみに、俺たちは一卵性の双子で、外見での違いは髪の色だけだ。




「自分で渡す度胸がないのなら、告白なんて無駄なことやめておけばいいのに」




 小さな独り言はなびいてきた風にかき消されてしまった。


 家までの帰り道、目線を下に落とした。俺たちが歩くだけですれ違う人は立ち止まるし、道の先にいる人がこちらに気づくとヒソヒソを会話を始める。




「呪われた双子め……」


「あんたの奥さん、妊娠しているんだろ? 絶対にこの道を歩かせるんじゃないぞ」


「息子に聞いた話しだが、混血者と同等の力をもっているらしい。呪われているだけでなく、化け物じみた能力も備わっているとなりゃ、成績上位なのも納得だが……。結局は化け物ってことじゃねぇか」




 いつものことだ。




「母親とおじいさんはまだ見つかっていないのか?」


「なあに、もう死んでるさ……。セメルさんも災難だ」


「あの双子の父親か……。子に恵まれず、可哀想に」




 いつものことだ。そう自分に言い聞かせてやり過ごす。そして、心の中で謝るのだ。尊敬する我が兄に、申し訳ない――と。


 それから、タイミング良く、屈託のない無邪気な笑みを浮かべながらヒロトがこちらに振り返る。まるで心の声が聞こえているかのように。




「なあ、ナオト」


「なに?」


「一週間後の卒業試験、絶対に合格しような。闇影隊になって外に出まくるんだ。んで親父みてぇに活躍しまくって、こいつら全員を黙らせてやろうぜ。な?」


「簡単に言うけどさ、〝なに〟と殺りあうかわかってんのかよ……」




 すると、ヒロトは自身の両手を擦り合わせて、その手で俺の両頬を包み込むようにして軽く叩いた。頬にはじんわりと熱が伝わってくる。俺は小さく息を吐き出した。




「安心しろ、だろ?」


「そういうこった。まだ一週間あるんだ。俺や友達に相談するのも良し! とことん悩めばいいじゃねぇか」




 この日、闇影隊である父さんは、任務が滞っているのか帰って来なかった。時計を見ると、すでに日付をまたいでいる。


 二階にある自室を出て、隣の部屋にいるヒロトが眠っているかを確認する。ドアに耳を押しつけると物音一つ聞こえてこない。階段を下りて靴を履き、夜道を歩いた。


 吹きつける風の感触はとても柔らかく、春の訪れを感じさせた。それと同時に、この国は奇妙だと改めて実感させられる。


 小さい頃によく遊んでいた公園を通ったので、ひとまずベンチに腰を下ろした。そして夜空を仰いで、考えるのだ。




(……どうして北闇には冬がないんだろう)




 ここ北闇の国は、四大国ある中で最も森林面積を誇る国だ。その割合は国の六割にも及ぶ。そんな森だらけの領土の左側に、大木で囲まれた土地で暮らしているのが北闇の人々だ。


 なぜだか北闇には冬がこない。子どもは、おそらく俺を除いて誰一人としてこの疑問を抱いていない。


 三年間通った訓練校で説明はなく、この疑問を教室で何気なく口にした日には変人扱いされ、先生には二度と季節の話しをするなと注意された。大人は誰一人として教えてくれない。


 そんなことを考えていると、いつの間にか目の前に女の子が立っていた。そいつは、長い白髪の髪を揺らしながら黄金の瞳で俺を見下ろしている。同じクラスのユズキだ。




「こんな時間になにをしている?」


「ユズキだって同じだろ」




 彼女は唯一の友達である。


 北闇から他国へ引っ越し、他国からの転校生という形でまた戻って来た彼女は、性格に難のある変わり者だ。


 ユズキは静かに隣に腰を下ろした。




「僕は散歩だ。ヒロトはいないのか?」


「眠ってる」


「それは好都合だな」




 その一言に思わず笑いがこぼれた。ヒロトとユズキは仲が悪く、顔を合わせる度になにかしら言い合っている。決まって止めに入るのは俺だ。




「口が悪いだけでヒロトは良い奴だよ。仲良くしたら?」


「あいつが毒を吐かないとしたら、それはお前にだけだ。あまあまのベタベタだからな。そんな奴とどう仲良くすればいいんだ……」




 ユズキの言う通り、ヒロトは俺に優しい。優しすぎるくらいある。卒業試験のことを話したときがそうだろう。最初は絶対に合格しようと背中を押してくれたが、最後には一週間あるのだから悩めばいいと言った。


 本当は俺に闇影隊の入隊を諦めてほしいのだ。


 噂のせいで、今よりも幼い頃から喧嘩に明け暮れていたヒロト。臆病な俺を必死になって背中で庇い、いつだって守ってくれた。だが、闇影隊に入隊すれば、きっと別々の班に配属されるだろう。それをヒロトが快く受け入れるはずがない。


