第三十話
第三十話 ―紅―
「イギリスでの第四射が完了しました」
「全射が当たっても、何も音沙汰無し・・・か・・・・・・
あいつらが頑張っているのか、それとも様子を見ているだけなのか・・・・・・」
「BABELに動きを確認!
根元の部分から、何かが生えてきます!」
兵装ビルが全て消し飛んだため、レーダーだけで探知する。
何か太いものが伸びている。
「進行方向、本部です!」
「地下移動エレベータを完全隔離閉鎖!
及び、全通路を遮断し、全本部内防衛兵器、起動!」
「了解!」
監視モニターが閉じられていく通路をとらえる。
「地上ビルに到達!エレベータを突き破っています!」
「全装甲板が、数秒とかからずに損壊していきます!」
「役立たずか・・・!」
モニターは防時局内部の3D全体図へと変わり、突き破っていく根のような物を映し出していた。
そして、止まった。
「本部入り口にて停止!」
3D全体図が根の先にズームインする。
「BABELより、人型の生物が射出されています!」
モニターが監視用へと変わる。
人。
それも、独眼で左腕に極度に巨大化した剣とも盾とも言えないようなものをつけていた。
「以下、本部へ侵入した人型を丁型と呼称!」
「「「了解!」」」
丁型が扉への攻撃を開始する。
どうやら、剣でも盾でもあるらしかった。
「丁型が第一通路、第一装甲への攻撃を開始しました!」
「射出はまだ続いています!」
「防衛用第一、第二、第三、第四、第五通路開け!
対人人型防衛兵器を第一、第二、第三、第四、第五の持ち場につかせろ!
時間制御装置だけは意地でも守れ!」
「丁型の射出が完了した模様です」
「現在、全一万体です!」
「対人人型防衛兵器は!」
「十万機です!」
「数の上では勝っているが、たかだか対人兵器でどこまでやれるかどうか・・・・・・」
「第一通路への最終装甲への攻撃を開始しました!」
「対人人型防衛兵器、用意!」
小型化したレオムのような体と、両腕のガトリング。
一万体が銃口を入り口へと向ける。
そして、天井のレーザー防衛兵器五機が起動し、同じく入り口を向いた。
「突破される前に攻撃を開始しろ!」
「全機、攻撃開始!」
一秒間に数十万発という弾が乱れ飛ぶ。
入ってきた丁型が次々に倒れていく。
しかし、盾を構えて出てきた一体の丁型に一万体の力が及ばなかった。
「わずかに出た脚部を攻撃させろ!」
「了解!」
全機が下部に銃口を向ける。
しかし、銃口が下に向けられた瞬間に、盾を構えている丁型の後ろから次々に丁型が飛び出し、攻撃を開始した。
「第一線の近距離戦闘開始!」
レーザーブレードを取り出し、丁型との近距離戦闘に入る。
「後退しつつ体勢を立て直せ!」
「無理です!敵の侵攻が早すぎます!」
「第一通路、突破されました!」
「第五通路、突破されました!」
「対人防衛兵器も最後は何とか役に立ったな・・・・・・
あと何体いるんだ?」
「約千体です!」
由佳里が意味深げに考え込む。
「来るな。あいつら。ここに。
ばらばらの五万機がいくら頑張っても、ここに来るのが百以下なのは絶望的だな・・・・・・」
「指揮官・・・・・・」
「第五十番通路の第一装甲が破られた時点で、全機器類を自動にし、対人装備の準備を開始しろ!」
「「「了解!」」」
「第五十番通路、第四十九装甲が破られました!」
途端に、指揮室の第一ブリッジが攻撃されはじめる。
全員が様々な種類の銃を構えた。
「屍、突破された瞬間に撃ちこめ」
「了解」
屍がロケットランチャーを構える。
突破され、指揮室の遥か下にある床に何人かが落ちていった瞬間。
入り口にロケットランチャーが命中し、入り口を塞いだ。
屍は、すぐさまアサルトライフルを構える。
「胤、零、茜、桜、澪、魚、屍、純、詩。
最後の一人になったとしたら・・・覚悟を決めてくれ」
「「「・・・・・・」」」
瓦礫が除々に動き出す。
「撃てー!」
辺りが全て灰色な空間の中。
「里奈ちゃんって、呼んだほうがいい?それとも・・・オヴィルって呼んだほうがいい?」
「好きなようにして構わない。何しろお前は今、神埼志隆だからな。
