ぷろろーぐ:おれはかれ
突発的にかきたくなった。 台詞が無い。 行き当たりばったり。 状態異常:執筆鈍足
光がはじける。
それと同時に体の周りにあった何かがパリンとはじけ飛ぶ気配を感じる。
ゆっくり目を開けていく。
そこは幻想的な光が降り注ぐ見慣れない空間。
(何が……?)
起こったのだろうかとぼんやりとした頭で考える。
はっきりしない意識の奥底で、だが確実に覚醒は進んでいった。
早い話、自分の身に何が起こったのかというと、それはある種のお約束だったわけで。
異世界転生。
そんな、巷に転がっているありふれた物語のような展開。
ある日、目が覚めて立ち上がったつもりが目線の高さがおかしい。
体にみなぎる不思議な力の感触がおかしい。
ごつごつとした岩屋の奥に作られた、不思議な祭壇のようなものの上にいることがおかしい。
当たり前のように頭の中に流れる、この世界の知識がおかしい。
何もかもがおかしいことだらけ。
でも、それを平然として受け止めている自分はもっとおかしいのだろう。
自分の記憶が正しければ、昨夜はもう何年も続けているモンスター育成ゲームのレベル上げをしていたはずだ。レベル上限に達したところで、別のモンスターと配合させて卵が生まれたところまでははっきりと覚えている。
だが、その瞬間からぷっつりと途切れたように記憶が無い。
(寝落ち?)
いや、普段の自分ならまだまだ余裕で起きてゲームをしている時間だ。
それに眠気も感じずにいきなり記憶が途切れるなんて寝落ちのはずが無い。
あまりにも不自然な点がおおいが、いま自分の身に何が起こっているかを考慮すればこれはその時点でこちらの世界へと飛ばされてしまったのだろう。
やはりあまりショックを受けていない自分がいる。
これも、自分が人間ではなくなったことが原因なのだろうか?
うすうす感じていたが、異世界に降り立った自分の体はヒトのそれではなかった。
四肢が無く、頭部も無ければ、目鼻口も無い。
ずりずりとまるで這いずる様に地を進み、ぽよんと飛び跳ねれば勢い余って岩屋の天井に穴を開ける始末。
その姿はまるで青色をした葛饅頭。ちょいと柔らかめ。
多分鏡か何かで見れば、その姿は自分にとって非常に見慣れたものなのだろうなと漠然と理解した。
なぜなら、眼前にある祭壇のような岩でできた舞台のような場所。その周りを飾るどこぞの民族チックな飾り。そして舞台の上に散らばる卵のかけら、つまり自分が今までいた場所だ。
あまりにも見慣れたそれは、ゲームのドット絵から現 実になったくらいで見間違えるものではなかった。
これから推測されるのは、つまり自分が転生したのは例の育成ゲームのモンスター。
自分が何年も時間を、知恵を、心血を注ぎ育ててきたその集大成。
親からも、兄弟からも、友からも呆れられながら、それでもなお続けてきたライフワークの結晶。
(嗚呼、俺はお前になったんだな……。)
俺はある種の喜びに体の震えを抑えることが出来なかった。
異常と呼びたければそう呼ぶがいいさ。
こいつは、俺にとって初めてのトモダチ、相棒、パートナー。
幼く人見知りが激しかった俺に、両親が与えてくれたものは1台の携帯ゲーム機とモンスター育成ゲームのソフトだった。
両親としては、世間で流行のゲーム機でも持っていれば友達の1人や2人くらい出来るだろうとの打算があったのだろう。
確かにその目論見は成功し、話下手で根暗な俺にも何人かの親友と呼べる存在が出来た。
だが、それ以上に俺がそのゲームにはまってしまったことは計算外だったはずだ。
ここまでドハマリしてしまったことに関して両親に悪いと思うが、こればかりは譲れない。
その世界には胸躍る大冒険や、恐ろしい敵に、頼りになる数々の仲間たちがいた。
それらに即座に魅入られた俺にもはや何を言われたところでやめることなど不可能だったんだ。
このゲームを始める全ての人間が一番に仲間にするモンスター。
それはスライム。
このゲームを代表とする顔役ともいえるこのモンスターは、決して強いものではなかった。
チュートリアル的な意味合いが強い彼は、普通のプレイヤーならば即座に戦力外。もしくはネタ的な意味合いでしばし使われる、そんな存在。
だが、俺にとっては初めてのトモダチだった。
だから、トモダチと離れ離れになるなんて嫌だった。
だが彼は悲しいかな、いくら育てても弱いまま。物語が進むにつれ彼は自分の力不足に嘆くように、その身をプルプルと震わせているようでもあった。
幼い俺は、当時両親に泣きながらこう言ったそうだ。
「スライム、なんですぐ死ぬん?」
泣きやまない俺に慌てた両親は、いろいろと手を尽くして様々な情報を仕入れてきてくれた。
