第五話
第五話 ―青―
「誰かドッキリ看板出してくれないかな〜」
「これのことか?」
「なんであるんだよ」
しかたなく小暮が看板をカバンにしまった。
今日は珍しく、二人だけである。
「篠崎と委員長は?」
「風邪だってさ。久々にゲーセンでも行くか?」
「行く行く。最近格ゲーやってないし」
「なあ」
「何?」
二人はドリンクコーナーに二人だけで座っていた。
「何でドッキリ看板、出して欲しかったんだ?
テストで最下位取ったときもそんなこと言わなかったくせに」
「なんか、嘘みたいに幸せ、っていうのかな。
そういうのみたいだから、落ちる前に思い出で終わって欲しいな〜なんてさ」
「似合わないセリフなんか使うなって」
氷が鳴った。
「風流だねぇ〜」
「どこがだよ」
小暮が残っていたコーラを飲み干した。
「で、嘘みたいに幸せなこと、って何だよ」
「外人の女子高生美少女と、年上で年下の美少女と、欲求不満そうな美少女に告られた」
「はぁ〜〜〜〜〜!?」
思わず小暮がのけぞる。
「ついにお前の脳もそこまで――」
「そっちかよ。ってか小暮も人のこと言えなくない?」
「確かに」
「納得、いてっ!」
小暮が志隆の頬をつねる。
しかも爪で。
「爪はないだろ爪は」
「志隆クラスだとこれくらいしないとな」
「一体何のクラスだよ」
志隆は頬をさすりながら話す。
「ほんとにほんとなんだって」
「じゃあ、連れてこいよ。そいつら」
「それは・・・・・・」
「やっぱりな」
「それはそうと・・・・・・」
志隆がポケットをまさぐる。
「金百円しか無いのわかってて何で来たんだろ」
「条件反射・・・と言っとくか」
「ごめん・・・それは無理」
「やっぱり・・・・・・」
「防衛庁にも実際は存在していないはずの防時局の人間が民間人と接触することは禁止されているの。
もちろん、志隆は大丈夫だけど」
「そうだよね・・・・・・」
「でも、二つだけ方法があるわ」
美月が志隆の方を見る。
「一つはここのパイロットまたは――」
「無理」
「でしょうね。多分。
もう一つは死生物が来た直後に私達とその人を引き合わせること。
反応だけは見ることができるけど、その後本人は当たり前だけど覚えていないわ」
志隆が考え込む。
「別に無理して引き合わせなくてもいいか」
「それが懸命ね」
「そういえば僕、転校しなきゃならないってレナに言われたんだけど・・・・・・」
「ああ」
美月がパソコンを起動させた。
「どの高校がいい?」
「・・・偏差値って、どのくらい?」
「大丈夫。52くらいだから」
志隆の顎が外れた。
「無理・・・なの?」
静かにうなずく。
美月がため息をつく。
「正直言ってそこまで無いとは思わなかったわ。
・・・わかった。
あんまりやりたくないけど試験の監督官、私がやるから。
寝ているふりをしているうちにカンニングしまくって」
「ほんとに助かるよ・・・でも・・・・・・」
「でも?」
「あいつらはどうするの?」
美月が静かに志隆に視線を移した。
「まさか・・・・・・」
「二人は大丈夫だけど・・・残りの一人がちょっと・・・・・・」
美月が頭を抱え込む。
「その人、カンニングに動じないタイプ?」
「・・・多分」
「なら、志隆のを見せてあげるか他の二人のを見させるかどっちかさせて」
「わかった」
美月が再びため息をつく。
「いろんなところに根回ししなきゃならないわね・・・・・・」
「・・・がんば」
「とにかくおとう・・・おじさんとおばさんに出来るだけ早く理由をつけて。
他の三人は親に転勤なりなんなりさせるから」
「え?ああ、わかった」
「あ、あのさ・・・おじさん。おばさん」
「何だい?」
「一人暮らし・・・はじめていい?」
二人の動きが止まる。
「どこでだ?」
「吉良風市・・・っていうところ」
「知らないわねぇ」
「何のためにだ?」
志隆のおじさんと思わしき人が少し厳しい口調で言った。
「いつまでも、おじさんとおばさんに甘えてられないなぁ・・・って思って」
「何もまだいいのに。志隆くん、まだ十七でしょ?二十歳にもなってないのに」
「まあ、話を聞いてみようじゃないか。で、高校はどうするんだ?」
「今通ってるところはやめる。でも、そっちの方で編入試験受けるよ」
二人の顔色が変わる。
「・・・志隆が行けるところなのか?」
「・・・うん。行かなくちゃならないんだ」
「・・・そうか。お前は本当に隆弘とそっくりなんだな。
行っていいぞ。お前が決めたなら」
「ありがとう。おじさん」
「おじさん、優しいのね」
「うん。兄弟だからね」
「三人の都合はついたわ。編入試験の根回しも完了。
そういえば住むところって、まだ考えてないわよね?」
美月が少し遠慮がちに言った。
「そういえば、そうだね」
「なら、本部に空き部屋が一つあるんだけどそこ使わない?