ジヴェル。戻れ」
時野・・・ジヴェルがオヴィルの方へと歩き出し、そして志隆の方を向いた。
「全員、出て来い」
何もない空間の中からいきなり二十九人の人間の姿をしたものが出てきた。
もちろん、全員が死生物である。
「ルヴィエ、来い」
志隆の隣からルヴィエが現れた。
「意味、わかっていただけましたか?」
「もちろんだよ」
ルヴィエがオヴィルの側について志隆を見た。
そして、最後にオヴィルの側から英子が出てきた。
「・・・お久しぶりです」
「・・・うん」
オヴィルが全体を見渡し、そして最後に志隆を見た。
「まずは、人間以外に意見を聞こうか。賛成か否か。
賛成は私の側に。反対は志隆の側に移動しろ」
ジヴェルのみが動いた。
「では、英子に意見を聞く。賛成か否か」
英子は移動しなかった。
「反対ではないのか」
「今まであなた方と共にエリィンの中で生活をしていて、人類を客観的に見たときにはじめて痛感しました。
あなた方がやっていることは単なる地球が欲しいというだけの欲望ではなく、地球の代弁を果たす役割をしているのだと。
私はこの際、人類の絶滅を選んだ方があらゆる物と生物にとっていいことなのではないかと思います。
それで私が死ぬことになっても、それで構いません」
「主観的ではなく、客観的に見た結果・・・か。
ではジヴェル、お前はなぜ反対なのだ?」
ジヴェルは大きく深呼吸すると、言った。
「人類は過ちを繰り返さない理性があるからです」
「・・・どこからわかるというのだ?」
「確かに人類は私達と比べてもさらに不器用であり、不完全です。
人類は平和への帰還を求めていながら、私利私欲のために無駄な金を使い、その結果戦争を引き起こします。
ですが、人類も変わりつつあるのです。
平和への活動人数は確実に増え、さらに生物や地球などにもしっかりとした配慮を行い始めています」
「なるほど。確かに間違いではないな。
しかし、地球が滅亡する瞬間を一番最初に見たお前が言うべき言葉ではないような気がするが?」
「・・・ええ。もともと、デギゥルの核を取り戻す任務を与えられる前に私は地球に目をつけていて、その行く末を断りもなく見てきました。
そして、人類を滅亡させる計画をオヴィルシス様に提案し、七十七次創考空間を捨て、地球へと移住することも提案しました。
しかし、それは単なる予想に過ぎませんでした。
人間は、私達よりも遥かに高等な生物です。
過ちの中から次の成功のための方法を探り、最も可能性の高い方法でそれを実行する。
それは、とても我々には出来ない能力だと思うからです」
「・・・なるほど。これも一意見として捉えよう。
そして志隆。判断はお前だ」
志隆が唖然とする。
「・・・僕が?」
「お前は私達の力によって人類を完全に絶滅させ、元の地球を取り戻すことに賛成なのか?反対なのか?」
「・・・そんな判断が僕に――」
「デギゥルが何を考えてお前を選んだのか聞くことは、お前がここにいる限り不可能だ。
だからこそ知りたい。お前は何であり、そしてデギゥルと共に何をもたらすのか」
「・・・それだったら時野でも――」
「時野神子は将来、お前がいる組織内にいることがわかっていたがために選んだのだ。
それは私が決めたこと。それが平塚清輝であっても、滝綱美月であっても特に支障はない。
だが、お前は違う。
デギゥルが何かの考えを持ってお前を選んだ。
デギゥルは私のような能力は持っていないが、始まりはデギゥルだ。私達が生まれたきっかけも知っている。
そんなデギゥルが何も考えずにお前のような軟弱者を選ぶと思うのか?」
「軟弱者は・・・確かにそうだけど。
でも、僕はそんな運命なんて背負ってない。背負いたくないよ。
そんなこと僕に判断しろって言ったって・・・・・・」
オヴィルは話を続ける。
「過去は変えられない。だが、未来は変えられる・・・という言葉を人類は作ったそうだな。
だが、それは大きな間違いだ。
過去が変えられないのは当たり前だ。だが、未来も同様に変えることはできない。
お前達に『運命』というものがあるとして、それは必然であり偶然などでは全くない。