 というのは、どうしてだか、ヒロトは目の届かない場所に俺がいることをとても嫌うのだ。理由を尋ねたことはないけれど、そんな兄が弟の入隊を喜んでくれるとはとても思えない。


 だけれど、ヒロトは俺に優しい。口が裂けても入隊するなとは言わないだろう。




「ユズキは卒業試験、受けるの?」


「ああ、そのつもりだ。条件付きだがな」




 そう言って、ユズキはおもむろに俺を指さした。




「お前が受験するなら僕も受験する。しないのなら、闇影隊にはならない。仮にお前が不合格となった場合は、僕は入隊を辞退する」


「それはつまり、俺の合否次第でユズキの将来が決まるってこと?」


「そうだ」


「ちょっと待ってくれ。それだと俺は嫌でも受験しなきゃいけないじゃん!」


「どうしてだ? お前が受験しないのであれば、僕もしない。そう言ったじゃないか」




 友達関係になったときからユズキはこうだ。なにをするにも、訓練の時でも、俺と一緒じゃなきゃ授業さえ拒否してきた。別に俺に対して恋愛感情があるわけではないのだから、とんだ変わり者だ。




「それがヒロトと言い合いになる原因だとは思わないの?」




 ユズキが鼻で笑う。




「誰といようと僕の勝手だ。まあ、ヒロトの性格がああなったのは噂のせいだろう」




 ふと、帰り道を思い出した。


 俺たち兄弟は、呪われた双子だと噂されている。原因は、母さんやじいちゃんが消えたからではない。これは後づけであって、本当の理由は俺が生誕したことにある。


 というのは、出産時、母さんのお腹の中にはヒロトしかいなかったのだ。それなのに、ヒロトの後に続いて俺が誕生した。噂によると、病んだ母さんは国を出て行き、じいちゃんも後を追うように出て行ったらしい。


 しかし、問題なのはそこではない。重要なのは、俺が〝出産時になにが起きたのかを鮮明に覚えている〟ことだ。だから、ヒロトに謝るのだ。


 謝罪を口に出して伝えることができれば、どれだけ楽になれるだろうか。全てを説明できれば、こんな思いをせずに済むのに。でもそれは叶わない。死ぬまで隠し通さなければならない。


 ユズキの言葉が正しければ、ヒロト性格を作り上げてしまったのは――。




(俺が全部悪いんだ……)




 まるで生き埋めにされたみたいに身体が重く、いうことを利かない。罪悪感から動けなくなった俺の耳の横で、ユズキが指を鳴らした。




「人の話は最後まで聞くものだ。考え込むのはお前の悪い癖だぞ?」


「ごめん……」


「僕がお前の合否に任せるのには、ちゃんとした理由がある」


「なんだよ、それ」


「友達だからだ」


「それはすごく嬉しいけど……。とりあえず、ヒロトとも話し合わなきゃな」


「お前にとってヒロトは大切な存在かもしれないが、入隊すれば今まで通りではいられなくなる。任務への支障を考慮し、身内は別々の班に配属するはずだ。そのとき、班員のメンバーがヒロトの知らない奴だった場合、あいつは発狂するだろう。お前に止められるのか?」


「いや、無理だ」


「だろうな。だが、僕がいれば話は変わってくる。あいつは気に食わないかもしれんが、一緒に行動するなと言っているわけではない。嫌々ながらも諦めるはすだ。それに、どのみちヒロトが受験するなら、お前もそうするだろう?」


「だとしても、俺とユズキが同じ班になれるかどうかは、また別の話じゃん」




 それから一週間後――。


 俺の目の前には、腕を組みながら片頬を上げて笑みを浮かべているユズキと、隣には彼女をこれでもかと睨みつけるヒロトの姿があった。俺たちの胸には真新しい戦闘服が抱かれている。


 その近くを、担架で運ばれていく人たちがいた。全身を白い布で覆われている。無意識に目で追っていた。すると、俺の視界をそれをヒロトが両手で覆ってきた。そうしながら、ヒロトが話しかけたのはユズキだ。




「ナオトを頼む。絶対に死なせるんじゃねえぞ」


「お前こそ、死んでナオトを泣かせるんじゃないぞ」


「誰に言ってやがんだ。俺は人間最強だっての」




 視界が解放されると、担架の姿はどこにも見当たらなかった。ヒロトの両手は俺の肩に置かれた。




「いいか、ナオト。必ず俺と親父のところに帰って来い」




 肩が物凄く痛い。ヒロトの手は小さく震えていた。


 こうして、俺は訓練校卒業と共に千切れかけの金魚の糞をも卒業したわけだが。


 まさか、早々に大事件が勃発するとは予想もしていなかった。


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