レベル上限に達したモンスター同士を掛け合わせることで、卵を産ませメインとなったモンスターの種族としての質を高められること。質を高めることで、ステータスにボーナスがつき、弱いモンスターでも頑張れば強くできること。有用なスキルや、それを受け継がせるための素材モンスター。さらに、様々なステータス強化系アイテムの存在に装備品の手に入れ方・作り方。
普段ゲームなんかやったこと無い両親が、それらの情報を集めるのにどれだけ苦労したのか当時の自分はまったく分かっていなかった。まったくもって若気の至りである。
だがこの値千金の情報のおかげで、彼はゆっくりとだが確実に強くなっていった。
初めてレベル99の彼と、見た目もいかついドラゴンレベル99から卵が生まれたときの感動は今でも覚えている。
卵から生まれたその子供にも、俺は彼と同じ名前をつけた。
そしてその種族の横には輝く☆1の印。
だが、それがこれから長く続く俺の業になるとは誰も思いもよらなかった。
このゲーム、掛け合わせるときに種族の質をあわせないといけないのであった。
つまり、☆1のモンスターは☆1と、☆10だったら相手も☆10まで育て掛け合わせないといけない。
さらに覚えさせたいスキルや、伸ばしたいステータスなどの選別などもある。
お分かりいただけたと思うが、ひたすらに面倒くさいのだ。
だが、俺にとってはそんなことは瑣末なことでしかなかった。
自分の友が、どんどん強くなっていくことに何をためらうことがあるのか?
彼は自分の一番の親友で、そして一番かっこいいヒーローなのだ。
ヒーローは何物よりも強く、そして気高く、何より誰にも負けない。
そのためにはどうすればよいのか?
答えは見えているのにやらない道理は無い。
そんな感じで、毎日毎日もくもくと育成の日々は続いた。
1年経ち、2年経ち、ゆっくりと進んでいった育成はようやく最期のときを迎えることが出来た。
彼の相手となるモンスターは既にレベル99の☆98、彼も今しがた最後のレベル上げが終わった。
もう既に6代目となり、洗練されたスマートな形になったハードを手に感慨深くもなる。
もう何回訪れたかも分からない、配合を行う祠の中へと進む。
そして、担当するおじいさんに彼と相手のモンスターを渡すと最期の選択肢が出る。
『配合を開始しますが、よろしいですか?
→ はい
いいえ 』
思わず胸の奥からぐっとこみ上げるものを感じた。
これで彼は全ての頂点に立つのだ。
自分がその手伝いが出来たのだと思うと笑みと共に涙がこぼれそうになる。
初めて出来たトモダチは、今の今まで自分を見続けてきてくれた。
幼い俺を勇気付けてきてくれた。
親友たちと出会うきっかけになってくれた。
何かを続けることの大切さと大変さを教えてくれた。
もはやゲームという枠を超え、これは俺の人生の一部だといっても過言ではない。
そう、彼は俺であり、俺は彼だったんだ。
弱い弱い俺たちは、必死になって強くなろうとあがき続けた。
世界は違うが目指したところは同じ。
強さの質は違うが、手に入れたかったものは同じ。
彼を大切に思う気持ちは、自分に応えようとしている彼と同じ。
決定ボタンに添えた指をそっと押し込む。
画面に写る2体はシルエットとなり、一瞬の暗転後そこに残ったのは生まれたての卵が1つ。
嗚呼、これで俺たちの夢はかなう。
そう思った瞬間意識は途切れていたんだ……。
そして、俺たちは今まさに生まれた。
新たな力を宿して。
新たな体の元に。
新たな人生の幕開けをこの異世界へと。
焼き付けるんだ!
俺は!
彼は!
今、ここにいるっ!
イーリアスと呼ばれる世界のどこかで新たな命が一つ生まれた。
それは、この世界において生まれるはずの無い命であった。
だが確かにその生命の波動は鼓動を刻み、イーリアスへと自分の存在はここにと叫びを上げる。
それは今はまだちっぽけなものなのかもしれない。
しかし、それは後に伝説へと語られるようになる。
吟遊詩人が唄い、人々が噂する。
数多のものが目撃し、数多のものが慄く様に。
その行く先は遥か高みへと定められていた。
彼はまだ知らない。
自分という存在がいったい何なのか。
人々はまだ知らない。
彼という存在がいったい何なのか。
だが異 世 界は知ってしまった。
彼という存在を、彼という在り方を!
物語りは紡がれ始めた。
それはいったい誰が望んだものなのか?
それは誰も知らない、彼も知らない。
動き始めた物語を止めることが出来るものは誰もいない。
ならばあとは紡がれていくのみ。
終幕の、そのときまで。
彼の命の燃え尽きるそのときまで……。
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