限りなく緻密に組み立てられた必然が狂うことはありえない。
もし、そう感じたことがあったとしても、それは必然であって、自分の努力や、奇跡によって変わったものではない。
何が起ころうが、この先は変わらない。
人類も。地球も。そして我々も」
「・・・・・・」
「・・・志隆」
ジヴェルが話し出す。
「・・・私は時野神子ではなく、ジヴェルシス。
そして、今まで話していたのは私」
「・・・!!」
「本当の時野神子は私ではない。
でも、言っておきたいことは山よりも高い。
志隆・・・あなたは、何かしらの運命を背負っている。いいえ、背負わされている。
私は一刻も早くその運命を取り除いてあげたい。でも、私にはそれができない。
だからこそ、早く決断をした方がいい。
あなたが迷っている間にも、人類は次々と滅んでいく」
「・・・・・・」
「あなたが物語の主人公である必要はどこにもない。
でも、脇役だったとしても物語の中では重要な役目。
その一言で全ての運命が定まると言っても過言ではない。
志隆。逃げてはだめ。そして・・・・・・」
他の死生物が消えていった。
「さあ。決断しろ。志隆。お前は人類の定められた運命を知っているのだ」
志隆の背中からデギゥルの触手が伸び、オヴィルとジヴェルが見えなくなるほど巻きついた。
「仲間内で反乱が起きないよう、賛成の場合はジヴェルを、反対の場合は私をその手で殺せ」
「そんな・・・!!」
「まあ、私も無理に決めろとは言わない。
ただ、決断をしなければ何もせずに両方を殺してしまうことになるがな。
地球も。人類も」
「決めて・・・志隆」
「澪!澪!みおおおおぉぉぉぉぉおおお!!」
由佳里が血だらけになった澪を抱いている。
丁型はもういなかった。
「ん・・・んん・・・・・・」
「澪!」
澪がうっすらと目を開ける。
「・・・由佳里・・・指揮・・・官・・・・・・」
「何も私をかばうことなんて・・・!!」
「パス・・・ワード・・・覚えて・・・ます・・・よね?」
「ああ・・・もちろんだ」
由佳里の声は震えていた。
「私・・・も・・・同じことを・・・遺言として・・・言っておきます・・・・・・」
「何を言っている!死ぬな!私が困るではないか!!」
「自分の考えに・・・嘘を・・・つくのは・・・よく・・・ないですよ・・・・・・
わかっている・・・はずです・・・・・・」
「お前には言わなければならないことがたくさんあるんだ!
恋も!家族も!友情も!自分のことも!」
澪の目が少しずつ遠くなっていく。
「わかっています・・・でも・・・しばらくはこっちに来ないでくださいね・・・・・・
色々、整理したいことが・・・ありますから・・・・・・」
「澪!だめだ澪!」
「生きて・・・由佳里・・・・・・」
・・・・・・
「おい澪。澪?ふざけるなよ」
・・・・・・
「どうせ冗談なんだろ?」
・・・・・・
「すぐに起き上がって『冗談です』って言ってみろ」
・・・・・・
「なあ澪・・・冗談にしてくれ!!」
そういうと、由佳里は死体を壊れるほどに抱きしめる。
そして、涙も出さずに立ち上がった。
「・・・・・・」
指揮官用の机の引出しに手をかける。
「ILY941230・・・・・・」
銃だった。
「再びお前の顔を拝むことになるとはな・・・・・・
6年と1日ぶりか・・・・・・」
そして、割れているモニターを確認する。
第二部隊が全て射出し終わっていた。
「・・・・・・」
パソコンを立ち上げると、すぐさまパスワード入力画面へと切り替わる。
「い、き、ろ、ゆ、か、り・・・・・・」
ローマ字で入力する。
「皮肉なものだな・・・本当に。こんなときに打ち込むことになるとはな・・・・・・」
Enterキーを押すと、静かにカウントダウンが始まる。
そして、ILYをこめかみに当てた。
「待たせたな。今行くことにする。
笠羅」
「・・・どうやら、お前達の組織が自爆したらしいな」
「・・・そんな・・・!!」
「さあ、どうする?賛成か?反対か?
それともこのままどちらとも殺さずに二つを滅亡させるのか?
