第八話
第八話 ―橙―
「やっぱりここでも、もんじゃなんだね」
前に来ていたところとは違う匂いが漂っていた。
「しっかし、今月二回も震度六強の地震があったくせに被害少ないよな」
「予測施設でもあるんじゃないの?」
ここでも、やはり同じような物を頼んでいた。
「日本には、まだ無いはずだけど?」
「地震大国のくせに・・・か」
もんじゃの中に入っていたキャベツを小暮がつまみ食いした。
「そういえば、みんなは何でこっちに来たの?」
「親の転勤」
「親の転勤」
「高飛び」
「・・・は?」
リズムを乱すようなことをよく言えたものだ。
「お前ら知らないと思うけどさ、俺んち一年ぐらい全部止められてたんだよ。
で、何かどうこうやってるうちに、キラキラ荘とかっていうところが家賃二千円だ、っていう理由だけで来た。」
「キラキラって・・・しかも二千円・・・かなり怪しいわね」
「家賃払うのに諭吉さん出さなくて済むなんて、すごいね。そこ」
篠崎が野菜を切ろうとした瞬間にありえない音がした。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何回切ろうとしても、結果は同じだった。
「凍ってる・・・これ」
「あ、うん。そう」
「やっぱり・・・・・・」
二人はまた格納庫で話していた。
「家賃が五桁いかないって聞いたから、そうだと思った」
「五桁いってないの?いいなぁ〜。あたしも住みたいなぁ〜」
レナが手すりにつかまりながら足を上下に揺らす。
どこか、あどけなさの残る仕草だった。
「そういえば、レナってどこに住んでるの?」
「夜這いでもするつもり?」
「ち、違うよ!」
志隆が全力で否定した。
「どうせここに住んでるから、しようと思えばできるんだけどね。もちろん逆も」
「逆って・・・・・・」
しばらく格納庫の中が主電源換装作業の音のみになった。
志隆の目の中に知人が映った。
「清輝?」
そこには汗を流しながら、しきりに何かをいじくっている清輝の姿があった。
「パイロットじゃなかったっけ?」
「あいつはパイロット兼整備員。あれはあれで、結構大変だったりするのよね」
清輝に由佳里が話しかけていた。
「あのとき入ってきた人だ。名前、何ていうの?」
「新藤由佳里さん。見てわかるとおり、ここで一番女性な大人」
志隆がレナを見る。
「は、量らないでよ・・・・・・」
恥ずかしそうにレナが隠す。
「いや、そんな気全然無いよ」
「・・・あたしは眼中に無いってことか・・・・・・」
「あ、あるよ!ありまくりだよ!」
勢いで放ってしまったことは、レナを見た志隆の顔でわかった。
「じゃあ、一ヶ月越しでOKってこと?!」
「いや、そ、そういうわけじゃ・・・・・・」
レナが再び肩を落とした。
「やっぱり、あの体型には勝てないか・・・・・・」
「あの、ってどの?」
レナは格納庫から出ていった。
「傷つけちゃった・・・かな?」
「どうした志隆」
清輝はコーラと缶コーヒーをお手玉しながら向かってきた。
「それ、大丈夫?開けたとき」
「・・・やべぇ」
清輝が意味も無く一回転してかっこよくコーラを取る。
そして、腫れ物に触るように静かに床に置いた。
「大佐、どうしましょうか」
「ここは無難に開けて、液体が触れる前に手を引く。
これぞベストだ」
「・・・Mission.Impossibleを私に?
