第三十一話
第三十一話 ―無―
「・・・・・・」
美月が瓦礫の中で何かを必死に捜索している。
近くにはかなり強引に着陸したような量産機が一機見える。
「・・・・・・」
ほんの少し泣いているような気もする。
周りを見てみれば、防時局があった場所である。
「・・・・・・」
なりふり構わず探している。
そして、一つの瓦礫をどかすと、ある物を見つけた。
「・・・あ・・・・・・」
銃。
それも真っ赤な。
「これ・・・先輩の・・・・・・」
恐る恐る手に取ると、いきなりその場に投げ出し、一気に瓦礫をどかす手を速める。
「先輩・・・先輩・・・!」
手はところどころ切れ、血が出ていた。
しかし、手が止まることはない。
そしていきなり、手を止める。
「・・・・・・」
そして、踏ん切りがついたように泣き始める。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
何も無いのに、泣いていた。
「・・・ぅして・・・んな・・・せ・・・ぱぃ・・・きに・・・ん・・・ぅん・・・か・・・・・・
どうして先に死んじゃうんですか!!
ほとんど教えてもらってないのに!!
ほとんど聞いてもらってないのに!!
これからどうやって生きていけばいいんですか!!
誰に教えてもらえばいいんですか!!
誰に聞いてもらえばいいんですか!!」
悲しみで一気に言い放つ。
しかし、増幅させるだけだった。
「ばかああああぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・
先輩のばかぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!」
そう一気に言い放つと両手を地面に叩きつけた。
「・・・ひくっ・・・ひくっ・・・ひくっ・・・・・・」
涙をおさえようともせずに、投げ出した銃を拾う。
「・・・行きます・・・今すぐに・・・・・・」
・・・カチッ。
「・・・?」
銃声は聞こえなかった。
ゆっくりと弾が入っているかどうか確認する。
「・・・!!」
弾の代わりに一切れの紙が入っていた。
美月へ
これを撃った、ということは、きっと私は死んでいるのだろう
だが、一つ言っておきたい
私が死んで、お前が悲しんだように、お前が死ねば、誰かが悲しむ
ましてや、局長であり、指揮官のお前が私一人のために死ぬのは許されることではない
だが、きっとそれをわかっていてお前は撃ったのだろう。きっと
そこまでして死にたい理由はわからなくもない
だが美月
私も死のうと思ったことが一度だけあった
その銃で
お前が私と一緒に見た何枚かの写真があったはずだ
そいつが死んだときだ
だがな、そのとき、そいつからお前と同じ手紙をもらったのだ
だからといって、私がこの銃の中にこの手紙を入れたわけでは断じてない
行数が足りなくなるから結論を言っておく
生きてくれ。美月
私の分まで生きろとは言わない
だが、せめて自分の分だけは生きてくれ
頼む
新藤
P.S.(遺言に追伸は変だな)
その銃は「ILY941231」という
「・・・・・・」
涙を忘れて手紙を読み終えた。
銃を眺める。
「・・・ILY941231・・・・・・」
そして、袖口で涙を拭く。
「もう・・・泣かないから」
「ん・・・・・・」
「時野!」
場所もよくよく考えずに志隆が時野を抱きしめる。
「あ・・・・・・」
「時野!・・・よかった・・・・・・」
「あのさ・・・・・・」
志隆が思わず時野を放す。
「あの・・・さ?」
「うん。まあ、びっくりして当然だと思うけど、あたし、前までのあたしじゃないの。
言い換えるなら、今の私は封印されてたあたし、って感じかな?」
見てみれば、目は以前のような鋭い目ではなく、どこかしら優しさを持った目になっていた。
「・・・・・・」
「っていうか、あいつ、こんな趣味してたわけ?
髪は長くてチクチクするし、それに好きな男の前でズボンって何よ?