それとも両方殺してお前一人で三十体を相手に戦い、この世界の神になるのか?」
「・・・っ・・・・・・」
ジヴェルの体が潰されていく。
しかし、完全に潰しきる前に元に戻す。
次にオヴィルの体が潰されていく。
しかし、完全に潰しきる前に元に戻す。
「あなたは私達に拷問をしたいの?」
「・・・・・・」
「骨を折る程度では無駄だ。一気に殺せ」
「・・・・・・」
「神崎さん、選択をお願いします」
「・・・・・・」
志隆の脳裏に再び二人の言葉が現れる。
――全てのことを知ったとき、全てのことを思い出してください。
――どちらかの立場だけにとらわれずに、かつ、自分の意見をしっかりと行うことが大切なのです。
「・・・・・・」
「・・・決まったの?」
「早くしろ。私も疲れてきた」
「神崎さん・・・・・・」
「・・・決まったよ。
ものすごく粗雑で偽善だけど、何とか出せたよ」
「下せ。志隆。その手で」
志隆は今までの躊躇がどこかへ行ってしまったように、一気に潰した。
オヴィルシスを。
そして、ジヴェルを解放する。
「答えは・・・それなのね」
「・・・うん」
「そうでしたか・・・・・・」
と、三人の体に激痛が走る。
「きゃあああああああ!」
「あああ!ああああああ!!」
「ぐっ・・・ああああああああ!!」
三人は光となり散っていった。
「・・・・・・」
風の音。
「・・・・・・」
砂の音。
「・・・・・・」
志隆が声も出さずに目を覚ました。
「ここは・・・?」
見てみれば砂漠のような場所のど真中に二人が円状に横たわっていた。
「時野!英子さん!」
二人を揺すってみるが、反応は全くない。
「・・・頭痛い・・・・・・」
志隆は頭をさすりながら立ち上がる。
志隆が辺りを見渡すと、そこはただの砂漠ではないことがわかった。
「吉良風市だ・・・・・・」
少し遠くに見える山。
砂に埋もれかけた兵装ビルの欠片。
「志隆!おい、志隆!」
「無事だったのね!」
「清輝!レナ!」
清輝達が駆け寄ってくる。
「え、英子!?」
「何か、連れ戻しちゃったみたい」
「連れ戻した、ってそんな馬鹿な・・・・・・」
「とりあえず、どうなったの?」
一番気になる質問を志隆にする。
「午後九時少し前ぐらいにいきなり全型の死生物が光になって消えて、その数秒後にBABELも光になって消えた」
「じゃあ今は何時?」
清輝が腕時計を確認する。
「2001年1月1日午前6時ちょい前だ」
「どうりで暗いんだ・・・・・・」
「でもまあ、これで新世紀は無事に迎えられそうだな」
「明日の午後九時になるまでわからないわよ?」
「んなわけねぇだろ。勘弁してくれよ」
「そういえば、なんでこんなに荒廃してるの?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
どちらとも答えようとしない。
「・・・どうしたの?」
「・・・やっぱり効果はゼロに等しかったのか・・・・・・」
「何が?」
「ポジトロンライフルを撃ったせいよ・・・・・・」
「ポジトロンライフル?レールガンの強力なやつ?」
「そう・・・全世界の電力を一箇所に集めて放電する銃。
その膨大な熱量による熱風で全て溶かされたわ」
「じゃあ、撃った人はもちろん溶けちゃったんだ」
清輝がいきなり志隆に掴みかかる。
しかし、すぐにその手を離した。
「な、何?」
「撃ったのは・・・かりんだ」
「・・・溶け・・・たの?」
「正確に言えば気化した。もちろん骨も――」
「嘘です!」
英子が起き上がっていた。
「そんな・・・そんなことがあるわけがありません!
かりんが・・・かりんが死ぬわけがありません!
そんな・・・そんな!!」
レナが英子を抱きしめる。
「ごめんなさい・・・本当は、私が撃つはずだったのに・・・・・・」
しかし、英子はレナを突き飛ばした。
「嫌です!理由なんて聞きたくありません!
それなら、何で私はわざわざここに!!」
「あいつも、英子が戻ってくることを知っていればな・・・・・・」
「そんな!そんな!そんな!そんな!
うわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああん!!」
ためらいもなく英子はなんとかその悲しみを大量の涙で流そうとする。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああん!
そんなああああぁぁぁぁぁぁ!そんなああああああぁぁぁぁぁ!!」
「・・・・・・」
「一人にして!!お願いだから、一人にさせて!!
もう誰とも仲良くなんてなりたくない!!」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」