第七話
第七話 ―桃―
「なぁ、これわかるか?」
「さっそく来ましたか」
四人は空き教室で転入試験を受けていた。
「でも、よく受ける気になったね」
「俺がいなくなるとお前らが――」
「一人だけ仲間外れが嫌なだけでしょ?」
篠崎が痛いところをつく。
「これ使えばわかるよ」
「さすがだ心の友よ。誰かとは違い」
小暮が教科書をぶん取った。
「そういうことやっちゃっていいの?」
鈴木が後ろを振り向く。
「いいんだいいんだ。
こんなチビを監督として選んだ高校が悪いんだからな」
わずかに目がつりあがった。
「い、一応、寝てても悪口はいけないと思う・・・よ?」
「・・・お前の口から出る言葉じゃないな。
知り合いか?」
「違う・・・よ」
小暮はわずかに疑いの色を漂わせた後に再び作業に入った。
「む〜〜〜」
「そんなに怒らなくてもいいじゃん」
二人は防時局の無機質な廊下を歩いていた。
「だってチビ呼ばわりされたのよ?」
「いや、それはじじ・・・・・・」
美月がにらみつけた。
「まあ、四歳年上の寛大な心で許してあげなよ」
「・・・それもそうね。私は寛大なんだから」
志隆は次に言いたい一言をなんとか我慢した。
「そういえば、時野って一体何者?」
「何で名前知ってるの!?」
美月が即座に聞き返した。
「いや・・・本人に聞いたか――」
「本人に聞いた!?まさか!?」
美月はつい先ほどより素早く言い放った。
「ありえない・・・いやでも・・・まさか・・・・・・」
「聞こえないよ」
美月が上目遣いで志隆を見た。
「あの娘、話したとき一度も無いの」
「いや・・・それってわざわざその秘技を使って言うことじゃ・・・・・・」
美月はいかにも「?」と言うように首をかしげた。
「秘技?」
「卑怯。ものすごい卑怯」
「何が?」
志隆が思わず後ずさりする。
それに合わせて美月が前に出る。
「その・・・さ、幼すぎ」
・・・言わなくてもわかるはずだ。
「いや!あの・・・そういうことじゃなくってさ・・・・・・
別にロリコン・・・とかそういうのは一切関係無しに、そういうことされるとさ・・・あの・・・・・・
かわいすぎて・・・死ぬ」
「くぅぁあああああ!もう何言っちゃってんだよお前!憎いぜ!憎すぎるぜ!!」
「・・・何やってんの?天井なんかに叫んで」
清輝はその体勢のまま首だけ横を向いてレナを見た。
「・・・バカらしい」
そのまま後ろを向いて歩いていった。
「でもさ、お前それで大丈夫だと思ってるかもしれないけどさ、あいつ、傾きかけてるぞ」
「ウソ!!」
レナが清輝の上から廊下を覗き込んだ。
「な?」
あの後、何があったかは知らないが、二人の顔は双方共に赤くなっていた。
「ヤ、ヤバい・・・・・・」
「お前もそろそろ本格的に攻めに行ったらどうよ?
新参者も現れたんだしさ」
無言でその顔のままそっぽを向いている。
「私も本格的に・・・・・・」
つばを飲み込む音が異様に大きく聞こえた。
「・・・体でもやる気か?」
「・・・覚悟は無いとね・・・・・・」
「・・・マジかよ」
二人が話しながら部屋に入っていった。
「あの先は美月指揮官の私室・・・・・・」
「チビの権限がないと入れない、ってことか」
レナが目を見開いて清輝を見た。
「バカ!何言ってるのよ!聞かれたらどうする気!?」
「んなもん、全員が黙認してることだろ?
言ったところで俺達をクビにはできないからな」
「それはそう・・・ん?」
体(特に腕の付け根辺りが)年上そうなポニーテールの女性が部屋に入っていった。
「新藤由佳里さん?」
「なんであいつが許可無しで?
・・・あ」
由佳里は顔を真っ赤にしながら出てきた。
「あちゃー・・・・・・」
「まずい!」
由佳里がこちらを向きかけたのに反応してレナが清輝の襟首を掴んで後ろに引っ張る。
後ろから攻撃されたのに反応して清輝が後ろを振り向く。
勢い余って清輝の全体重がレナにかかる。
そして。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・
「お前達・・・いつから・・・そんな関係になったんだ?」
二人が由佳里の一言に反応した。
「「事故です!!断じて事故です!!」」
由佳里が手で待ったをかける。
どこか誇らしげに見えた。
「いや〜、若いことはいいことだ。
交通規制はしいておく。安心して楽しみたまえ。はっはっは」
高笑いをしながら由佳里は去っていった。
「・・・なさいよ」
「は?」
「どきなさいよ!手!」
清輝の両手はレナの両腕の付け根から10cmほど下にあった。
「わりぃわりぃ。いろいろあったせいで気が付かなかった、ということにしておいてくれ」
「そんなこと言う暇あったらさっさとどかしなさいよ!」
「一応イチモツだから――」
清輝の両足を結んだ線の中点に、レナの靴がめりこんでいた。
そのまま清輝がレナの上に倒れた。
「くそ重!!どきなさいよこの〜〜〜!!」
「・・・はぁ〜」
青春のため息・・・だろうか。
「考えてみれば、僕が一つ返事をするだけで手に入っちゃうんだよな〜。
『おにいちゃんっ!』とか『先輩っ!』とか呼ばせることも可能になるんだよなぁ〜。
場合によっては『ごしゅじ・・・・・・
・・・何考えてるんだ。僕」
人は案外、見かけと違うことを考えているものである。
「このままじゃ、芯の芯までロリコンの一単語で埋め尽くされちゃうじゃないかぁ〜〜〜!