しかもスッピンだなんて・・・ありえないんですけど」
「・・・・・・」
時野が志隆の顔を見る。
「ま、まあ、それもそうよね。
今まであいつがあたしの顔と性格だったんだから、受け止められないのも無理ないわよね」
「時野・・・・・・」
「何?」
志隆が時野の両手を握り締めた。
涙目で。
「どうか、どうかその髪は切らないでください。
それと化粧も、スカートもはかないでください。お願いします」
「な、何よいきなり・・・・・・」
「清楚が時野なんです。大和撫子が時野なんです。無口で冷淡なのが時野なんです」
「は、はあ・・・・・・」
時野は志隆に圧倒されていた。
その気迫と熱意に。
「よく、あいつもこんな男を好きになったもんだわ・・・・・・
ま、一から十まで見てたから、おおよそわからないわけでもないんだけど」
志隆が手を握り締めたまま話す。
「見てたの?ずっと」
「あいつがあたしの体を乗っ取ってたんだから、仕方なく黙って見てるしかなかったのよ。
おかげで、あいつの心の声まで丸聞こえだったけどね」
「・・・何て言ってた?」
「あんたと会ってる時も、会ってない時も、四六時中あんたのことばっかり考えて、監視者だの、任務だの言ってたわよ。
最終的に好きだったみたいだけど」
「好きだったんだ・・・・・・」
志隆が一気に落ち込む。
しかし、気にせず話を続ける。
「そういえば、あんたのことを好きなあいつもあいつだけど、あんたは何であいつのことを好きなの?」
「え?」
完全に別の人物だと思っている。
「そりゃ、そういうさらさらで長くて黒い髪の毛とか好きだし、僕より身長が高いのがいいっていうのかなんていうのか・・・・・・」
「つまり、あんたはMだから、Sなあいつにいろいろな面から言葉責めされたかった、っていうわけ?」
「そ、そんな・・・・・・」
「意外とロリコンじゃなくて姉好きなのね」
「ロリコンって・・・・・・」
「そういえば」
時野が強引に話題を変える。
「結局、あんたがあいつのことを好きなのはよくわかってるけど、元に戻っちゃったあたしと付き合うわけ?」
「え!?」
志隆が言葉に詰まる。
「ま、別に容姿は全く同じなわけだし?」
「・・・・・・」
「それに、はじめては取り放題」
「・・・もしそうだとして、付き合ってくれるの?」
時野の顔が赤くなる。
「ば、ばかじゃないの!
べ、別にあたしはあんたのことが好きだから言ってるわけじゃないんだからね!
あんたがあたしのことが好きで、付き合う気持ちがあるんだとしたら、あいつのためを思って、付き合ってあげるわけよ!」
「・・・・・・」
「な、何よ。顔なんか見て」
「・・・なんか、新鮮だよ。
時野が恥ずかしがってるなんて。
やっぱりかわいいんだね」
時野が沸騰寸前になる。
「い、いいわよ!わかったわよ!
そんなに言うなら付き合ってあげるわよ!」
「え?まだ何も――」
「ごちゃごちゃ言わないの!男でしょ!」
「は、はい・・・・・・」
「もう一度言っとくけど、あ、あたしがあんたを好きになったわけじゃないんだからね!
あんたがあたしを好きになったんだからね!」
「だから別に否定なんか――」
「これはボランティア精神溢れる私の行動なの!
わかったわね!」
「わかったよ。時野」
「二十一世紀がはじまってからもう一年か・・・・・・」
若干せまくなったような指揮室の中には志隆、清輝、レナ、英子、時野、美月。
そして、見知らぬオペレーターと、なぜか小暮達がいた。
「なあ、そろそろ聞かせてくれよ志隆。
あの夜、防衛庁時間管制局――」
「管理局でしょ」
「そうそう。
そこで、何があったんだ?」
「んー・・・まだ内緒かな」
三人を除く全員がため息をつく。
「まだ教えねえのかよ。そろそろいいだろ?」
「まだだめ。
あと五年くらい・・・かな」
小暮が悪態をつく。
「・・・放置もいいとこだぜ」
「別に話したくないわけじゃないんだけど・・・ね」
「じゃあ、話せばいいじゃねえかよ」
「それは・・・ちょっと・・・ね、時野」
「別にあたしは構わないけど?
あたしじゃなかったんだから」
結局、時野は今までのままの容姿でいた。
「じゃ、思う存分――」
「だ、だめですよ時野さん!」
「何もだめっていうことは――」
「志隆さんが話したがってないじゃないですか」
「・・・・・・」
「そりゃそうだけど、これを話せば志隆が人類の英雄になれるのよ?」
「「「人類の英雄!?」」」
全員が一気に食らいつく。
「死生物を根絶したとか!?」
「地球の運命を変えたとか!?」
「過去に戻って最初の死生物を絶滅させたとか!?」
「ス、ストップストップ!