無理です大佐」
志隆は少し力をこめて清輝の肩を叩いた。
「大丈夫だ。お前なら出来る。
自分を信じるんだ。お前に出来ないことは、私との縁を切ることだけだ」
「大佐・・・・・・」
二人は固く抱き合った。
「さあ、やるんだ!今こそ!」
「イエッサー!」
プルタブを引いた瞬間。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
余りに振りすぎたせいなのか、志隆の顔面に見事に全液命中した。
「大・・・佐・・・・・・」
「わかった。だがよかったじゃないか。
お前にはできることが一つ増えた」
「大佐―――――!!」
「目、しみる」
志隆は目をかなりの速度でまたたかせながら清輝と廊下を歩いていた。
「ま、おごってもらったと思えばそれで済む話だ」
「あんまり味わえなかったけどなぁ」
志隆は口のまわりを舐めた。
「無し・・・か」
「まあ、これでも飲んで元気出せって」
志隆は渡された飲み物を外装も見ずに飲み始めた。
そして、噴いた。
「なんでブラックなんて買ってるの?」
「ああ。あいつが頼んできたやつだったからな」
「あいつって?」
「巨乳」
「ああ」
志隆は噴きだしたものをしばらく見たあと、また歩きだした。
「で、なにしてたんだ?あんなところで」
「レナと話してたんだけどさ、何か傷つけちゃったかなぁ・・・って」
「女心は秋の空・・・ってか?」
清輝は天井をながめながら歩きだした。
「他にもガラスでできてる、とかあるけどさ、そんなロマンチックなものなわけねえじゃねえかよ。
せいぜい、紙だろ?一滴垂らせばすぐ染まっちまうような、さ」
「レナの心も、英子さんの心もそんなのなのかなぁ」
「英子?あのメガネ?」
少し清輝が関心を示す。
「うん」
「そいつまで参戦してきたのかよ。初耳だな」
「参戦はしてないと思う。口移しでケーキ食べさせられただけだし」
「それ・・・2よりやばくないか?絶対」
志隆は三十年も前の記憶をたどるようにして話し始める。
「最初は本当に冗談半分で言ったことだったんだけどさぁ〜。
なんか真に受けちゃったみたいで。
しかも、『なによ!人のこともてあそんで!』みたいなことで怒らせちゃったし」
「まあ・・・簡単に言うと原因は勘違い、ということだな?」
「そういうこと」
「まあ、謝っておいたほうがいいと思うぞ」
「でも、なかなか会えなくて・・・さ」
飲みかけのコーヒーをまわしながら言った。
「部屋、案内してやるか?中がどんなことになっててもしらないけどさ」
「着替えてたちするととんでもないことになりそうな気がするから、やめとく」
「そうか」
ここはカモフラージュ用の廃墟ビルの屋上・・・だろうか。
由佳里が階段をのぼってきた。
「先輩っ!」
美月が少しべそをかきながら由佳里に飛び込んだ。
「その一言を聞いたら、他のやつらはどう思うだろうな」
少しずつ、美月がしゃくりはじめた。
「先輩にっ・・・言われて・・・作戦立てたら・・・失敗しちゃって・・・結局かりんに・・・まかせっきりになって・・・・・・」
「初めから全て成功していたら、お前は神だ。いつも言っていることだろうが。
それに、最近どうした?来るたびに呼んでいるじゃないか。
もう一回言っておくが、今、お前は私の上に立つ身分になっているんだぞ?」
美月が顔を由佳里の胸に押し付ける。
薄く、色がにじんだ。
「だって・・・だって・・・・・・」
「わかっていても泣きたくなる・・・か。
確かに、いつも気張っていては疲れるからな」
由佳里が静かに美月の頭をなでる。
「・・・子供扱いしないでください・・・・・・」
「強情張りは泣き目も変わらず・・・か」
「志隆とはどうだ?進展はあったか?」
美月はとうの昔に泣き止み、二人は手すりのない屋上から足を出していた。
「何も無し・・・です」
「正直なやつだな。お前も」
兵装ビル群が夕日を浴びて黒く染まっていた。
「ライバルが一人か、二人か、三人になっているのに・・・か?」
「一人?」
「レナが清輝との仲を築き始めたからな。廊下で押し倒されていた」
「廊下・・・ですか!?」
どうやら、本当にそう思っているらしい。
「事故かもしれんが、あれはあれでなかなかお似合いだからな」
「そうですかね?」
「大丈夫だ。互いが互いを嫌い、という共通点がある」
美月が含み笑いをした。
「意味無いじゃないですか。それ」
「いや。嫌い、ということはそれだけで相手を意識している、ということだ。
ということは、きっかけはものすごく簡単かもしれないからな」
「そうですかねぇ」
わずかに聞こえる風以外は何も聞こえなかった。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・静かですね」
「・・・そうだな」
美月が由佳里の肩によりかかった。
「・・・どうした?」
「なんとなくです」
「私を男に見立てて妄想か?」
「いくら私でも、失礼にもほどがありますよ」
「キラカゼ内にAST反応!
第十六型死生物、ルエです!」
「・・・え?」
「烈那英子はエレクシエストに搭乗し、待機!」
気づけば夜になっていた。
「やばい!」
「行く前に敵の確認をしておけ」
「・・・え?」
クジラのような白に黒の模様が刻まれた体。
体に生える八枚の翼。
口から突き出している牙。
そして、体中についている真紅の眼。
美月がイヤホンマイクを取り出した。
「キラカゼ全兵器使用許可!