・・・鬱だ・・・・・・」
照明の色が変わった。
「来た!」
「キラカゼ上空約750m付近にAST反応!
第十五型死生物、キロ!」
簡易折りたたみベッドから飛び下りる。
「涼白かりんはエレクシエストに搭乗し、待機!」
「かりん・・・か!」
志隆がようやく指揮室にたどり着いた。
「対空ミサイル停止!」
「レオム、出撃可能です!」
「レオム、出撃!」
一ヶ月前の懐かしい機体だった。
「レナ、任せたわ」
「わかりました!」
レナの声が上から聞こえてきた。
「キロの近距離戦闘以降と共に二機で叩くわ!
ρ、投下して!」
「ρ、投下!」
三連のリボルバーショットガンがあらわれた。
「珍しいですね〜。作戦展開するなんて〜」
「たまには、ね」
「キロ、以前上空を旋回中!」
モニターの衛星映像には胴体と首が抜け落ちたような不思議な白い鳥が飛んでいた。
あごが異常に大きい。
「エレクシエスト、ρを装備しながらφで攻撃して!
φ、投下!」
「φ、投下っ!」
片腕を覆うほど巨大な銃があらわれた。
「いっけ〜!」
衛星映像からキロの姿が消えた。
「レーザーを見切っています!」
「あの距離で、撃ってから!?」
「高度、下げ始めました!690!640!580!510!440!350!250!140!来ます!」
エレクシエストの映像にモニターが切り替わった。
巨大な顎がφをとらえている。
「機体損壊無し!」
「レナ!」
「充電完了!冷却装置準備完了!いけっ!」
レールガンは見事にキロの翼の付け根をとらえた。
「キロ、戦闘続行中!」
「ちっ・・・・・・
レールガン収容後、戦闘に移ります!」
「作戦変更!接近戦に移るわ!」
「ζくださ〜い」
「ζ、投下!」
薙刀があらわれた。
「ζ出現に伴い、キロ再び上空へ引き返します!」
「φでの攻撃はじめて!」
衛星映像には残像しか写っていなかった。
「レールガン収容完了!」
「ロアフで空中戦闘に入って!」
「了解!」
レールガンを収容したビルの地下から下がくりぬかれた飛行機が出てきた。
ビルの屋上に立っていたレオムがそれに固定されて飛んでいく。
「空中戦闘用武器、装備!」
「キロ、レオムに向かっています!」
「応戦後、無理なら取り付いて自爆して」
「了解!」
「えっ!」
志隆が発した一言は誰の耳にも受け流され、意味も無く反響した。
レオムが持った二丁のマシンガンから弾が発射されるが、それに見向きもせずに突進してくる。
レオムがキロの尾に取り付いた。
「自爆装置作動!」
「ええっ!!」
レーダー上から一つの点が消えた。
「・・・・・・」
「キロ、以前旋回中!」
「φ、弾切れした〜」
「落として!回収するわ!」
「φ、回収!」
レナが入ってきた。
「あれ?死んだんじゃ・・・・・・」
志隆に見向きもせずに空いていた席に座った。
「キロ、高度下げ始めました!560!440!310!170!来ます!」
エレクシエストがキロに身構える。
「前右脚部直撃!エレクシエスト、起立不能!」
「あたしを怒らせちゃって・・・。どう料理してあげようかなぁ〜?」
「キロ、来ます!」
エレクシエストは後ろから来ていたキロに対し、後左脚を軸にした豪快なフルスイングを行った。
「キロ、消滅!」
「なんで生きてたの!?」
「死んでたほうがよかった?」
二人は格納庫にいた。
「そうじゃなくて、自爆したんじゃ・・・・・・」
「あれ?言わなかったっけ?レオムは遠隔操縦だ、ってこと」
志隆はその場に力無く座り込んだ。
「なんだよもう・・・・・・」
「心配・・・してくれてたの?」
「当たり前じゃん」
レナは驚きの表情で楽な正座のようなものをしている志隆を見た。
「指揮室に向かってるところは子供みたいだったけど?」
「・・・子供だもん」
まるで美月のようにすねた。
「うわぁ、そっくり!」
何の前ぶりもなく、志隆とレナの唇の距離は無くなった。
「・・・え?」
「早く満塁にしたかったから。もちろん三番はセンターフライってことで」
「何言ってるの?」
「さぁ〜ね」