妄想が激化してるよ!」
「でも、同意義といえば同意義よね」
「「「何!?」」」
さらに妄想が激化する。
「新世界を作って人類を移住させたとか!?」
「じゃあ、志隆は神!?」
「お主、なかなかやるな」
「ストーーーーーップ!!」
周りを黙らせるぐらいの勢いで言い放つ。
「もうわかった。話すよ。
僕がBABELを倒したのは事実。
里奈ちゃんを殺すことによって・・・ね」
「・・・・・・」
全員が後悔しているように見えた。
「僕、選んだんだよ一応。
里奈ちゃんを殺して人間を守るか。
時野を殺して地球を守るか」
「地球を・・・守る・・・?」
「人間を完全に絶滅させること、だよ」
「・・・・・・」
誰も喋らない。
「今さら謝るけど、ほんとにごめん。
僕、人間を守るのと同じくらい絶滅させようって考えた。
みんなを・・・殺してしまうことを考えた」
「・・・・・・」
美月が口を開ける。
「私も、考えると思う。もし、そんな立場になったら。
人間が幸せに繁栄していることは、地球と他の生物にとって害にしかならないもんね。
でも、それをわかっていて生かしているから・・・本当にすごいと思う。
尊敬、っていうより・・・崇拝・・・かな」
「・・・大袈裟だよ」
「いや、間違ってないと思うぜ。
お前は神だよ。
あらゆることを考えながら、それでも人間に慈悲をくれたお前は、神だ」
「俺らのダチにこんなやつがいたとはな・・・・・・
崇拝に値するぜ。な?」
「「うん」」
「誰も、人間を絶滅させようとしたことなんて、責めないと思う。
責める人なんて、いるわけないよ」
「私も、直にそれを見ていて、本当に志隆さんは神様のような気がしました。
これが果たして未来にどのような結果を残していくのかは、検討がつきませんが・・・・・・
それでも、素晴らしいと思います」
「ものすごく痛かったけど、それでも迷うに決まってるよね。志隆」
「みんな・・・ありがとう。
本当に僕・・・心の底からありがとうって言える気がするよ。
・・・ありがとう」
「何?美月」
指揮官室ではなく、美月の私室に志隆はいた。
「・・・今月の31日に、解散するんですって」
「・・・そうなんだ。寂しくなるね」
「志隆は・・・どうするの?」
美月はずっと志隆に背を向けたまま。
「・・・おじさん達のところには戻らないと思う。
変な迷惑かけるの嫌だし。
それと――」
「時野と二人暮らしを始めるの?」
わざと志隆の言葉を遮って美月が言う。
「・・・知ってたの?」
「ものすごくごめんなさいだけど、盗み聞き」
「・・・・・・」
・・・・・・
「もう、言いたいことはわかってるはずよね?」
「・・・・・・」
まだ振り向かない。
「私をフッて」
「・・・・・・」
「初恋の人と最後まで添い遂げたいなんていう、甘い考えは持ってないわ。
しかも、志隆にもっと好きな人がいるなら、なおさら」
「・・・・・・」
「私自身、そうしてもらったほうが助かるの。
このまま引きずっていくなんていや」
「・・・・・・」
「決心ついた?」
「・・・いいの?」
「もうとっくに決心はついてるわ。
四年前から」
「・・・・・・」
「あの話を聞いたとき、なんとなくだけど、私じゃ明らかに不足な気がしたの。
監禁された人同士としても、操縦者だった人同士としても、最後を見届けた人同士しても。
私には不足してるわ」
「・・・・・・」
「それに、私に要らないものもあると思うの。
一番は、家族」
「・・・家族を要らないなんて言っちゃいけないよ」
「家族が殺されたもの同士のほうが互いに分かり合えると思う。
その方が、絶対にいい人生ができる」
「・・・わかった」
「ええ、言って」
「ごめん。美月。
僕、好きな人ができたんだ。
もう・・・付き合えない」
志隆のほうが居たたまれなくなって、走り出す。
志隆がドアを閉めた瞬間に、ずっと流れていた涙が、ようやく一滴落ちた。
「「・・・ん、んー」」
二人が冬空の下、同時に背伸びをした。
「はぁ。
ついに、解散だね」
「次に召集されるのはいつかしらね」
「まさか。
僕と時野はありえないよ」
時野が志隆の方を向きながら、後ろ向きで歩き始める。
「これから住むところって、どこだっけ?」
「大都会のど真中だよ」
「籍とかって、入れる?」
「いいんじゃない?めんどくさそうだし」
時野があからさまに不機嫌な顔をする。
「なんで?レナはもう、平塚レナになったのに」
「まあ、それもそうだけどさ・・・・・・」
「いいわよ、別に。あたしが全部書いてあげるから」
「そういうのって、本人がその場で書かなくちゃいけないんじゃなかったっけ?」
時野が再び、志隆と並んで歩き始める。
「そうなの?」
「いや、わかんないけど・・・・・・」
「で、どうする?
『あなた』がいい?『志隆』がいい?それとも『ご主人様』?」
「最後は絶対無しに決まってるよ」
「えー、そういうの好きじゃん。
あたしも好きだし」
冗談で言ったわけではないらしい。
「まあ、そうだけどさぁ・・・・・・
一応、四月からはプロの小説家として働かなきゃいけないわけだし・・・・・・」
「ほんとに運がいいっていうのかなんていうのか・・・・・・
一連の騒動をまとめて、ちょっとアレンジしたやつを出してみたら、見事に大当たりだったからね。
まあ、そんなに大きな出版社じゃないけど」
「芸は身を助ける、ってね」
「ま、適度に芥川賞とか狙えたらいいんじゃないの?」
「けっこうでかいのねー」
ふと、雪が降ってくる。
「寒いから、手でもつなぐ?」
「そういえば、最近二人でどこかに行くことも少なくなったからね」
ゆっくりと互いの手をつなぐ。
「これからは週一だからね」
「それは・・・厳しくない?」
「専業主婦は、いろいろ溜まるのよ」
「改めて言っておくけど、やっぱり時野には和食を――」
時野が志隆の手を離して走り出す。
「ほら!女房が逃げてくよ!」
「はいはい。旦那は追いかけますよ」
不思議な二人の声が薄っすらと雪の積もった街路樹の間を抜けていった。
初雪の下で。