エレクシエスト射出許可!」
「了解!」
「・・・フン」
「状況教えて!」
「キラカゼ全兵器停止中!エレクシエストはキラカゼ内にて待機中!」
「待機・・・?」
「詳しくはこれです。モニターに出します」
モニターにルエの姿が写る。
映像だけのためなのか、音も無くミサイルとバルカンが発射される。
エルの眼から何かが噴き出し、白い壁を作る。
爆発もせずに吸収された。
「AST粒子による防御壁・・・・・・
人間不可侵区域を死生物が・・・か。
ついには神にも成りえたのね。あなたたち」
「では、神を殺す私達は一体何なのですか?」
「殺神を犯す死神・・・かしらね」
「ルエ、再びAST反応拡大!」
ルエの下方にAST粒子砲が放たれる。
「まずいです!ルエの直下は地下音速移動機です!」
「なんですって!」
ルエの下方にぎりぎり入れるほどの穴があいた。
「本部を捨てて、支部に移動しますか?」
「人の代わりはいるけど、本部に代わりは無いわ。
エレクシエスト、レオム数機によるレールガンでの同時一点射撃による攻撃を試みます」
オペレーター全員の椅子が半回転した。
「しかし!!そ――」
美月が手で待ったをかけた。
「今回は1%でも、0.1%でも、0が一億桁続いても作戦を実行する必要があるわ。
責任なら・・・私が持つわ」
「・・・了解!」
「ルエ、本部侵入まであと1km!」
「目標地点到達まであと500m!以前時速約10kmにて航行中!」
美月はちゃんと組めていない足を組みなおした。
「前方はレオム一機とエレクシエスト、後方はレオム一機・・・・・・
地下電力施設の見直しをする必要があるわね。
申請できるかどうかは知らないけど」
「レオムって一機じゃなかったんだ」
「あたりまえだろうが」
清輝が出現した。
「いつの間にいたの!?」
「最初からだ。まったく・・・・・・
それにしても、前代未聞の作戦だな」
「前代未聞?」
清輝は少し唇をかんだ。
「レオムを二機以上出撃させる、レールガンを何機も使う・・・・・・
そして何より、確率の低さだ」
「確率?」
「後方からの射撃に惑わせ、前方からの一撃目でなるべくシールドを突き破り、
0.001秒後の二撃目で核を狙う。
レールガンが核に命中する確率、誤差なく射撃できる確率、シールドが50cm以下の確率・・・・・・
全てを合計したところで天文学的数字に匹敵するだろうな。
それでもやろうとするのも信じられない。
ま、一番現実的なところがそれだがな」
「・・・・・・」
「もっとも、それまでにあいつがじっとしていてくれるかも不明だが」
「目標地点到達まであと300m!」
指揮室にはいつも以上の緊張感に包まれていた。
「頼むからそのままでいてね。いい子だから・・・・・・」
美月が目を閉じ、手を組んで祈る。
「ルエ、時速20kmに速力上昇っ!」
「まだ誤差範囲内です」
美月の手を握る握力が強くなる。
「時速30!」
「誤差、超えました!」
美月が軽く舌うちをした。
「速度40〜70で再計算始めて!」
「了解!」
一気に指揮室がキーボードの音で騒がしくなる。
「時速40!」
「あと200m!」
何も言わずにただキーボードの音が響く。
「時速50!」
「あと100m!」
「時速60!」
「計算完了!転送!」
静かになる。
「転送完了!あと3秒で作戦開始です!」
3秒にも及ぶわずかなる沈黙。
「作戦開始!」
「後方レオム、始動!」
「了解!」
「前方二機、始動!」
「了解!」
「了解!」
床からせり出したレオムのレールガンが発射される。
それに続いて前方から同時にレールガンが発射される。
「AST粒子により、防御!」
「消滅していません!」
「本部まであと400m!」
「退避時間、間に合いません!」
「時速70kmに上昇!」
美月がその場に泣き崩れた。
「そんな・・・そんな・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
何も言えない。
言えるわけも無い。
死が迫っている。
あと、300m先に。
「・・・エ、エレクシエスト、前進!」
「搭乗員!はやまるのはやめなさい!」
「な・・・何もやってないです!!」
「!!」
「!!」
「!!」
不可解なことが、起こりつつあった。
「エレクシエスト、脳波上昇!」
「血圧130まで上昇!」
「催眠状態から覚醒状態になりました!」
「デルが・・・目覚めたんだ・・・・・・」
デルの眼色が青から紫へと変わっていく。
覚醒の証だった。
「ルエ、AST反応拡大!」
ルエが不可侵区域を作り出す。
「逃げなさい!」
「無理っ・・・です・・・開きません!」
音声しか伝わってこなくても、顔が恐怖に歪んでいるのがわかる。
「顎部装甲、内部圧力により損壊!」
デルが口を開けた。
「エレクシエストのAST反応拡大!」
デルから、AST粒子砲が放たれる。
覚醒の喜びか、絶望の象徴か、希望の光か。
何なのかさえわからないものだった。
「エレクシエスト、ルエのAST粒子による壁をこじ開けました!」
デルが不可侵区域に侵入した。
「映像、レーダーでは確認できません!」
何もない数十秒間が続く。
「ル、ルエのAST反応がなくなりました!」
不可侵区域がなくなっていく。
そこには核を咥えたデルの姿があった。
そのまま体内へと飲み込む。
それだけをするとその場に倒れる。
眼色は元に戻っていた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「デルなんかに、倒させられた・・・・・・」