今は物置になってるけど、片付ければ一人暮らしには十分のスペースになるはずだから。
もちろん、地下だから日当たりはよくないけど」
「うん。そこでいいよ。
・・・そういえば気になったんだけど、引越しとか転校とか、僕が断ったらどうするつもりだったの?」
少し美月が応答に困る。
「本当に無理な場合は気絶させてでも運ぶわ」
「怖っ」
「そういうところだから。
で、荷物は一回ここに全部運んできてもらった後に、四次元ゲートで本部の引越しと一緒にするから。
本部の引越しは明日だから、荷物は今日中にまとめておいて」
志隆が飛び退く。
「あ、明日!?」
「やっぱり急よね」
「大丈夫。何とか間に合わせるよ。
じゃあ、早速帰って支度しなきゃね」
「がんばってね」
「こんっちは!」
「ご苦労様、早速持ってって」
「はいっ!」
志隆が宅配員に説明をする。
「これが一番気をつけて運んでください。いろいろCDとか・・・・・・」
その宅配員の顔には見覚えがあった。
「清輝!かりん!」
二人が慌てて志隆の口をおさえる。
「どうかしたの?」
「いいえ、何でもないです。お客様が荷物につまづきそうだったので」
「志隆くん、しっかりしなさいよ」
二人が志隆の口を解放した。
「俺達は今、赤の他人なんだからな」
「う、うん。わかったよ。
じゃあ、これを一番気をつけて運んでください。後は一回ぐらい落としても構いません」
「はいっ!」
「しばらくおじさんたちともお別れか〜」
「何しみじみしてんだよ」
志隆は窓を全開にしていた。
「いいんじゃないの〜。これからかなり長い間会えなくなるんだし〜」
「それにしても二人とも、免許取ってるの?」
「そ、そんなわけないだろ!なぁ!」
「う、うん。そうよね〜」
「・・・・・・」
「あはははははははは」
「・・・・・・」
「ははははは・・・は・・・・・・」
「・・・・・・」
・・・・・・
「どうするの一体!」
「だ、大丈夫だって!今まで一回も事故ったこと無いから」
「何回運転して?」
「い、一回・・・・・・」
清輝を揺らし始める。
「降ろしてよ!今すぐ降ろしてよ!」
「そ、そんなにやったらお前!あっ!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「で、誰が原因なの?一体?」
美月の眉はつりあがっていた。
「清輝」
「志隆です」
「清輝です」
三人がほぼ同時に言い放った。
「多数決の結果、清輝に決定」
二人がまばらな拍手をする。
「荷物、ここから第三支部まで全部一人で運びなさい!」
「そ、そんな・・・・・・」
「こんなことになるなら、私が最初から運転すればよかった」
「大丈夫だよ。木にぶつかっただけなんだし」
「そうよね〜。木にぶつかった『だけ』よね〜」
・・・・・・
「わかったよ。ほんとは僕が悪いんだから。
本部の引越しの手伝いと物置の整理、僕がやるよ」
「その一言を待っ・て・た・の」
美月がスキップしながら部屋を出て行った。
「は、はめられた・・・・・・」
「あ゛〜〜〜〜〜〜」
志隆はダンボールの谷の中で布団もしかずに寝転がっていた。
「第三支部から本部まで地下音速移動機で一時間立ちっぱなし、
本部に届いたコンテナから荷物を出すのに一時間、
物置の整理に三時間・・・・・・」
誰かが部屋の中に入ってきた。
「これ・・・神崎さんが食べなかったケーキ、持って来ました」
長い青髪の女子だった。
「あ〜、立ち上がるのもめんどくさいから口移しで食べさせて」
年甲斐もなく口を限界にあける。
入った。
むせた。
「げほっ、げほっ、げほっ、げほっ・・・・・・」
「み、水です」
一気に飲み干す。
「はぁ〜〜〜。
それにしても、冗談ぐらい分かってよ」
「冗・・・談?」
「そ。冗談。本当に口移しするなんて思わなかっ――」
軽く、よく飛ぶ音が部屋に響いた。
「最低です。そんなことして人を使って・・・・・・」
女子は一気に走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
ドアが閉まった。
「・・・・・・」
・・・・・・
「初めて・・・ぶたれた」