代償
アンチチートが書きたくなった結果⇒失敗
とある世界のとある国。臆病な人間たちが暮らすそこは、魔物と呼ばれる存在に脅かされていた。
正確には、脅かされていると思っている。なんとも臆病な人間たち。
彼らはあまりにも臆病だったために、魔物に勝手に抱いた恐怖を以て禁忌を犯した。
それが、異人召喚。
本来なら、存在してはならない呪法。隣あった世界ならまだしも、遠く離れた世界とつながるなど、あってはならないこと。世界の距離が曖昧になり、それは病のように世界に伝播し浸食する。そうして世界が混ざりあい、一つの世界が抱えるエネルギー――魔力や霊力、生命力などだ――が二つにも三つにもなり、"世界"という入れ物の許容量を超えてしまう。
結果、入れ物が壊れる。風船がいい例だ。空気を入れすぎると破裂する。
だから、存在してはならない呪法。しかし、生き物というのは少なからず欲があるもので。その欲は、ダメと言われてしまうとどうしても欲しくなってしまう類のもので。生き物は、そのための努力を惜しまないわけで。禁忌を定める項目をすり抜けて、呪法が作られてしまう。
ふぅ、と一つ溜息。
眼下には、大きな白亜の城の中庭にある巨大な魔法陣。その中心に立つは、黒髪黒目、中肉中背の少年。見目はよくなく悪くなく。特徴的なものは、彼がいた世界を基準に考えると何もない。だが、この世界にとっては、黒髪黒目は神の愛し子の証。何せ、この世界の生き物には存在しない配色なのだ。
彼には、力があった。世界を渡ったことによる、二度と元の世界に戻れないことを代償にした力。その力は、魔をうち滅ぼす力。すなわち光。
彼はたちまち勇者に祭り上げられた。本人もまんざらではないようで、「チート能力持ちで異世界を冒険できるとか、ここはラノベの世界か!」と内心喜んでいた。
勇者になった彼は、"勇者"たる資格もないのに国の周囲の魔物を討伐しはじめた。当然、生き物は自分を害為す存在をよく思わないわけで。魔物たちは異人の少年を敵と認識し、本能に従い殺そうとした。そうすると当然、彼は死にたくないからと魔物を殺すわけで。
延々と続いたそのループを抜けた先に待っていたのは、生態系を崩壊させたことを代償にした力。その力は、命を奪う力。すなわち裁き。
臆病な人間たちに勇者に祭り上げられた少年は、国の周囲にいた魔物を全滅させた。それにより、国を囲っていた森に生き物がいなくなった。
そうして起きた森の壊死。当然だ。魔物の死体を、糞尿を肥料としてきた森なのだ。肥料を恵んでくれる存在がいなくなったため、木々は栄養の奪い合いをした。結果、森から薬草や果実を得られなくなった臆病な人間たちは、飢餓に喘いだ。当然だ。国の土地は元々肥沃でなく、いくら開墾しても作物の育ちにくい土壌だったのだから。それを肥やしてくれていたのは、魔物だ。だから魔物のいないところでは、まともな作物ができない。
≪システムエラー発生≫
勇者と崇められた少年は、国に滅びを齎した邪神とされた。
そうして、国の魔術師に、騎士に、殺された。殺されたはずだった。
≪生命管理システムに異常アリ≫
≪偏った魂が大量に冥界に流れ込んだため、冥府は対応に追われています≫
≪AAAABBBBBBBBYY地点からOOOUUIIIIIII地点の世界のリンクを確認≫
≪代償の未払いを確認しました≫
少年は、死ねなかった。それはそうだ。光とは、生。死など、あり得ない。
そして裁き。少年を邪神とした国は、国に存在した生命を糧として森になった。森になれなかった生命は、魔物になった。
臆病な人間たちが、恐れていた魔物になったのだ。
「代しょウノ未ばラい、ドウしよう…」
少年は、この世界にあってはならない存在。その存在が、このシステムエラーを引き起こした。エラーを修正するために必要な代償は、少年一人では済まされない。もう、それ以上のことになってしまったのだから。
このままでは、二つの世界の間にある世界も、一緒くたになる。エネルギーが、暴発する。世界が、壊れる。死ぬ。
それを防ぐ代償は。
「なかッたコトにすルシか、なイよネ…」
そうして、呪法により呼ばれた少年も、とある世界も、二つの世界のリンクも。すべてなかったことになった。
一つの管理者の存在抹消を代償にして。
世界座標AAAABBBBBBBBYY地点にある世界。そこは、魔物が世界の五臓六腑として存在する世界だった。その世界においては、人間は雑菌と大差なかった。
その世界が、消滅した。いや、そもそもなかったことにされた。
新しい世界が作られることは、もうない。だってそこには、元々何もなかったのだから。
そう、機械仕掛けの管理者も。
世界座標とは。A地点を軸にZZZZ………ZZZ(Zが無限大)地点まで展開される世界のアドレス。
すべての世界のアドレスを把握しているのは、世界座標の概念を作った始祖神のみ。