苦い味
これは先輩(私)の過去話
私の両親
母は高校の教師で私が小さい頃から教育に厳しく、テストで一問でも
間違えると殴ったり蹴ったりとすぐ暴力にはしる恐ろしい人だった。
父は医者で私には無関心で私が母に殴れて腫れた頬を見ても見て見ぬふりをする。
父は昔の母に似ている私を嫌っている。家にはほとんど居らず、たまに帰ってくるなり母と毎日の
ように喧嘩をする日々…
喧嘩が始まると私は押し入れに籠り体を縮め、収まるまで隠れる日々を送っていた。
これからも送るものだと思っていたが…
ある日「たまには帰ってきなさい」と母の叔父から電話があった。
私達は、顔を見せに行くことになり久ぶりに家族全員で帰省することになったが、これが両親と過ごす最後の日なってしまった。
父は信号待ちをしていて青に変わった瞬間、前進させた。すると、突如横から強い衝撃を受ける。
車は、簡単に傾き地面を引きずった。
車と衝突したであろうトラックは前がへこんでいるぐらいで運転手は無事だった。
車は無残な姿となっていた正面は原形がないぐらいへこみ、ガラスはすべて割れ地面に飛び散っている。
道路は真っ赤な血が染めていた。
そこに群がる人々は心配そうに事故車を眺める。
しばらくしてサイレンが事故現場に響きわたり警察と救急車が到着。
いつの間のか意識を失っていた私は誰かの呼びかけで目を微かだが、開ける。
ぼやけていてはっきりと見えていないが、母と思われる面影を見た。
車の下敷きになって血まみれになっている母を救命士が救助している姿がそこにある。
私は持ってる力を振り絞って声を出す。だが、母は返答ない
眼が霞み、私は徐々に意識が薄くなり…
二度目に目を開けるとそこは病室のベッドで寝ていた。
周り見渡しても誰もいない。私は近くにあったボタンを押した。
数分後、看護師さんや医者さんが現れ険しそうな顔で私を見ている。
医者は私にこう宣言する。
「残念ながら、君の両親はお亡くなりなってしまった。頑張って処置したのだが…
すまない」
私は実感がもてず、両親が死んだ事を悲しむこともできなかった。
それから、数週間の時が流れ
私は、母の叔父に引き取られていた。
叔父は、三年前に奥さんを失っており一人暮らしで私が来てくれて
とても喜んでくれたことを覚えている。
私には自分の好きになれないところがあった。それはこの黒髪だ。
幼い頃から私の髪を、引っ張り暴力を振るう母
私の髪を毛嫌いする父
そんな、二人の憎しみの眼で見られ生きてきた為、どうしても好きになれなかった。
でも、叔父は「綺麗な髪なのだから大切にしなさい」と初めて褒めてくれた。
とてもうれしかったことを覚えている。
そして、私も少しずつ好きなることができた。
叔父との生活はとても楽しく充実した生活だったが、私が中学三年の秋頃。
叔父は心臓の病気になり命を落とした。
そして、私は一人になった。不安もあったけど、叔父が残してくれた遺産もあったし
死の直前に大切な言葉もらっていたからこそ、これからやって行こうと決心ができた。
「いいかい?君は幼くしてつらい経験を多くしてきた。その分、髪を伸ばして願掛けにしなさい。
幸せになれますようにと願いながら、不幸になったぶん幸せは必ずやってくるから心配はないよ
こんなに綺麗な髪なのだから…」
私は叔父の言葉を信じて髪を伸ばしていく。
必ず、「幸せになってやる」と亡き叔父に誓った。
秋、紅葉と黄葉が風に散っていき、空から白い雪が降り地面を覆う。
雪が徐々に解け白で隠された地面が露わになり暖かく桃色の桜が散り始め…
春、私は高校生となる。